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正法眼蔵随聞記 第三巻

 正法眼蔵随聞記 第三巻


 侍者 懐奘 編





 第六十二章


 道元は、僧達に示して、次のように、話した。


 仏道を学び修行する人は、心身を捨てて、完全に、仏法に入門するべきである。

 古代の先人は、「百尺の竿の先頭で、どのように歩みを進めるのか?」と話している。

 であれば、「百尺の竿の先頭に上って、足を離せば、死ぬであろう」と思って、強く取りつく心が有るのである。

 それを「一歩、進みなさい」と言うのは、「まさか悪い事には成らないであろう」と、思い切って、身の命を捨てるように、世俗から仏土へ渡る業から始めて、一身の生活の手段に到るまで、思い、捨てるべきなのである。

 それらを捨てないと、どんなに、頭が燃えているのを払うように仏道を学び修行しても、真理を会得する事は、叶わないのである。

 ただ、思い切って、心身、共に、捨てるべきなのである。





 第六十三章


 ある「比丘尼」、「女性の出家者」が、ある時、次のように、質問した。


 世間の婦人などですらも、仏法を勤勉に学びます。

 「『比丘尼』、『女性の出家者』の身には、少々の善くない所が有りますが、なぜ、仏法に(かな)わないのか?」と思ってしまいます。

 どうなのでしょうか?


 道元は、次のように、話した。


 その言葉は、正しくない。

 在家信者の女の人は、女の身でありながら、仏法を学んで会得する事が有っても、出家者は、出家の心が無ければ、会得できないのである。

 仏法が人を選ぶのではなく、人が仏法に入門しないのである。

 出家者の正義と、在家信者の正義や、その心は、異なるのである。

 在家信者のうち、出家者の心が有る者は、世俗を出て離れるべきであるし、出家者に、在家信者の心が有るのは、二重に、善くない事なのである。

 (出家者と在家信者では、)用心も、大いに異なる事が有るのである。

 行う事が難しいのではなく、良く行う事が難しいのである。

 世俗を出て離れて、真理を会得する修行は、人ごとに心に気にかけている様子は似ているけれども、良く行う人は(まれ)なのである。

「生死は一大事なのである。この世のものの常の変化は迅速なのである」

 心を緩めるなかれ。

 世俗を捨てるならば、実に世俗を捨てるべきなのである。

 「(『出家者』と『在家信者』という)仮の名称は、どうでも良い」と思うのである。





 第六十四章


 道元は、「夜話」で、次のように、話した。


 今の世俗の人々を見ていく中に、報いの結果も善く、家をも興す人は皆、心が正直で、他人のために善き人なのである。

 そのため、家をも保持し、子孫までも栄えるのである。

 心がねじ曲がっていて、他人のために悪い人は、たとえ、一時は、報いの結果も善く、家を保持できる様子が有っても、終には、悪く成るのである。

 たとえ、一生は無事に過ごす様であっても、子孫は必ず衰えてしまうのである。

 また、「他人のために善い事をして、その人に『善い』と思われ、喜ばれよう」と思って、するのは、悪いのに比べれば、優れているのに似ていても、これは、自身を思っていて、他人のために真に善い訳ではないのである。

 その人には知られなくても、他人のために善い事をし、未来までも、誰のためと思わないで、他人のために善い事をしておく等する人を「真実の善人」と言うのである。

 まして、僧は、これを超える心を持つべきなのである。

 生者達を思う事、親しいか疎遠であるかを区別せず平等に救済して仏土へ渡す心を持って、世間の利益や、世間を出た利益について全く自身の利益を思わず、他人に知られなくても、喜ばれなくても、ただ、他人のために善い事を心から行い、「私は、このような心を持っている」と他人に知られないのである。

 この前例は、まず、世俗を捨て、身を捨てる事なのである。

 自身すらも真実に捨てれば、「他人に善く思われよう」と思う心は無いのである。

 だからと言って、「他人は、どうにでも思いたければ思え」と言って、悪い事を行い自由奔放で邪悪であるのは、仏の心に(そむ)いてしまうのである。

 ただ、善い事を行い、他人のために善い事をして、「代価を得よう」とか「自分の名声を実現しよう」と思わないで、真実に何物も得ないで、利益を生者達にもたらす事をするのである。

