③
侯爵も、後がなかった。
貴族とは、権力が強い反面、その地位に見合った振る舞いが期待される。周りの人々の目は、口よりも雄弁に語る。接点がないはずの街の者であっても、それは同じ。どこからか、染みだすように静かに広がる。『ガーデン家の令嬢は、稀にみる傍若無人さ』だと。
「私は、容赦致しません。遠慮もしません。何故なら“側仕え”は、主人を助け、正す事も仕事だからです。」そう、侯爵に言いきったのは、たかだか15才の小娘だった。自分の娘と2才ほどしかかわらない。長男がいるが、彼女より8才上だ。だが、その長男ですら、ここまで胸を張り堂々と意見してきた事があっただろうか。「…頼めるか?」もう、この男爵令嬢しか残っていなかった。
「さっさと、洗いなさい。」浴場で、ガーネットは湯船に浸かっていた。その横で、ビオネッタは腕まくりをし、スカートをたくしあげて、片手に長柄のブラシを持っていた。「じ、自分で洗った事がないんだもん。解らないわよっ!」ポカッとブラシがガーネットの頭に振り下ろされる。「!痛いじゃない!」「考えなさい。メイド達はどうしていたか、思い出しなさい。」しぶしぶ、ガーネットはタオルにシャボンを塗りつけ、湯をかけて泡立たせ始めた。そして、首から肩、腕、背中、胸、と上から下へ洗っていく。「ちゃんと洗えてますよ。お尻は念入りに洗っておかないと、肌、荒れますよ。」「!わ、解ってるわよっ!」ガーネットは、真っ赤になって風呂の湯面を叩く。
お前がチビったのだろうが。片付けてくれているメイド達に申し訳ない。
ビオネッタは、ざんぶりと湯を手桶に汲んでガーネットにかけていく。「…こんなのメイドにやらしゃいいのよ。」と、ぶつぶつ言っている。このお嬢様は、大概口が悪い。「…。」とりあえず、このお漏らし姫を拭いて、身だしなみを整えねば。
「なんでこんな小さな鏡なのっ?!」部屋に付随するバルコニーで、テーブルと椅子を置き、彼女を座らせて髪を結う。「なんででしょうかねぇ。」小さな手鏡で、右から左から頭を確認するガーネット。じっとしてくれないと、やりずらい。「鏡台は?!姿見はっ!?」「ありませんねぇ。」「何でよっ!」立ち上がりこちらを振り返り、ハッとした顔をした後、静かに座り直した。私の背後、ガラス戸越しに見えたのでしょう。自分が癇癪をおこし、割ってしまった鏡台が。
「お嬢様は、侯爵家に生まれたら全て成功すると思っていらっしゃるのですか?」片付けが済み、臭いを消す為に撒かれた灰と乾かした柑橘の皮をメイド達が掃いているのを眺めながら、バルコニーで茶をしばくガーネットに、直球で質問する。「はぁ?当たり前でしょう?」眉を吊り上げ、こちらを小馬鹿にしたようにニタリと笑う。「我がガーデン侯爵家は、王家に連なる血族。王家に次ぐ、影響力、権力、財力がありますもの。」オーホッホッホと、悪役令嬢のお手本の様な笑いかたを披露してくれた。「…お嬢様は、本当にアホですねぇ。」紅茶をたしなみながら、真実を述べる。「な、な、!」ガーネットは、真っ赤に震えている。「何を勘違いされているのか知りませんが…。」カップをソーサーに下ろし、彼女を見る。「あなた、侯爵家から出されるでしょう?」淡々と告げると、ガーネットは実に言葉どおり、鳩が豆鉄砲をくらった顔をして、固まっていた。「…え?」しばしの沈黙の後、彼女は聞き返してきた。「よくお考えなさいな。ガーネット嬢。」私は、紅茶のお供のケーキを小さなデザートフォークで口に運び、一呼吸してから話しを続けた。「侯爵家は、お兄様がお嫁を取り、後を継ぎますよね。」「…ええ。」ガーネットは素直に聞いている。「となると、この屋敷、このガーデン侯爵家を取り仕切る女主人は誰になりますか?」「…それは…義姉様…。」「ですよね?あなたはこの家の主人ではない。」ガーネットはゆっくりと頷く。「…今のような振る舞いを、義姉様が容認なさるとでも?」「!」さすがにそれは無理だと、本人も解っているようだ。「で、でも、お兄様が」「容認なさるのですか?」言おうとした言葉は、簡単に打ち消された。許される理由がない。「…じゃあ、私はどうなるのよ。」テーブルに置かれたこぶしは震えている。「そんなもの、決まっているではありませんか。」ガーネットは、勢いよく顔を上げこちらを見つめる。「どこぞに嫁にいく。くらいでしょう。」言い終わり、ゆったりと紅茶を飲む。「よ、嫁ですって…!?」「はい、一番可能性があります。」しばし、ガーネットは震え、固まっていたが「…誰が、誰が嫁に貰ってくれるというのよっ!!」と叫び、勢いよく立ち上がった。その顔は憤怒で真っ赤である。
そう、13歳の侯爵令嬢は、今現在、婚約者がいない。いないのだ。
侯爵という力を持ってしても。




