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第8話 ワンピース。

「みーたーわーよおおおお」


従業員用の食堂で、書庫に帰っていくエリク君をモニカが小さく手を振って見送っていると、同期のシャンタルに羽交い絞めにされた。短く肩口で切りそろえた金髪が顔に当たってくすぐったい。彼女が私の耳元で…

「なんなの?いつの間に…羨ましい…」

そうつぶやきながら締め上げてくる。

「いてて……」

彼女のふっくらとした胸が背中に当たる。

「誰ヨ?」

「第3師団の、エリク君」

「って、誰?第3って言ったら…ひょっとして軍属上がり?しかも平民?」

「そうね…」

「あなた…たしか伯爵家よね?お家で許すわけ?そんな…平民とのお付き合いとか?」

「お、お、お、おつきあい、とか、そんなんじゃないわよ。」


フーン、とシャンタルが耳元で言うので、非常にくすぐったい。

「なに?デートの約束してた?あんた、ワンピースぐらい着ていきなさいよ?」

シャンタルの羽交い絞めを引きはがして、彼女の両手を取る。この子は第二師団の配属になったので、タイが赤だ。出るところは出て、ウエストが細い。女性らしい体型だ。実際、幅広い年齢層の男子に、ものすごくモテるらしい。


「ワンピース?…私…持っていないわ」

「ん?」

「いや。ワンピースとか、」

「…一枚も?じゃあ、何着ていくつもりだったの?」

「いつも、普段着だけど?」

シャンタルの目が驚きで大きくなる。

「いつもの、って…寮であんたが休日に着ていた、あれ?」

「いや、さすがにスカートは履いて行ってるけど」


騎士養成学校時代も制服があったし、休日だって特に出かける用事もなかった。出かけるとしても兄に呼ばれて夕食を御馳走になる位。居酒屋だの食堂だのが定番だったから、普段着で困ることはなかった。カーキーのスラックスに白のシャツ。

いままでエリク君と出かけるときだって、シャツにカーキーのスカート。


「おお!神様!」

と、かなり大げさにシャンタルが両手を合わせて叫ぶ。食堂に残っていた人たちの視線が痛い。


「ねえ、モニカ!神が与えてくれた初めての男!デートに、普段着なんか着ないでよ!」


…え?そんなものなのかしら?



***


月末の日曜日の朝早くに、シャンタルが何着かワンピースを持って寮の私の部屋まで来た。

「モニカは黒髪がきれいだから、明るい色でも似あいそうだわよね?」

そう言って、黄色のワンピースを勧めてくれたが、私的にぱっと人目につく色はハードルが高すぎたので、もう一着の落ち着いたグリーンのやつを貸してもらうことにした。髪はいつものように一本に結っていたが、シャルタンが緩い三つ編みに結い直してくれた。

下町に行くので…一応護身用のナイフを太ももに装着して、編み上げブーツを履いた。これはいつものこと。


「あんたに言い寄りたい男の子はたくさんいたのにねぇ…まさか平民とは…。」

と、髪を結ってくれながらシャンタルが言う。

「え?どこに?」

「え?…まあ…いいわ。ここのところ朝練を見ていたら、あんたがあの子に夢中なのは遠目に見ても分かったわよ。平民だとは思わなかったけど。」

「…いや…あの子は強いからね。」

「そこよ、そこ。あんた、自分より強かったらゴリラにでも嫁に行く気でしょ?」

「…それは…どうかな…。」

「基準が、自分より強いか、どうか…ってとこが問題よネ?可哀そうなドナシアン」

「ん?なんでそこで、ドナシアン?」

「…まあ…いいわ。あんまり貴族のお嬢さんがうろうろしない方がいいところもあるからね?気を付けて行ってきな」


シャンタルがお母さんみたいなことを言いながら、つばの広い麦藁帽子をかぶせてくれた。


***


日曜の朝。待ち合わせした近くの公園で、エリクが来るのを待っていた。


いつもよりスカートの生地が柔らかくて、風に揺れてしまう。ほんの少し恥ずかしい。

(急にこんなにめかしこんだら…。どう思うかなあ、エリク君。)

そんなことを考えながら、ベンチに座ってぼーっとしていたら、今しがた目の前を通り過ぎて行った馬車が止まった。


「モニカ?」

呼ばれた方に目をやると、馬車から降りてきたのはドナシアンだった。家に帰るところだったのか、髪を撫でつけて、きちんとブラウスにタイ。夏用のジャケットを着ている。こいつ目当てに朝練の見学の婦女子が増えたと聞いたことがある。


「おはよう。ドナシアン。家に帰るの?」

あまりかかわりあいたくないので、差しさわりのないことを言ってみる。


「どこに行くんだ?」

「え?」

ああ…馬車に乗せて行ってくれる気だったのかしら?なるほど。


「歩いていくから、お気遣いなく」

「…誰と、だ?」

「は?」

そう言いながら、私の右手首を握りこんでくるので、衝動的に投げ飛ばしそうになったのをこらえて、振り払おうとした。

(良い上着だものね。泥だらけにはできないか)


こいつは私より随分と背が高い。見下ろすように私を見ている目が、怒っているようにも見える。なんなの?

「まさか、あの平民とか?」

「……」

「チッ、似合わない格好しやがって…」

「……」


ブチッ、と何かが切れた音がした。



***


モニカと待ち合わせした公園に向かうと、恋人同士?が痴話げんかをしているらしい場面に遭遇してしまった。


つばの広い帽子をかぶったすらりとしたワンピース姿の女の子と、身なりの良い…貴族令息かな?痴情のもつれ?男が女の子の手をなかなか離さないので、女の子は一生懸命振りほどこうと腕をぶんぶんさせている。


大変だなあ…。


エリクは木陰のベンチに座って、モニカが走って来るだろう方向を眺めて待っていた。今日も白のシャツにカーキーのスカートだろう。あの子にも、ワンピースでも買ってやろうかな?ちょうど今揉めているあの女の子の着ている緑色なんか似合いそう…。


…と…

揉めていた女の子の方が、綺麗に背負い投げを決めた。自分より大きな男だったが。


(え?)


伸びている男に、近くに止まっていた馬車の御者が駆け寄ってくる。


女の子はぱんぱんっと手を払って、くるりと向き直ると、こちらに向かって駆けてきた。


モニカ??









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