 これは、自我への執着を離れる、第一の用心なのである。

 「この用心を保持しよう」と思うのであれば、まず、この世のものの常の変化を思うべきである。

 一生は、夢のような物なのである。

 時間は、早く移り変わってしまう。

 (つゆ)のような命は、消えやすい。

 時は人を待ってくれない習いなので、「ただ、短時間、存命中に、些細な事についても、他人のために、良く仏の心に従おう」と思うべきなのである。





 第六十五章


 道元は、「夜話」で、次のように、話した。


 仏道を学び修行する人は、最も、貧しいべきである。

 世俗の人々を見ると、財産が有る人は、まず、怒りと恥辱という二つの災難が必ず来るのである。

 宝が有れば、他人は、それを「奪い取ろう」と思ってしまう。

 自分は、「取られたくない」とする時、怒りが、たちまち、起こる。

 あるいは、宝について論争して、問答対決にまで及び、終には、闘争、戦争してしまう。

 このような間に、怒りも起こるし、恥辱も来るのである。

 貧しい上に貪らない時は、まず、これらの災難を免れて、安楽は自由自在なのである。

 証拠は眼前に有るのである。

 仏教の文を待つまでもない。

 それだけではなく、古代の聖人や先人の賢者は財産を非難し、諸々の天人や仏や祖師達は皆、財産を恥じた。

 それなのに、愚かな人が、財宝を蓄え、いくらかの怒りを抱くのは、恥辱の中の恥辱なのである。

 貧しくて真理を思う者は、先人の賢者や古代の聖人が見上げる者であるし、諸々の仏や諸々の祖師達が喜ぶ者なのである。

 近頃、仏法が衰えていっている事は、眼前の事なのである。

 私、道元が、初めて建仁寺に入門した時に見た僧達の様子と、七、八年間が過ぎた時に見た僧達の様子は、次第に変わっていたが、寺の諸々の寮に塗られて飾られた(かご)を置いてしまい、各々器や品物を保持してしまい、美しい服を好んでしまい、財宝や品物を蓄えてしまい、自由奔放で邪悪な言葉を好んでしまい、合掌低頭や礼拝などが衰えていってしまった事を思うと、他所の寺の僧達の様子も(同じであると)推察されるのである。

 仏法修行者は、僧衣と器以外に、財宝などを一切、持つべきではない。

 何を置くために塗られて飾られた(かご)を設置するのか?

 他人に隠すほどの物を持つなかれ。

 盗賊などを恐れるために「隠して置こう」と思ってしまうので、捨てて持たなければ、かえって逆に、安心なのである。

 「他人を殺しても他人には殺されたくない」と思ってしまう時こそ、身も苦しいし、用心も必要に成ってしまうので、「他人が自分を殺しても自分は報復を加えない」と思って決心すれば、用心も不要に成り、盗賊も心配する必要が無いのである。

 どんな時も、安楽に成るのである。





 第六十六章


 道元は、ある日、僧達に示して、次のように、話した。



 宋の時代の中国の、海門 禅師が天童山の長老であった時、会の下に元 首座と言う僧がいた。

 この元 首座と言う人は、仏法を会得した、真理を悟った人で、修行の保持が長老を超えていた。

 元 首座は、ある時、夜、長老の部屋に参って、焼香して礼拝して、「請い願わくば、私、元 首座に、後堂首座を許してください」と話した。


 その時、海門 禅師は、涙を流して、次のように、話した。


 私、海門 禅師は、小僧であった時から、未だ、そのような話を聞いた事が無い。

 あなた、元 首座は、坐禅僧として、首座、長老を所望するのは、大いなる誤りなのである。

 あなた、元 首座は、既に真理を悟って、私、海門 禅師を超えている。

 それなのに、首座を望むのは、昇進のためなのか?

