第37話 お茶会。
さすがに11月になったので、お茶会もティールームを用意した。
お呼びした3人のご令嬢は、さすがに高位貴族家だけあってそつがない感じだ。まあ、誰を選んでも似たようなものだ。
壁際にモニカちゃんがいつもの近衛の制服を着て立っている。
予定にはないイルマさんも見学がてら来たようだ。
フリッツもその隣に立って様子を見ていた。
ほどなく現れたエリーアス殿下が、簡単に挨拶して、
「忙しいので失礼する。ゆっくりくつろいでいってください」
そう言って帰ってしまった。おいおいおいおい!
王城の侍女がお茶やケーキを運び込んで、ティ―タイムになる。
「殿下は素敵ですわねぇ…」
「ええ。あまり美しいのでびっくり致しましたわ」
そんなことを話している。まあ…毒舌だがね?黙っていればいい男かも。
この二人は…公爵令嬢と伯爵令嬢。
黙ってケーキを食べているのが侯爵令嬢、だな。
あんまり興味がないのか、なれ合いを嫌っているのか。
先の二人がどうでもいいような噂話に興じて、興奮した伯爵令嬢がお茶をこぼしてしまった。あわてて控えていた侍女が駆け寄る。
「まったく!気が利かないわね!どうしてくれるの、このドレス、今日のためにわざわざお父様が仕立てて下さったのに!」
…まあ、誰かのせいにしたいのはわかるが…。黙って見ていたら、モニカちゃんが土下座させられていた侍女をひょいっと抱え起こして、下がるように言った。
黙って、綺麗な布でご令嬢のドレスを叩いている。見るに忍びなかったのだろう。
「あら、やだ。あなた女の子なのに、顔にそんな大きな傷があるのね?」
「あらあ、ホントだ!かわいそー!」
と、その二人のご令嬢がモニカちゃんの額の傷を見つけてとんでもないことを言いだした。
「そんなんじゃ、お嫁にいけないわね?」
「かわいそうにねえ」
さすがに見ていられずに、一歩俺が出る。それより早く、ケーキを食べていた令嬢が立ち上がった。
「あなたたち、国民と王家を守ってくれる騎士や軍人に失礼なこと言ってるんじゃないわよ?」
「「え?」」
「それゆえの負傷でしょ?あなたはじゃあ、何が守れるって言うのよ?守るどころか、関係ない人まで傷つけて!王太子の婚約者候補が聞いてあきれるわ!恥を知りなさい!」
…ズキュン…。フリッツは自分の心臓を射抜かれた音がした。
この子、いい。…モニカちゃんも良かったが、最初から手も足も出せなかった。殿下が暗黙の所有権を主張してくるし。
神様が俺にこの子を使わしてくれたに違いない。真面目にそう思った。
侯爵令嬢にそう指摘された二人は、真っ赤になってそそくさと帰った。もう二度と来るな!と思ったが、12月の舞踏会に来るに決まっている。どちらかを殿下が選ぶようなことがあったら…いや。ないな。いや…やけくそで選んだらどうしよう?いや、今はそれどころじゃない。
「お嬢さん、僕と結婚してください!今の一言に惚れました!」
フリッツは思わず侯爵令嬢に跪く。
驚いた顔で俺を見たお嬢さんが…
「あら、いいわよ?」
とあっさりプロポーズを受けてくれた。
「私、もともと王子妃って感じじゃないし。父が乗り気なだけで、どうやってお断りしようかと思っていたのよ。よろしくね。で、あなたは誰でしたっけ?」
キョトンとして見ていたモニカと、大笑いしているイルマさん。
結局俺たち4人と先ほどの侍女さんの5人で、残ったケーキがもったいないのでお茶会の続きをした。もちろん俺は彼女に自己紹介もした。
ご令嬢の名はレベッカ。アンスガー侯爵家のお嬢さんだ。
モニカちゃんと同じくらい美味しそうにケーキを食べる。うっとりしてそれを眺める俺。
後ほどレベッカのお家にご挨拶に行く段取りをして、モニカちゃんが玄関まで送って行った。
