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勇者ですけど、魔王討伐前にいい宿探します。  作者: あなき


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2/7

狩猟都市グランゼル

翌朝。


白亜宮・正門前。


馬車の準備は整っていた。


騎士たちが並び、

使用人たちが慌ただしく動いている。


クラリスは深呼吸した。


いよいよ魔王討伐の旅が始まる。


……はずだった。


「朝食のパン、昨日より良かったですねー」


ミリアがのんびり言う。


「今ですか?」


「焼きたてでしたー」


「感想を聞いてるんじゃありません」


そこへグラン王が現れる。


周囲が一斉に頭を下げた。


「陛下!」


王は頷き、

レインを見る。


「……昨夜はよく眠れたか?」


「普通でした」


「そうか」


少し気まずそうだった。


たぶんレビューを聞いた。


「……枕は改善させよう」


「期待してます」


「期待するな勇者様!?」


クラリスが叫ぶ。


王は咳払いし、

少しだけ真面目な顔へ戻った。


「レインよ」


「はい」


「……民を頼む」


数秒。


レインは静かに頷く。


「はい」


その返事だけ、

昨日より少し真面目に聞こえた。


グラン王は小さく笑い、

ゆっくり手を上げた。


「行ってこい、勇者よ」


馬車が動き出す。


王都の門が遠ざかっていった。


街道。


馬車が揺れる。


石畳は徐々に荒くなり、

王都の喧騒も消えていく。


クラリスは地図を広げた。


「本日中にグランゼルへ到着予定です」


「宿は?」


レインが聞く。


「え?」


「どこに泊まる予定ですか」


クラリスは少し止まった。


「……これから探しますが」


沈黙。


レインがゆっくり顔を上げる。


「予約は?」


「普通しませんよ!?」


「します」


「しません!」


「します」


「そんな真顔で言われても!」


ミリアが横から言う。


「でも宿探しって面倒ですよねー」


「お前まで乗らないでください!」


レインは静かに窓の外を見た。


「野営は避けたいです」


「一日くらい大丈夫ですよ!」


「大丈夫じゃありません」


真顔だった。


クラリスは少しだけ不安になった。


この勇者、

思った以上に宿への熱量が高い。


グランゼルの門をくぐった瞬間、

空気が変わった。


うるさい。


怒鳴り声。


笑い声。


鉄を打つ音。


酒の匂い。


通りには巨大な魔物の角や毛皮が並び、

武器を背負ったハンターたちが行き交っている。


「……騒がしいですね」


レインが呟いた。


「狩猟都市ですから」


クラリスは慣れた様子で答える。


「この街には各地からハンターが集まるんです」


その横で、

ミリアが屋台を見ていた。


「なんか良い匂いしまーす」


炭火だった。


通りの端で、

髭面の店主が肉を焼いている。


油が落ちる音と共に、

香ばしい匂いが広がった。


「おっ、そこの嬢ちゃんたち!」


店主が大声を張る。


「焼きたてだ! 食ってけ!」


クラリスが軽く会釈する。


「すみません、今は――」


「今日の肉はデカ角猪だぞ!!」


「でかつのいのしし……」


ミリアが止まった。


店主は勢いのまま串を差し出す。


「一本銅貨二枚! 安い!」


「いや、ですから――」


「今なら香草盛っとく!!」


「え、香草付き……」


押されていた。


クラリスは真面目なので、

こういう勢いに弱かった。


数秒後。


気づけば串を三本持っていた。


「……買ってしまいました」


「買ってますねー」


ミリアが笑う。


「押しが強すぎませんかあの人」


「この街は大体ああです!」


クラリスは少し疲れた顔で串を渡した。


レインは受け取り、

一口食べる。


肉汁が広がった。


炭火の香りも強い。


ミリアが目を見開く。


「……あ、おいしー」


「ですね」


レインも珍しく即答した。


クラリスが少し得意げになる。


「グランゼルは食事の評判は良いんです」


ミリアはもう一本食べたそうな顔をしていた。


「追加いきます?」


「経費なら」


「なりません」


即答だった。


レインは静かに串を見ている。


「……香草が良いですね」


「わかりますー」


ミリアが頷く。


クラリスは少しだけ笑った。


さっきまで張り詰めていた空気が、

少しだけ緩む。


その時だった。


「うおおおお!! 飲み直しだぁ!!」


酔っ払ったハンター集団が横を通り過ぎ、

クラリスへぶつかった。


「きゃっ――」


ぐらり。


串が落ちそうになる。


だがその前に、

レインが片手で受け止めていた。


肉汁一滴落ちていない。


クラリスが固まる。


「……え?」


「危ないですよ」


レインは普通に串を返した。


何をしたのか、

全く見えなかった。


ハンターたちはそれにも気づかず、

騒ぎながら去っていく。


ミリアだけがぽつりと言う。


「今なんかしましたー?」


「してません」


真顔だった。


そのままレインは歩き出す。


「宿、行きましょう」


クラリスは数秒止まったあと、

慌てて後を追った。


《牙狼亭》は、