 許すのであれば、前堂も、長老をも、許すべきである。

 しかし、そのような心持ちは、卑しく、劣っているのである。

 実に、それによって、他の、未だ悟っていない僧達の様子は推察されるのである。

 仏法が衰えているのを、それによって、知る事ができてしまう。


 元 首座は、この海門 禅師の言葉に恥じ入って辞退したが、終に、首座を請い願ってしまった。

 しかし、その後、元 首座は、この海門 禅師の言葉を記録して、自身を辱めて、師である海門 禅師の美しい善い言葉を明らかにした。



 今、この話を思案すると、昇進を望み、「長老と成ろう」と思う事を、古代の先人も恥じ入ったのである。

 ただ、「真理を悟ろう」とだけ思って、他の思いは有るべきではない。





 第六十七章


 道元は、ある夜、僧達に示して、次のように、話した。



 唐の太宗は、即位後、古い宮殿に住んだ。

 古い宮殿は、破損していたので、湿気が上がり、風や(きり)が冷たくて、皇帝の肉体は病気に侵されてしまった。

 臣下などが「新しい宮殿を造るべきです」と提言したら、太宗は、

「時期は、農耕期である。

(新しい宮殿を造るために国民を使役してしまうと、)国民を必ず憂えさせてしまうであろう。

秋を待って、造るべきである。

湿気に侵されてしまったのは地に受け入れられなかったからであるし、風雨に侵されてしまったのは天に(かな)わなかったからである。

さらに天地に(そむ)いてしまえば、この身は亡く成ってしまうが、国民を煩わさなければ、自然と、天地に(かな)うであろう。

天地に(かな)えば、身は病気に侵されなく成るであろう」と話して、終に、新しい宮殿を造らず、古い宮殿に住んだ。



 俗世の人ですらなお、このように、国民への思いやりは、自身に対してよりも超えていたのである。

 まして、仏の子である仏の弟子である僧は、釈迦牟尼仏の家風を受け入れて、一切の生者達を唯一の子のように思いやるべきである。

 「自分に所属する、そばに仕える者や従者である」と思って、叱って煩わすなかれ。

 まして、「同期の仲間や、高徳の長老などを釈迦牟尼仏のように恭しく敬うべきである」と戒の文で明らかなのである。

 であれば、今の、未だ学ぶべき物が有る人である僧も、他人には顔色に出さずに知られなくても、心の内で、「上等や下等や、親しいか疎遠であるかを区別せず、他人のために、善良であろう」と思うべきなのである。

 大事な事でも、些細な事でも、他人を煩わしたり、他人の心を破壊したりするなかれ。



 釈迦牟尼仏が存命時、外道は、多くが、釈迦牟尼仏の悪口を言って憎んだ。


 釈迦牟尼仏の、ある弟子が、次のように、質問した。


 釈迦牟尼仏は、(もと)より、柔和を根本としているし、慈悲を根本としているので、一切の生者達は等しく(釈迦牟尼仏を)恭しく敬うべきです。

 なぜ、あのように、従わない生者どもがいるのでしょうか?


 釈迦牟尼仏は、次のように、話した。


 私、釈迦牟尼仏は、昔、(前世で、)僧達を統治していた時、多くの叱責や仏教的な所作によって弟子を戒めてしまった。

 そのため、今、あのようなのである。


 前述の話は、「律」の中に見られる。



 そのため、たとえ、住持、長老として僧達を統治していても、弟子の非を正して諌める時に、叱責の言葉を用いるべきではない。

 ただ、柔和な言葉によって、戒めて、勧めても、従ってくれる者は従ってくれるのである。

 まして、未だ学ぶべき物が有る人である僧や、親族や、兄弟などのために、荒々しい言葉によって他人を悪く叱責するのは、全く、やめるべきなのである。

 よくよく、用心するべきである。





 第六十八章


 道元は、また、僧達に示して、次のように、話した。


 僧の用心では、仏や祖師達の日常の所作を守るべきである。

 第一には、まず、財宝を貪るなかれ。

 釈迦牟尼仏の慈悲が深く重い事は、例えても、量り難い。

 釈迦牟尼仏の行為や、日常の所作は皆、生者達のための物なのである。

 釈迦牟尼仏は、一微塵ほども、生者達のために利益ではない事を行わなかった。

 釈迦牟尼仏は、転輪聖王の王子なので、王に即位して、一天下を思い通りにして、宝によって弟子を思いやり、領地によって弟子を育む事ができたのに、なぜ、位を捨てて、自ら乞食を(おこな)ったのか?

