第28話 忘れ物。
「イザベル様に忘れ物を届けに来たと、近衛騎士が面会に来ています。」
「え?あなたが預かっておいてよ?」
5日後になった殿下のお誕生会に来ていくドレスを侍女と選んでいたイザベルは、わざわざそんなことを報告に来た侍従に、めんどくさそうに答える。
「大事なものなので直接手渡ししたいと…。師団長から言われたそうで。控えの間で待たせてあります。」
表情を変えない侍従。こいつも兄上の手下の一人。
つまらないことで言い合いになっても何のメリットもないので、しぶしぶイザベルが席を立つ。
…忘れ物ねえ…国元から乗ってきた馬車だったら今になってそんなことも言いそうにないし…だとしたら、先日、王城から出してもらった馬車の中で何か落としたかしら?
昼間はモニカという女性騎士ではなく、やはり緑色のタイを締めたカミルという騎士が護衛に付いている。もちろん彼も、控の間まで付いてきた。
イザベルが部屋に入ると、近衛騎士の制服を着た女性騎士が、頭を下げて待っていた。タイは赤だ。部署ごとに色が違うのね、とイザベルはのんびり考えた。
「お待たせしました。わざわざありがとう。」
『いえ。とんでもございません、王女殿下』
そう、流ちょうなフルール語で返事をした女性騎士が、ゆっくりと顔をあげて…にっこりと笑った。
ひっ、と息をのむが、声は出さない。一瞬で鳥肌が立っているのがわかる。
『こちら、お忘れでございましょう?大事なものなのでお届けに上がりました』
そう言って、その女が一歩私に近づいて、ハンカチに包んだ何かを差し出す。
右手でさりげなく覆われていた布を外す。
華国風の髪飾り。
金でできた、ヒスイやサンゴの飾りがついたかんざし。
『ないと…お困りでしょう?殿下と踊られるんでしょうし。』
口の端に笑みを浮かべながら、その女が私にハンカチごと手渡してくる。
「…あら…ありがとう」
そう言いながら、手が震えないように気を付けて、その髪飾りを受け取る。
『では。私はこれで失礼いたします。楽しみですね』
その女性騎士が一礼して部屋を出ていく。
ちらりと殿下が付けてくれた護衛騎士を見るが、何とも思っていないようだ。
ただ、馬車にでも落ちていた髪飾りをわざわざ親切に届けてくれた。そう思っているのだろう。
うちの侍従が通したわけだ。
あれは…。
イザベルはなるべく普通に振る舞って、
「疲れたから、ちょっと休むわね?」
と明るく告げて、寝室にこもる。
ガタガタと震えがくる。
あんなに平然と…近衛の制服まで着て…兄上から預かったであろう暗器を手渡してくる女。
(…ブリアの王城でさえ、安全じゃないんだ)
これは警告なんだわ。
***
夕刻にモニカが迎賓館のイザベル様の警護に交代で入った。
カミルさんに引継ぎを貰う。第二の近衛騎士が王女殿下の落とし物を届けに来てくれたこと以外は、たいして問題はなかったらしい。
交代したことを告げに、イザベル様のもとに向かうと、侍女に爪を磨かせているところだった。
「モニカです。交代いたしました。よろしくお願いいたします」
そう言って下げた頭をあげると、王女殿下が私をじっと見ている。瞬きもせずに。
…ん?何かあった?
「王女殿下には、この後、お茶をご一緒したいとエリーアス殿下のご希望なのですが、ご都合はいかがですか?」
これが正解かどうかわからないが…違ったら断るだろう、ぐらいのはったりで、モニカはイザベル様にお声がけをする。
「ええ。殿下がそうおっしゃるなら、仕方ないわねぇ」
そう言って、席をお立ちになった。当たり、かな?
「お庭を見ながら、歩いて行きたいわ。閉じこもりっぱなしだったし」
そうおっしゃるので、迎賓館の係りに頼んで、護衛を3人ほど付けてもらった。
迎賓館から王城までは、歩いて10分はかかる。お隣だが。
普通は馬車が用意される。
モニカは王女殿下の手を取って、王城に歩き出した。
王女の側近も護衛ももちろんついてきたが、王城の入り口で近衛に止められる。
***
先ほど挨拶して執務室を出て行ったモニカが、イザベルを伴って帰ってきたのには、さすがにエリーアスもラルフも驚いた。すぐに人払いをして、イルマにお茶を頼む。
もう夕刻だ。初冬の夕日が暮れかけている。
お茶を出してくれたイルマが、暖炉に火を入れた。
エリーアスは客用のソファーに座ってカタカタと震えながらお茶を飲んでいるイザベルを眺めてから、しれっと会議用の椅子に座ってお茶を飲み始めたモニカを見る。
「モニカ。いったい、なんだ?」
「あ、いえ…イザベル様が、妙におびえているようだったので、殿下がお茶に誘っているとはったりをかましてみました。」
「はったり…で連れてきたのか?お前は…。」
「ええ。王城の方が、安心ですし」
お茶に添えられたクッキーをもさもさと食べながら、なんてことないようにモニカが言った。
お茶を飲んで落ち着いのか、イザベルが一つため息をついて話し出す。
「…来たのよ…迎賓館の私の部屋に」
「何が?」
「あの女よ。兄の恋人の…この国で何と名乗っているのかはわからないけど」
「は?賊が堂々と昼間から現れたのか?何の報告もなかったぞ?」
エリーアスも驚いたが…ラルフがドアを開けて、警備を増やすように伝えている。
「いえ…賊、どころか…この国の近衛の制服を着ていたわ」
「え?……」
「タイは、赤よ。兄がよこした、殿下を殺すための暗器を持ってね…これよ。」
イザベルが見せてくれたのは、華国風の髪飾り。
「ただの髪飾りに見えるでしょう?先がよく尖らせてあって、相手の耳や目を狙うと、あっという間に人が殺せるのよ。これで…殿下を殺して来いという警告よ。返り討ちに会って私が殺されても…戦争を起こすきっかけには十分すぎるわ」
「ラルフ!第二のシャンタルを拘束するように言ってくれ!」
僕が声をかけると、頷いたラルフが駆け出して行った。