グランゼル中心街から少し外れた場所にあった。


三階建て。


木造。


入口の上には大きな狼の看板。


中から騒がしい笑い声が漏れている。


レインは建物を見上げた。


「……騒がしそうですね」


「狩猟都市で静かな宿なんてありません!」


クラリスが半分やけ気味に言う。


ミリアは入口横の料金表を見ていた。


「思ったより安いですねー」


「ハンター向けですからね」


そこへ、

中から大柄な店主が出てきた。


片目に傷。


腕も太い。


いかにも元ハンターという風貌だった。


「おう、泊まりか?」


「はい。三人です」


クラリスが前へ出る。


店主はレインたちを見回し、

少し眉を上げた。


「嬢ちゃん二人連れて旅か。兄ちゃん大変だな」


「魔王討伐です」


クラリスが真面目に答える。


数秒。


店主は腹を抱えて笑った。


「ガハハハ!! そりゃ大仕事だ!!」


周囲のハンターたちまで笑い始める。


「勇者様だってよ!」


「酒場のネタか?」


「死ぬ前に飲んどけー!」


クラリスのこめかみに青筋が浮いた。


「……笑い事ではありません」


だがレインは気にしていなかった。


「部屋、空いてますか」


「おう。三部屋でいいか?」


「はい」


「銀貨九枚」


「三部屋なんですねー」


ミリアが言う。


「別々のほうが休めます」


レインが即答した。


店主は鍵を三つ置く。


「飯は一階だ。今日は角鹿の煮込み」


レインが少しだけ顔を上げた。


「煮込み」


「うまいぞ」


「期待してます」


「宿にだけ感情あるな兄ちゃん」


そのまま三人は中へ入る。


廊下は少し軋み、

階下から笑い声が響いていた。


防音は悪そうだった。


夕食時。


一階酒場はかなり混んでいた。


ハンターたちが酒を飲み、

大声で笑っている。


店主が運んできた煮込みは、

大皿いっぱいだった。


香草の匂い。


濃いスープ。


大きな肉。


ミリアが一口食べる。


「……あ、おいしー」


クラリスも少し驚く。


「本当ですね」


レインは静かに食べていた。


数秒後。


「……味は良いですね」


「なんか評価始まった!?」


クラリスが反応する。


レインは気にしない。


「肉も硬くないです」


「でもちょっと味濃いですねー」


ミリアが言った。


「ハンター向けですからね」


クラリスが答える。


その時。


「だから俺が仕留めたって言ってんだろ!!」


後ろの席から怒鳴り声。


酒瓶の割れる音。


笑い声。


店主の怒鳴り声。


一階はかなり騒がしかった。


クラリスが遠い目をする。


「……やっぱり静かではないですね」


レインは周囲を見回した。


「夜もこの調子ですかね」


「絶対そうですねー」


ミリアが言う。


次の瞬間。


二階からハンターが落ちてきた。


ドゴォン!!


床が揺れる。


沈黙。


机に埋まった男を見て、

クラリスが頭を抱えた。


「本当に大丈夫なんですかこの宿……」


深夜。


「飲めぇぇぇ!!」


「次行くぞぉ!!」


階下はまだ騒がしかった。


壁まで揺れている。


クラリスはベッドの上で目を閉じたまま呟く。


「……眠れません」


隣の部屋からも、

ドンッという音が聞こえる。


ミリアも眠れないらしく、

部屋から出てきた。


「うるさいですねー……」


「ですよね……」


二人は疲れた顔で廊下を歩く。


「トイレですか?」


声がして、

二人とも止まった。


廊下の窓際。


レインが立っていた。


暗い。


なのに妙に圧があった。


クラリスが少し安心した顔をする。


「レイン様も眠れないんですか?」


「はい」


静かな返事。


「少しうるさすぎますね」


レインはそう言いながら、

ゆっくり拳を握った。


ギチ、と音が鳴る。


クラリスが止まる。


「あの……レイン様?」


「少し注意してきます」


真顔だった。


「待ってくださいその言い方怖いです」


レインはそのまま階段を降りていく。


数秒後。


下の酒場。


「うるせぇぞコラァ!!」


「飲め飲めぇ!!」


ドゴン。


沈黙。


……静かだった。


ありえないくらい静かだった。


クラリスとミリアは廊下で固まる。


しばらくして、

レインが戻ってくる。


「解決しました」


「何したんですか」


「話しました」


絶対違った。


翌朝。


一階は妙に静かだった。


昨日騒いでいたハンターたちが、

なぜか全員レインから目を逸らしている。


店主だけが引きつった笑みを浮かべた。


「……よく眠れたか?」


レインは少し考える。


「途中からは」


「途中までは!?」


クラリスが反応する。


朝食を食べ終え、

出発準備を終える頃。


レインは机で最後の文字を書いていた。


《牙狼亭》


・食事 ★★★★☆

 香草煮込みが良い。


・接客 ★★★☆☆

 店主の対応は悪くない。


・防音 ★☆☆☆☆

 深夜の騒音が酷い。


・立地 ★★★★☆

 街中心部に近い。


・総評

「食事は良い。宿泊は非推奨」


クラリスが覗き込み、

小さくため息を吐く。


「……結局書くんですね」


「記録は大事です」


真面目だった。


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