 それは、決定的に、末法の世の生者達のためにも、弟子の仏道修行のためにも、利益と成る理由が有るので、釈迦牟尼仏は、財宝を蓄えず、乞食を(おこな)っておいてくれたのである。

 釈迦牟尼仏以降、インドや中国の祖師達や、「善い」と他人にも知られた者達は皆、貧しくて、乞食をしたのである。

 まして、禅宗の祖師達は皆、「財宝を蓄えるなかれ」とのみ勧めているのである。

 禅宗以外でも、禅宗をほめるには、まず、貧しいのをほめるし、伝えられて来ている書籍や記録でも、貧しかった事を記して、ほめているのである。

 「財宝に富み、豊かで、仏法を修行する」とは未だ聞いた事が無い。

 善い仏法修行者と言う者は皆、糞掃衣で常に乞食するのである。

 禅宗を「善い宗派である」と言い、禅僧を他と異なるとする始まりは、昔、禅宗以外の寺院などに雑居していた時にも、身を捨てて、貧しい人であったからなのである。

 禅宗の家風は、まず、このようである事を知るべきである。

 仏教の文による道理を待つまでもない。

 私、道元も、田園などを所持していた時が有った。

 また、財宝を持っていた時も有った。

 その時の心身と、今の貧しくて僧衣や器に乏しい時の心身を比べると、「今の心身のほうが優れている」と思われるのが、現の証拠なのである。





 第六十九章


 道元は、また、次のように、話した。


 古代の先人は、「ある人に似ないで、ある人の家風を語るなかれ」と話している。

 この言葉の意味は、ある人の「徳」、「善行」を学ばず、知らないのに、その人に過失が有るのを見て、「ある人は善い人であるが、ある行いは悪い。悪い事を善い人もするんだなぁ」と思うなかれ、という事なのである。

 ただ、ある人の「徳」、「善行」は取得して、過失は取り上げるなかれ。

 「王者は『徳』、『善行』は取得するが、過失は取り上げない」と言う言葉も、こういう意味なのである。





 第七十章


 道元は、ある日、僧達に示して、次のように、話した。



 人は、必ず、隠れて善行を修行するべきである。

 隠れて善行を修行すれば、必ず、目に見えない加護や、目に見える利益が有るのである。

 たとえ、泥の像や、木の像や、粘土や(ロウ)の像で、粗悪であっても、仏像を敬うべきである。

 黄巻、赤軸の粗悪品であっても、仏経と仏教に帰依して敬うべきである。

 破戒、無恥の僧侶であっても、僧の団体を信仰するべきである。

 内心に信心を持って敬礼すれば、必ず、目に見える幸福を受けるのである。

 破戒、無恥の僧や、粗悪な外見の仏や、粗悪品の仏経だからと言って、不信心、無礼であれば、必ず、罰を受けるのである。

 それが当然である、釈迦牟尼仏が残してくれたもので、人や天人の幸福の分け前と成っている仏像、経典、僧侶なのである。

 そのため、帰依して敬礼すれば、必ず、利益が有るのである。

 不信心であれば、罰を受けるのである。

 どんなに、有り得なくて、浅ましくても、仏や仏法や僧という対象に帰依して敬礼するべきなのである。

 「禅僧は、善を修行せず、功徳を用いない」と言ってしまって、悪行を好むのは、極めて誤った事なのである。

 先例で、悪行を好む人なんて未だ聞いた事が無い。


 丹霞天然 禅師は、木の仏像を焼いた。

 これは(一見、)悪事に見えるが、一際目立っている説法を(ほどこ)(もう)けているのである。

 丹霞天然 禅師の行状の記録を見ると、坐禅に必ず正しい所作が有ったし、坐禅せずに立っていても必ず礼儀が有ったし、常に高貴な賓客を歓迎するようであった。

 一時的な坐禅でも、必ず、「結跏趺坐」して、「叉手」した。

 自身の眼のように、寺の共有物を守った。

 勤勉に修行する者がいれば、必ず、その者を喜んだ。

 些細な善行でも、重んじた。

 日常の行状が、とても優れていた。

 丹霞天然 禅師の記録を留めて、今の世までも、寺の(かがみ)としているのである。


 それだけではなく、諸々の、悟りを求める心が有る師や、先例や、真理を悟った祖師達について見聞きすると、皆、戒の行いを守り、所作を整え、たとえ些細な善行でも重んじた。

 「真理を悟った師が善行をおざなりにした」とは未だ聴いた事が無い。

 そのため、未だ学ぶべき物が有る人である僧は、「祖師達の教えに従おう」と思うのであれば、必ず、善行を重んじなさい。

 信仰に専念するべきである。

 仏や祖師達の仏道修行は、必ず、多数の善行が集まる修行なのである。

 「すべてのものは仏法なのである」と通達した上は、「悪は、決定的に悪であるので、仏や祖師達の真理から遠ざかってしまう。善は、決定的に善であるので、仏道との縁と成る」と知るべきである。

 もし、このようであるならば、仏や仏法や僧という対象を重んじるべきである!





