第40話 幸せになるワイン。
ふんふーん、と鼻歌を歌いながら、イルマが僕の執務室に先ほど持ち込んだ木箱を開けている。…ご機嫌だな?
エリーアスはそんなイルマを横目で見ながら、いつも通り書類を片づけていた。
「今年のイリアワインは当たり年だったらしくて、近衛時代の後輩に貰いました。殿下にも差し上げますからね?」
イルマが綺麗な布でボトルを拭き、僕の机に2本のワインが並ぶ。
「殿下。おはようございます!いよいよですねぇ!」
そう言いながら、フリッツが部屋に入ってきた。
「げっ、ワインですか?」
イルマが手にしているワインを見て、フリッツが顔をしかめる。
「あらまあ、フルールの”幸せワイン”じゃないわよ?これは”幸せになる”イリアワインよ?レベッカ嬢と一緒に飲んでみてね?」
そう言って、フリッツにも一本渡している。
「あ…まあ、イルマさんがそう言うなら。」
ワインのボトルを持ったまま、フリッツが今日の段取りを説明していく。
12月の大舞踏会当日。迎賓館には来賓が数日前から押し寄せている。夕刻には国内のほとんどの諸侯が集まって来るんだろう。マテーウスも来るらしい。
「先にもお伝えした通り、殿下、婚約者候補が並びますので、その中から一人選んで、ダンスを踊ってくださいね?それで決まりです。簡単でしょう?」
…イリアワインか…北部に植え付けた葡萄は上手く育っているだろうか?
レンガを組んでワイナリーも作り出したらしいから…順調なんだろうな。いつか見に行くか?な?…
ふっと壁際に目をやると、カミルが立っている。
「殿下?聞いていらっしゃいますか?」
フリッツが大きな声でそう言うので、視線を戻す。
「ああ。」
「王太后陛下は、殿下が誰を選んでも文句は言わないそうです。」
「ああ。」
いつか、か。
机に飾られたイリアワイン。そういえばそれも、いつか、と約束したなあ。
そんなことを思いだしながら、エリーアスはフリッツがよこした名簿を開きもせずに机の書類の上に積んだ。
*****
「おお、久しいな、息子よ!」
フリッツは自分の執務室に向かう途中の廊下でそう声を掛けられて…何のことだかわからず、スルーしそうになった。忙しいし。
「おい!フリッツ!」
「あ、マテーウス卿。来てたんですね?」
「お・と・う・さ・ま、だろう?」
「…あ…お義父様…ご無沙汰しました。まだ元気なんですね?」
相変わらず無駄に元気そうなマテーウス卿が、がははっ、と笑っている。
「…まあ、いいか。で、最終的には何人残った?」
「あ、今日の殿下の、あれ、ですか?2人です。」
「…そうか、俺も力が無くなったな…ゼロの予定だったんだがな。」
…あ…そういうこと?
どうりで、レベッカ以外はお粗末だった。レベッカ以外、ね。
各家の調査が終わったあたりから、辞退者が急に増えたのは、この人が手を回したのか…。なるほどね。そうだよね、残ったあのご令嬢たちが国内最高のご令嬢だったら、僕も泣いちゃう。レベッカ以外、ね。
「お前が婚約したのは、アンスガー侯爵家か…出世欲のある一癖ある奴だが…よく了解してもらえたな」
…そう。俺は元々は子爵家の三男坊。この人が俺を見つけてくれなかったら、レベッカにプロポーズなんてできなかった。
「お義父様、後ほど紹介しますよ?本当に良い子なんです」
フリッツはほんの少し小さくなったマテーウス卿の肩を抱いて、廊下を歩きだす。
「イルマさんから、お勧めのイリアワインを貰ったんです。後で3人で飲みましょう?」
「ワインか…」
「どうも、幸せになる、ワインらしいですよ?」