「ところで、フリッツ様?一度聞いておきたかったんですけど、なんでこんなおかしなことになっているの?」
二人きりになったところでイルマさんに聞かれて、俺は正直に、王太后陛下が、この立場に愛などいらない、説を唱え出したことを白状した。
「多分ですが…陛下的には、あのイザベル様の事件の時に殿下が王城を離れてモニカちゃんを助けに行ったという認識なんだと思います。俺としては、場所の特定は…王族じゃないとわからないことだから仕方ないと思うんですがね…」
俺の話を聞いて、大きく深くため息をついたイルマさん。
「なるほどね…。でも残りの二人じゃ困るわよね?」
「ええ。そう思います。逆に、なぜモニカちゃんは殿下を受け入れないんですかね?」
「…そうねえ…あの子は殿下の護衛騎士だからかしら?」
「?」
「殿下は…護衛騎士を続けろとしか、あの子に言っていないのよ。」
***
その日のうちにイルマはクラーラ王太后陛下にお茶会の予約を取り付けた。
「まあ、改まってどうしたの?イルマ」
「ええ。いいお茶が手に入ったので」
そう言って人払いした応対室で、ゆっくりとイルマが紅茶を入れた。
「うん。いい香りね。」
「そうでしょう?クラーラ様」
二人はしばらく、紅茶を楽しんだ。
「で、本題は何?」
クラーラが、イルマの言葉を待っている。
「クラーラ様の”この立場に愛は不要説”をお伺いしましてね」
そっと、イルマがカップをソーサーに戻す。
「え?…ああ。懲りたのよ。」
「クラーラ様は、ご自分は政略結婚だったから上手くいった。そこに愛はなかった、とお思いなんでしょう?」
「…そうよ。あなたとマテーウスが一番よく知っているでしょう?」
「そうですね、先王は女癖が悪くて、次から次、でしたものね」
「…そうね…」
「でも、あの方は他の女性との間には慎重にお子は作りませんでした。最後の最後にラルフ様の時は失敗したようですがね?慌てていらっしゃいましたね。」
くすっと思い出し笑いをして、イルマはお茶の残りを飲んだ。
「本来だったら、次から次にお子をもうけても良かったんですよ。でも先王は王女とあなたのためにそうはしなかった」
「……」
「それでも…そこに愛はなかったと?」
「……」
「まあ、形はいろいろだと思いますが…」
「……そう言うあなたたちだって、結局、結婚しなかったじゃないの?」
黙って聞いていたクラーラが、カップを握りしめるように持つ。
「あははははっ。これからしますよ。殿下の嫁が決まったら、私は仕事を辞めて東部に行くつもりです。殿下の選んだ妃は、自分の身も殿下も守れるような娘ですので、安心です。私たちは…あなたが心配だったんです」
「…イルマ…」
私の護衛騎士だったイルマ。もう白髪が混じる年になってしまった。
先王、夫の秘書官だったマテーウスと恋仲だったのは知っている。
私は夫に愛されずに、仕事に没頭した。没頭すればするほど、夫を遠く感じた。
政略結婚なんてこんなものだと、ひとり娘を厳しく育てた。
でも…娘は私が思ったようには育たなかった。
塔に自分の夫と閉じこもった娘。私は、失敗したのだ。そう思った。許せなかった。
孫は、間違わないように道を作ろうと。その矢先に、孫のエリーアスはたかが護衛騎士一人を救うために、王城を離れた。
またか?…私は失望したのだ。
たとえ一人残されても、国を守っていけるように、と。そこに、愛などという感情はいらないのだと…。そう思った。
「ねえ、イルマ…私は…ほんの少しでも…あの人に愛されていたのかしら?」
「…ええ。」
私の横に座りなおしたイルマが、背中を撫でてくれた。イルマは昔、私がまだ若い頃もそうしてくれた。
私は何十年かぶりに泣いた。
心に刺さったままだった冷たい棘が、ゆっくりと解けていく気がした。