 第七十一章


 道元は、また、次のように、話した。


 今、「仏や祖師達の仏道を修行しよう」と思うのであれば、期待する事無く、求める事無く、所得を無くして、利益を求める事無く、先人の聖者の仏道を修行し、祖師から祖師への日常の所作を修行するべきなのである。

 「求める事を断ち、仏という結果を望むべきではないから」と言って、修行を止めてしまい、(もと)の悪行に留まってしまえば、かえって逆に、(もと)の「求める事」に留まってしまい、(もと)の巣窟に堕ちてしまうのである。

 全く少しも期待する事を無くして、ただ、「人や天人の幸福の分け前と成ろう」と思って、僧の所作を守り、救済して仏土へ渡し利益を生者達にもたらす日常の所作を思い、多数の善を好み修行して、(もと)の悪を捨てて、今の善に停滞せず、一生、修行していけば、これを古代の先人は「『漆の桶』、『無知な僧』、『煩悩』を奥底まで打破した」と話しているのである。

 仏や祖師達の日常の所作とは、このような物なのである。





 第七十二章


 ある僧が、ある日、来て、仏道を学び修行する用心について質問した。


 道元は、ついでに、僧達に示して、次のように、話した。



 仏道を学び修行する人は、まず、貧しいべきである。

 財産が多ければ、必ず、その志を失ってしまう。

 在家信者で仏道を学び修行する者は、なお、財宝にまとわりついてしまい、居所を貪ってしまい、眷属と交わってしまうので、たとえ、その志が有っても、仏道の障害と成ってしまう因縁が多い。

 古来から、俗世の人で学に参入する者は多いが、その中で「善い」と言われる者でもなお、僧には及ばないのである。

 僧は、三種類の僧衣と一つの器以外は財宝を持たず、居所を思わず、衣服を貪らず、仏道を学び修行するのに専念するので、皆、(真の)利益を得るのである。

 なぜなら、貧しいのは、真理に近いのである。


 龐公が、俗世の人であったが、僧に劣らず坐禅の道場に名声を留めている理由は、龐公が、禅に参入する最初に、家の財宝を持ち出して海に沈めようとしたからである。

 ある人が、それを諌めて、「他人に与える事もできるし、仏教の事に用いる事もできる」と話した。

 龐公は、その時、その人に、

「私、龐公は、『(財宝は)敵である』と思って、これを捨てるのです。

『(財宝は)敵である』と知っていて、どうして、他人に与える事ができるでしょうか? いいえ!

宝は、心身を心配させる敵なのです」と話して、終に、海に入れ終わった。

 その後、命を活かすためには、(ざる)を作って売って過ごしたのである。


 俗世の人でも、このように、財宝を捨ててこそ「善人」とも言われるのである。

 まして、僧は、全く、捨てるべきなのである。





 第七十三章


 ある僧が、次のように、話した。


 中国の寺院には、必ず、寺の共有物などが有って、置かれているので、僧のための仏道修行の支援と成って、それの心配が無いです。

 この国は、その法が無いので、全く捨ててしまっては、仏道修行を違えて乱してしまうかもしれません。

 このように衣服や食糧などの支援に見当をつけて、「有ったら、善い」と思われます。

 どうでしょうか?


 道元は、次のように、話した。


 そうではない。

 中国よりも、この国の人は、無理に僧に捧げものを捧げ、過分に他人に物を与える事が有るのである。

 まず、他人は知らなくても、私、道元は、仏道を修行して道理を会得したのである。

 一切、一つも物を持たず、思わず、あてがわず、十年間余り、過ぎ終わっている。

 「少しも財産を蓄えない」と思う事こそ大事なのである。

 「わずかな命を生きるのは、どうなのか?」と思って蓄えなくても、先天的に有るのである。

 人には皆、生きるための分け前が有るのである。

 天地が、それを授けているのである。

 自分で走り求めなくても、必ず、有るのである。

 まして、仏の子である仏の弟子である僧には、釈迦牟尼仏が残して付属してくれた幸福の分け前が有り、求めなくても自然と得る事ができるのである。

 ただ、全く捨てて、仏道を修行すれば、先天的に、それが有るのである。

 現の証拠が有るのである。





 第七十四章


 道元は、また、次のように、話した。


 仏道を学び修行する人は、多分、「もし、そのような事をすれば、世俗の人々は、それを非難しないか?」と話すであろう。

 このような道理は、大いに、善くないのである。

 世間の人々が、どんなに非難しても、仏や祖師達の日常の所作や、仏教の道理であれば、教えに従って修行するべきなのである。

 たとえ、世俗の人々が(こぞ)って、ほめても、仏教の道理ではなく、祖師達も修行していない事であれば、行うなかれ。

 「世俗の人々が、親しいか疎遠であるかを問わず、自分をほめるから」とか「自分を非難するから」と言って、世俗の人々の心に従っても、自分の命が終わる時、悪業に引かれて地獄などに堕ちてしまう時、そんな人は、どのようにしても、救う事ができないのである。

