第22話 新しい友達。
ラルフが帰ってきたので、久しぶりに近衛の朝練に出てみようかと思った。
体が鈍るので、部屋で素振りはしていたが。
「久しぶりに体を動かしに行こう」
僕がそう誘うと、ラルフがふふっと笑った。
「ええ。体を動かしに、ね?」
モニカは毎朝早い時間に出ていくのを知っている。あいつはなんだかんだ言って、地味に努力家だ。書き取りの練習も続けているらしい。まあ…おかげで、エリーアスに対しての風当たりが強いが。
早朝はずい分と涼しくなった。
先に出て行った気配がしたが、モニカの姿はない。
練習場に行ってラルフと剣を合わせる。
何度か打ち合っていると、近衛の制服を着た女の子が近寄ってきた。赤のリボン…第二か。モニカとつるんでいるところを何度か見たことがある。
「エリク君、ですよね?」
「え?はい」
「私と、手合わせお願いしてもいい?」
そう言って、にっこり笑う。朝早い時間なのにきちんと化粧もしている。肩先ぐらい髪を上だけ掬って結ったところに、髪飾りをつけている。
まあ、別に特段拒むこともないので、きちんと剣を構えて、軽く打ち合う。
ものすごく上手、というわけではないが…どちらかと言ったら、僕の動きを観察しているような目線だ。動きも…上手く言えないが、剣よりも暗器でも使った方がいいようなしなやかさ。ラルフが面白そうに見ている。
何本か打ち合ったところで、いい時間になった。
「ふうっ。ありがとう。エリク君。」
「え、いえ」
「今日はモニカは来ていないのよ?あなたが来てたって教えたら悔しがるわね」
「……」
「しばらくエリク君が来ない間に、モニカったら、ボーイフレンドが出来たらしいわよ?何て言ってたかなあ…そうそう、レオ君。そんな名前だったわ。うふふふっ。時々こんなふうに朝練をサボって、早朝デートしているみたいよ?」
そんなことを言いながら笑って帰っていった。…汗ひとつかいていない女。短いウェーブのついた金髪に青い瞳。
「あの女、調べてくれないか」
ラルフと並んで帰りながらそう言うと、ぼそっとラルフが言った。
「やきもち?」
「は?」
「冗談ですよ?」
***
エリクは従業員食堂に昼ご飯を食べに行って、モニカに久しぶりに会って
(…まあ、毎日会ってはいるが。)
日曜日にモニカの買い物に付き合うことになった。
いつもの下町用の支度に、ツイードのジャケットを羽織る。そこにカツラと眼鏡と帽子。
背が伸びたから、スラックスが短くなったが、編み上げ靴を履くからいいか。
「殿下が調べるように言った女ですがね?南部のハイノ伯爵家の養女、シャンタルといいます。生家は同じく南部のヤニク男爵家。近衛には推薦状と実技試験で入団しています。髪色、瞳の色、身長など、登録されていた通りですね。」
フリッツが着替えている僕の脇で、報告書を読んでいる。
「現在、第2近衛騎士団在籍。剣術はまあまあ、ですが、男性騎士の中で絶大な人気があるらしいですね?女性騎士は少ないから、貴重ですしね。」
「ふーん。お前はどう思う?」
「調べたところでは問題ないですが…入団当初はおばあ様が具合が悪いからと、月に一度はまとめて休みを取って国元に帰っていたらしいですね」
「…第2はそんなに融通が利くのか?」
「まあ、あの、副団長でしたしね」
「……」
黙ってフリッツの報告を聞いていたラルフが、
「…なんというか、気味の悪い子でしたね。もーちゃんの友達、ねえ…」
という。そうだな…。
帽子を目深にかぶって出かけようとした僕をラルフが呼び止める。
「それから殿下…もーちゃんにいい加減に正体をばらしておかないと、後でとんでもないしっぺ返しが来ますよ?」
…こいつ…出がけに不吉な予言をしやがって…。
そう思って振り向くと、ラルフとフリッツが僕を見て…ニマニマと笑っていた。
***
いつも待ち合わせしている公園。通りから見えないベンチで座って待っていたモニカは今日は緑色のカーディガンを羽織っている。
「今日は?何を買いに行くの?モニカ」
「紳士用のベルトを買いたいんです。高貴な…少し、ほんの少し高価なものがいいんですけど?エリク君、いいお店知ってる?」
まさかこの格好で、王室御用達の店に入るわけにもいかず…ぶらぶら街を見て歩いて、ギフトにできそうな革のベルトを飾ってある店に入った。
モニカは店員とあれこれ見て歩いて、ベルトの両側に蔦の模様が押してある茶色のコードバンのベルトに決めたらしい。
…父親の誕生日?とか?
「同じものを、カット無しで3本ください」
…3本?父親と、兄2人?分?
あいつらはでかいことはでかいが、カット無しだと1メートルの長さになるぞ?
…まさか…モニカの新しいボーイフレンドが…デカいのか?
なんとなくそわそわしながら、楽しそうに店員と話すモニカを眺める。
「あ、包装はしなくても大丈夫です。」
そう言って、モニカは結局その店で、結構な金額のベルトを3本とひざ掛けに使うブランケットを買った。
「誰か…誕生日なの?」
歩きながら聞いてみた。(その…レオって奴?)
「いえ。うふふふっ。そう言えばエリク君はお誕生日いつ?」
「え?11月」
「そうか。割とすぐだね?」
「え?うん」
モニカと貧民街のあったあたりまでぶらぶらと歩いた。
夏から始まった公園の整備が進んでいる。
張った芝生がほんの少し黄色くなっている。樹も植えられたようだ。まだ小さいが。
置かれたばかりのように見えるベンチに二人で座って、下町で買い込んできた丸パンのサンドウィッチを食べる。前はバラック小屋で見えなかった離宮の高い壁が見える。その奥に森。その上に、抜けるような秋の青空。
「なんか、久しぶりにのんびりだわ」
そう言って、モニカが伸びをする。
…そうだな。…ベルトは気になるが…。いや、レオって誰だ?
***
休み明け、エリーアスは早朝からイルマに叩き起こされて、着替えながらぼーっと中庭を見た。
…モニカ?
もう制服に着替えたモニカが中庭をゆっくり歩いている。
「ああ。レオ、って…レオか」
そう独り言を言って…くすっと笑ってしまった。
母が大事にしていたシェパード。
最近、年のためか足腰が弱ってしまって、散歩もままならないと飼育係が言っていた。母の姿が見えないのも要因かも知れない。そんな風に思っていた。
レオは腹のあたりをブランケットで巻かれ2本のベルトで絞めてある。もう一本のベルトをカバンの持ち手の様に通して、モニカが持ち上げながらお散歩しているようだ。
…なるほどな。だから、”高貴な方用”のベルトが3本必要だったわけか。
「…レオ君、ねえ…ふふっ」
「殿下?朝から何をニマニマしていらっしゃるんですか?」
そう言いながら洗顔用の洗面器を持ったイルマが戻ってきた。
僕が中庭を見ていたのを見て、イルマものぞき込む。
「ははーん。」
「な、なんだ?」
イルマが僕のことを横目で見ながら、半ば呆れたように言った。
「殿下…いい加減正体をばらさないと、モニカちゃんに嫌われますよ?」




