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第17話 お花畑。

ラルフは小さな舟をこいで、のろしの上がった場所まで向かう。

湖は地図で見たより、漕ぎ出してみると心細くなるほど広い。櫂を入れるとさざ波が立つ。


必死で小一時間漕いで対岸に着くと、アシルの傘下の兵士が舟を引っ張り上げてくれた。上陸して、湖岸につながれている少し大き目な舟を見てぎょっとする。その舟には、絵本に出てくるドラゴンの頭のような形に切り込まれた板が括りつけてあった。


(なるほどね…遠目に見たらドラゴンだと思い込むかもしれないな。)



「どうだ?」

迎えに来たアシルと並んで歩く。

「見たら…さすがのお前でも驚くぞ」


湖畔の集落を過ぎると…一面のお花畑。薄紫の…なんというか綺麗すぎて気味の悪い色の芥子畑が広がっていた。


「吐きそうだな」

ラルフの独り言に、アシルが返事をした。

「ああ」


「どうする?」

「燃やすしかないだろう。油は持ってきたが、こんなとんでもない規模だとは思わなかった」


燃やすにしても、これだけの量を刈り込んで積んで火をつけてから…退避しきれるかどうか心配なところだ。夜じゅう燃やして、明日また確認に来なければいけないだろう。出来れば煙は吸い込みたくない。


「道路は?使えそうか?」

「ああ。表向きの道路は落石を装って通行できないようになっているが、森を突っ切る道路が作ってあった」

「じゃあ…なんとかなるか。」

「ここで火の手が上がったら、アベルの軍が動く手はずになっている」

「うん。風向きに気を付けてやれよ?」


「ああ。」


働かされていた村民は保護されたが、健康状態は最悪だ。

働かせていた東部の役人と華国から来たと思われる技師は拘束した。


ラルフは東部の役人と技師を護送する鉄格子付きの馬車に乗せてもらって、対岸に戻ることにした。この馬車はとりあえず夜のうちに東部卿の領地を抜ける。


***


モニカはエリクと高台に戻った。乗ってきた荷馬車にいるのも危険そうだったので、積んできた毛布と携行食と水は持ってきた。


高台の大きな樹の下に毛布を一枚敷いて、もう一枚を二人で被る。

水面からの風が、真夏なのに涼しい。と、いうより、寒いぐらいだ。

「寒くない?」

エリクが心配して声をかけてくれる。

「うん。大丈夫だよ」

エリクにくっついているので十分に暖かい。


硬いビスケットを二人で齧りながら、真っ黒に見えた湖に、上ってきた月の光が映るのをぼんやりと眺める。やさしい風で起こる波紋にキラキラとウロコの様に光が反射する。


「ここに来る前にいろいろ本で調べたんだけどね?」


下町の教会に通っていた頃、子供たちにドラゴンの話を聞いて、モニカは仕事終わりに王立図書館で伝説や言い伝えの類の本を何冊か読んだ。ドラゴンの急所が書いてないかな?なんて思って始めたことだったが。


「ドラゴンじゃなくて竜、らしい。泳ぐからかな?本当にこの湖で竜を見た人は、100年幸せに暮らせるとも書いてあった。それだけ、めったにないことだったんだろうね。」

「ああ。めったにないことが起きると、不安をあおりやすかったりもするからね。ここの竜もいいように使われたんだろう。」

「……そうか。」


エリク君は…いったい何者なんだろう?

何度か考えていたことを、モニカがまた思う。


ただの平民には思えないから…没落貴族の息子?所作も綺麗だし、字も綺麗だ。しかもあの剣の腕だ。下町でイリア語で道を聞かれていたときだって、難なくイリア語で返していた。

それに…ラルフさんとまるで兄弟の様に話をする。そう言えば…私はラルフさんの出身も知らない。

二人とも似たような茶色の髪だ。この国の貴族階級は金髪が多いので、第一師団はほとんど金髪。第三師団は茶色の子が多い。まあ、私は黒、だけど。


(エリク君が、本当にタダの平民ならいいな。)


そうなら…もうしばらく働いてから、この人を連れて自領に帰って…父は自領軍の要職に付けてくれるだろう。強いし。頭もいいし。実力主義なので父は身分はあまり気にしない。


「え?ああ…僕は爵位とか持っていないよ?」


考えていたことが、言葉に出てしまったのか…モニカはそう答えたエリクの顔を見る。さすがに色付き眼鏡は外していたが、モノクロに見える世界の中で、瞳の色まではわからない。ただ、私を見てくれているというのはわかる。




「モニカ、見て。竜のお花畑が燃えるよ?」


エリクが指さす方を見る。

昼間より遠く見える対岸で、火柱が上がっているのが見えた。


「竜の…お花畑?」


月が照らして作る光の道の向こうに、何かの弔いのような、赤い火が燃えていた。













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