 たとえ、諸々の人々に非難されて憎まれても、仏や祖師達の教えに従って修行すれば、真実に自身を助けられるとすれば、他人が非難しても、仏道を修行するべきである。

 また、そのように非難したり、ほめたりする人々は、必ずしも、仏や祖師達の修行に通達している訳ではないし、証し会得している訳ではない。

 仏や祖師達の教えを世俗の善悪によって判断するべきであろうか? いいえ!

 そのため、世俗の人々の感情には、従うなかれ。

 ただ、仏道の教えに従って修行するべき道理であれば、完全に、教えに従って修行するべきなのである。





 第七十五章


 ある僧が、また、次のように、話した。


 私には、老いた母がいます。

 私は、その唯一の子なのです。

 完全に、私の助けによって、処世して生きているのです。

 恩愛も、とても深いです。

 私の親孝行の志も、深いです。

 このため、少々、世俗に従って、他人に従って、他人からの恩や助力によって、母の衣服や食糧にあてています。

 私が、もし、世俗を逃れて、寺から出なければ、母は、一日も存命は困難でしょう。

 そのため、世間にいて、完全に仏道に入門する事は難事なのです。

 もし、なおも、母を捨てて、仏道に入門するべき道理が有るのであれば、その趣旨は、どのような物なのでしょうか?


 道元は、次のように、話した。


 その事は、難事なのである。

 他人が、はからう訳にはいかない。

 ただ、自ら、よくよく、思考して、実に、仏道への志が有れば、どのようにかして支度、便宜的な方法を思案して、御母様の安堵と命を活かす手段を支度して、仏道に入れば、両方、共に、善い事なのである。

 切に思う事は、必ず、思いを遂げる事ができるのである。

 強敵や、深く美しい色形や、貴重な宝でも、切に思う心が深ければ、必ず、便宜的な方法が出て来る様子が有るのである。

 これは、天地や、護法善神の目に見えない加護が有って、必ず、成就するのである。


 曹溪山の、中国の第六祖、第三十三祖の慧能は、新州の木こりで、(まき)を売って母を養っていた。

 慧能は、ある日、市場で、客が金剛経を読むのを聴いて、悟りを求める事を思い立って心して、(泣く泣く)母の所を辞して、黄梅山に参った時、十両の金銭を得て、御母様の衣服や食糧にあてた、という記述が見られる。

 「これも、切に思っていたので、天の神が与えたのだなぁ」と思われる。

 よくよく、思考するべきである。

 これには、最もな道理が有るのである。

 御母様の一生が終わるのを待って、その後、障害無く、仏道に入門すれば、次第に、本意のようであるし、神妙なのである。

 けれども、老いや若さは不確かなので分からず、もし、老いた母は長く「この世」に留まって、自分は先に「この世」を去る事が出て来た時に、支度が出来ていなければ、自分は仏道に入門できない事を後悔してしまい、老いた母は、それを許さなかった罪に沈んでしまって、二人、共に、利益が無くて、相互に罪を得てしまった時は、どうするのか?

 もし、今の生を捨てて、仏道に入門すれば、老いた母が、たとえ、餓死しても、唯一の子を許して仏道に入門させた功徳は、真理を会得するための良い縁と成る!

 もっとも、極めて長い時間、多数の生でも、捨て難い恩愛だが、今の生で人の身を受けて仏教に出会った時、捨てれば、真実の、恩に報いる者と成る道理が有るのである。

 仏の心に(かな)う!

 「唯一の子が出家すれば、七代の父母も真理を会得できる」という記述が見られる。

 「なぜ、一生だけの儚い命の身を思って、永劫に安楽の原因を(むな)しく通過してしまうであろうか? いいえ!」と言う道理も有るのである。

 これらをよくよく、自ら、はからうべきである。

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