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第16話 湖。

モニカと東部地区に入ったのは、王都を出発してから3日後。思ったより早く着いた。二人っきりで、とはならなかった。ラルフも付いてきたから。モニカは乗合馬車で移動するつもりだったらしいが、ラルフがぼろぼろの荷馬車を持ち込んでくれた。


モニカの兄とラルフは親友だったらしく、モニカもラルフは昔から知っているらいい。

「ラルフさんはよくうちに遊びに来てたの。にこにこしているのに強くて。憧れてたなあ。うちはどちらかというとスパルタ式だったから」

「ふーん」


幌付きの荷馬車に揺られながらモニカの昔話を聞く。なんか…けっこう面白くない。


モニカが鍛冶屋で注文していたのは、やはり槍だった。

硬いうろこを通せるように、と、通常の槍より穂先が長いものが2本。

「何と戦うんだい?お嬢ちゃん?」

と、鍛冶屋のオヤジが心配してくれたとモニカが笑った。


こいつはやはり面白い。

こんなものを持って、乗合馬車に乗り込もうとしていたのか?


途中の宿では、暇があるとなにやら書いているので、のぞいてみる。

「何を…してるの?モニカ?」

「字の練習なの。字が下手だって言われたから」


…あ。


モニカの後ろに回り込んで、モニカがペンを持った右手に手を重ねて、字を書く練習を手伝う。

「モニカ?力が入り過ぎだよ?」

ぎこちない彼女の顔を覗いてみると、耳まで真っ赤になっていて…距離感を間違えたことに気が付く。ここで慌てても今更なので…そのまま書き進む。こんなことを3日やったわけだ。部屋に戻って、散々ラルフにからかわれたが。俺だって恥ずかしいが…責任は感じている。



***


荷馬車で湖の近くまで行けた。

湖の周りは森が取り囲んでいて、真夏だというのに薄暗い。真ん中あたりの湖面だけがキラキラと陽を映している。随分と深いのか、水面は黒っぽく見える。


夜逃げした人たちが住んでいたらしい家は、2年の間に朽ちかけていた。夏草が絡まり、何かの獣が家の中まで入りこんで荒らしている様だった。


「静かね?」


つぶやいたモニカの声まで吸い込まれるほど、静かだ。


僕たちは長い槍の柄の部分で慎重に夏草をよけながら、湖のほとりまで向かう。

魚でも取るためなのか、その、行けなくなった村まで行くためなのか、小さな舟が何艘か岸にあげられている。近くにちょっとした高台があって、大きな木が一本立っている。


「乗れそうですね?乗って行ってみますか?」

舟の状態を見ていたラルフが、そう声をかけてきた。3人ぐらいなら乗れそうだ。


「…わ、私…」

槍を担ぎながら、モニカの顔色がよくない。

「私…実は泳げないんです!ごめんなさい!陸路ならまだしも、舟は無理です!」


モニカは何でもできそうなのに…泳げないんだ?意外だけど、これでこの大きな湖ぐらいなら泳いで往復できます、とか言われるよりは人間らしくていい。思わず、ふっと笑ってしまった。こいつの苦手なものを2個も見つけた。


「じゃあ、僕が偵察に行ってきます。道の状態も見てきますから。待っていてください。万が一夕方まで帰らなかったら、馬車に戻っていてくださいね?」

そう言いながら、ラルフが舟を押して滑るように乗り込んで、櫂で漕ぎ出していった。湖の反対側で一本煙が上がっている。先に入ったアシルの部隊が制圧したんだろう。


「じゃあ、僕たちは高台に上がって見てる?馬車に帰る?」

「ラルフさんが帰るのを待っています」

そうモニカが言うので、槍をつきながら、高台に登った。


高台に登ってみると、思ったより大きな湖だということがわかる。

ドラゴンが泳ぐのかどうかは知らないが、何か大きな生き物がいても不思議じゃないほどの大きさだ。漕ぎ出していったラルフの船がもう小さく見える。湖は横にもかなりの広さがあると、高台に上がって見て再確認した。


時折何かが跳ねる。魚かな?


「静かね…」


もう一度モニカがつぶやく。

世界中に、僕とモニカしかいないんじゃないかと思うほど…静かだ。


僕がモニカと手をつないだのは…こいつが心細そうに見えたからだ。



***


周りの森が深いせいなのか、日が陰るのが早い。僕たちはラルフを馬車で待つことにして、高台を降りた。

ざくざくと夏草を踏んで、来た道を帰る。


乗ってきた荷馬車の後から、護衛が来て待機しているはずなので、たいして心配もしていなかった僕は、自分の読みの甘さを反省することになる。


僕らの荷馬車は、東部卿の騎馬隊に囲まれていた。5人か。

モニカと息を殺して、民家の陰に潜む。

荷馬車は、平民が乗るような粗末なものだが、下手に報告されると面倒だ。


「どうする?モニカ?」

モニカにしか聞こえないほど小さな声で聞いてみる。


「んん。そうですねー。私たち湖に釣りに来ていたことにしたらどうでしょう?ちょうど釣り竿も持っていることですし」

そう言って、モニカが肩に担いだ槍を軽くたたく。こいつ…やはり面白い。


「あーなんだべえ?おらたち釣りに来てたんだげどなあ?」

僕はスラックスの裾をまくって、槍を肩に担いで荷馬車に近づく。

「お前たち、二人だけか?」

「んだあ。魚は見えんだけどよお、釣れねえなあ」

やはり肩に槍を担いだモニカが上手に返す。


ふっと馬に乗ったままの上官らしい男が笑った。

「そうか。お前たちにいい仕事を紹介してやる」

後ろにいた男がニマニマしながら縄を持って馬を降りてくる。


…ああ。そっちか。よほど人手不足なんだな。


「いや。間に合っている」

「そうね」


こういう時に、槍は便利だ。

馬は使えそうなので、傷つけないように乗った兵士だけ落とす。モニカと2人ずつ突き落とした。。

縄を持って近づいてきていた男も漏れなく。


「いるか?」


森の暗闇に声をかけると、護衛騎士が出てきた。荷馬車を囲んだ5人組に東部卿の馬印があったので、手が出せなかったんだろう。


「片付けておいてくれ。馬は使うから、どこか目立たないところにつないでおいて」

「はっ」


振り返ると、モニカが槍の穂先を先ほどの東部兵の上着で拭いている。思わず笑ってしまった。






















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