第20話 報告:討伐完了《十三年目のロミオン》
「こんなの違法だ!」と騒ぐモーリスを、ポーラが鼻で笑った。
黙ったまま笑うポーラの代わりに、レオが優しく告げる。
「あなたは借金をポーラちゃんに一本化して返し、ポーラちゃんは約束通り雇用主としてあなたに仕事を与える。何も違法じゃないのよ」
レオがバサバサと長いまつ毛を揺らして続けた。
「書類をちゃんと読んだかしら? 違法どころか、ポーラちゃんは借金に利子をつけなかったわ。天使様みたいに優しいでしょ?」
「だけど、鉱山なんて! 犯罪奴隷が働かされるところじゃないか! 僕は従業員だぞ、違法だろう!」
「人聞きの悪いことを言わないでほしいね。鉱山で働く人間がみんな犯罪奴隷ばかりだとでも? 犯罪奴隷が一番つらくて死にやすいところで働くのは、それが罰だからさ。あなたには借金を返してもらわなくちゃならないんだから……」
「死んだら損するもんね」
ポーラの言葉を引き継いでティナが言うと、モーリスの肩がビクッと揺れた。
そしてわなわなとペンを持った手が震えだす。
「いや……いいや、待て、確か鉱山へ人を斡旋するのは特別な許可が必要だったはずだ! そうだ! 勝手に人を派遣することはできない! それこそ違法だ!」
「……」
喉の奥から絞り出したような声で言うモーリスへ、ポーラ、レオ、ティナの三人のしらっとした視線が突き刺さる。
「十三年前にあなたが私のお金を盗み、浮気をした原因はあなたいわく〝僕をほっといたから〟だけど、あなた、私がなんのためにリュインを離れていたかも覚えてないんだね」
「は……?」
「鉱山ギルドの採掘許可証をとるために、鉱山で現地講習を受けていたから〝ほっといた〟んだよ」
もちろん最初にポーラから事情を聞いていたティナもレオも、それを知っている。
冷たい目で見下ろすティナと、同じように冷たい視線を送りながらもレオがポーラの言葉に付け足した。
「採掘許可証は、許可証を持つ人間が鉱山で採掘するのを許可するだけじゃなくて、人を派遣して掘らせることも許可するものよ。つまりあなたを鉱山で使うことは、何も違法じゃないの」
「もちろんあなたは私の従業員なんだから、犯罪奴隷が働かされるようなところでは働かさないよ。仕事を選ぶ権利をあげてもいい」
懐からペンを取り出したポーラが、ペン先で書類をパシッとはたきながら言った。
「低ランクの魔物が出て崩落の危険も高いところで魔力石を採掘する仕事と、採掘中に発生する魔力を帯びたガスや水を坑道から抜く作業と、魔力石の選別と粉砕作業……どれでも好きなものを選ばせてあげるよ」
「そ、そんなの……死ねと言っているようなものじゃ……」
「犯罪奴隷のように、中ランクの魔物が出て必ず崩落する場所で働かなくてはいけないわけではないよ。魔力石の選別はまあ、多少魔力爆発の危険はあるけれど、絶対するわけではないし」
モーリスが振られた作業には借金奴隷のなかでも、踏み倒したり債務回収者を殴ったりなどして〝悪質〟と判断された者が担うという。
彼は借金奴隷ではなく従業員だが、名前が違うだけで実質同じだ。借金奴隷の従事する作業に、従業員がついてはいけないという法もない。
「どれがいいというのがないなら、現場監督にはこの三つをローテーションで回るように指示しておくよ」
「ふ、ふざけるな!」
書類に記入しながらポーラが告げると、モーリスはぶるぶる震えながら爆発したように怒鳴った。
「黙って聞いていれば! 犯罪者としてギルドに突き出さないのは、僕を愛しているからだろう? なんでこんなことをするんだ! それとも君は僕が死んでもいいっていうのか⁈」
「――……今思えば付き合った時からあなたは、そういう言葉を使って私の足を引っ張っていたね。僕を愛しているなら、君はこうするべきだって言って私の自由を許さなかった」
モーリスの言葉に、ポーラが泣き笑いのような表情を浮かべて呟いた。
「あなたが制限するから友人たちは離れていったし、祖父母には心配をかけてしまった。お金を盗まれて夢の実現どころか生活すら怪しくなった時に、自分の住む家を担保にしてお金を渡してくれて、人脈を駆使して新しい事業の応援をしてくれたのはその祖父母だったよ」
ポーラの持っていた書類がグシャッと音を立てた。
自分のやり方や言葉を否定されてむっとした顔をするモーリスへ、反論を許さずポーラが言う。
「あなたはそんな祖父母を馬鹿にして、私と祖父母の関係を勝手に卑しいものだと断じて踏みにじった!」
私はそれが一番許せない。と、続けたポーラの声は怒りに満ちていた。
「愛なんてない! 死んでもいいと思っているのかって? そう願われても仕方がないことを、あなたは私にしたんだ!」
きっぱりと愛を否定され、モーリスは呆然とポーラを見た。
憤って強張っていた腕は重力に従ってだらんと落ちる。腕に引っ張られて丸くなったモーリスの肩へを眺めつつ、レオが苦笑する。
「嫌なら今からでもこの雇用契約をなかったことにしてもかまわないのよ。その時は犯罪者としてギルドに突き出すだけだから」
「ちなみにさ、あんたがポーラさんに差し向けた灰かぶりの冒険者は冒険者ギルドに捕まって、元冒険者になったよ」
血の気の引いた頭皮を眺めながら、ティナも少しだけ口を出した。
「灰かぶりの男がもしも犯罪奴隷となった場合は、ポーラさんが引き取って鉱山で働かせることを憲兵に打診してるんだよ。そしたら元冒険者らしく、魔力石を目当てに寄ってくる魔物を駆除する作業に当てることになるだろうって。で、あんたに無茶苦茶怒ってるんだってさ」
灰かぶりの男としては、モーリスの言葉に従ってポーラから金を回収しようとしなければティナに出くわすこともなく、犯罪奴隷に落とされることもなく、もしかしたら逃げおおせていたかもしれないのだ。
だからそのきっかけを作ったモーリスに激怒していると、ポムが言っていた。
「〝起こる可能性がある〟程度の低ランクの魔物の襲撃やガスや爆発より、灰かぶりと一緒に犯罪奴隷として鉱山で作業するほうがやばいんじゃない?」
ティナの言葉に、モーリスの丸くなった肩が震えた。
自分がどこにも逃げ場のない場所へ追い込まれたネズミであることが、今さら身に染みたのかもしれない。
力をなくしたモーリスの手から、ペンが落ちた。
ペンは床に当たって小さな音を立てたあと、コロコロと転がってポーラの足元で止まる。
青ざめて丸まり、震えるモーリスを見て、ポーラがやっぱり泣き笑いの表情でまぶたをこすってから吐き捨てた。
「残念でした!」




