第18話 じゅ・う・さ・ん・ね・ん!
しんと静まった室内で、ポーラが黙ってモーリスを見下ろす。
モーリスは目を見開いたあとに、ポーラの言葉が脳に浸透したのかへらりと頬を持ち上げた。
「何か、誤解しているみたいだね……バシュラール百貨店は、あれは、そう、同僚にはめられてさ。盗んだなんて言いがかりなんだよ。僕はやってないんだ。そんなことをするような男に見えるかい?」
肩をすくめればバトルアックスに首が刺さりそうになるので、かわりにモーリスは両手のひらを胸の前で小さく開いた。
「……あきれたよ。あなたはあれが犯罪だったと思ってないんだね」
ポーラの呟きを聞いて顔面に疑問符を浮かべるモーリス見て、ポーラは紺色の目に怒りと失望を浮かべた。
「十三年前、あなたは私のお金を盗んだ。夢のために貯めてたお金だよ。夢を応援してくれてたはずのあなたがまさかそんなことをするとは思わなくて、私は浮気なんかよりそっちのほうが裏切りだと思ってつらかった」
「はあ? 今さらそれを蒸し返すのか! あれのおかげで君は奮起できたんだし、成功したんだろう。よかったじゃないか。それにあれは罰だと言っただろう。君が僕を放り出して……」
「あなたの理屈だとそうなのかもしれないけれど、それってどこの法廷に出しても通用しないのよねえ」
少し開いたドアの向こうからそう声がして、手に持った書類をひらひらしながらレオが室内に入ってきた。
「な、誰だ?」
色彩と魔力の圧に思わず膝立ちのまま後ずさろうとしたモーリスの動きを、そのふくらはぎに置いた足に力を入れることでティナが止める。
「今のあんたに動く自由はないよ」
ティナがぽそっと上から警告すると、モーリスは背中に板を入れたようにびしっと動かなくなった。
「この人は私の弁護士だよ」
ポーラがレオを紹介すると、レオは固まるモーリスへひらりと手のひらを振った。
それを胡散臭そうに見るモーリスの前でレオがしゃがみ、穏やかに話しかける。
「一応確認するけれど、十三年前にポーラちゃんのお金を盗んだことを認めて、謝罪をする気はないかしら?」
「盗んだなんて人聞きの悪いことを言うな! ポーラのために思ってしたことなのに、どうしてそんなふうに言われなくちゃならないんだ。というか、君は本当に弁護士か? ……そのなりで?」
憤った一瞬後に不審者を見るような目でレオを眺め、モーリスが眉をひそめた。
それに対して怒るでもなく、レオは収納の魔道具から弁護士の証明である金のバッジを取り出してモーリスにかざしつつ続けた。
「弁護士に対して嘘を言えば不利になることはわかるかしら? 私のことを信じなくてもいいけれど、発言は慎重にしたほうがいいと忠告はしておくわね」
真っ赤な唇を弓の形につり上げて笑ったレオは、ヒールを鳴らして立ち上がる。
その横に立って、ポーラが口を開いた。
「十三年前に盗った私のお金を、全額返してちょうだい。それができないなら訴えるわ。損害賠償も請求する」
「っはは、まったく。……いいか」
ポーラのキッパリとした口ぶりに、意外にもモーリスは眉をひそめたまま笑った。
「僕は盗んだつもりはないが、もしも、仮に、そうだったとして……十三年も前だぞ? もうとっくに時効だよ。そんなことも知らないなんて、そいつは本当に弁護士かな? 無知な君たちに教えてあげるよ、窃盗の時効は七年だ。今さら刑事罰を科すことはできないんだよ!」
得意げなモーリスはポーラの主張を退けたと思っているのだろう。鼻が天を向いた。
だがもちろんポーラもレオも、モーリスのその程度の反論は想定内だ。
「刑事上の時効が成立していても、民事上の責任は別よ。不法に引き出されたお金の返還を求めることは十分に可能なの」
「ハッ! 民事だって三年だろう!」
「そうね。少し前まで被害者が損害と加害者を知った時から三年が民事の時効だったけれど、最近は貴族から平民への横暴が横行したせいで十年に延びたわね」
「君たちは計算もできないのか? 問題にしているのは十三年前だ。じゅ・う・さ・ん・ね・ん!」
ティナは動きを止めるために踏んでいるふくらはぎをこのまま潰してやろうかと思うくらい、得意げに鼻の穴を広げたモーリスに腹が立った。
けれどレオから書類を受け取ったポーラが、モーリスの前へつかつかと歩き出したのでグッと我慢する。
モーリスをここへ連れてくる時にも、ティナよりももっと長く我慢してきたポーラのために我慢したのだ。
もう少しくらい我慢できる。できるとも。
「無知なあなたに教えてあげようね。私たちの場合は、商業ギルドに所属するギルド員が、他ギルドのギルド員からお金を盗んだ窃盗事件。これはギルド間の協定法が適用される事案だってこと」
「はあ? 他ギルド? 確かに僕は商業ギルドのギルド員だが、君だってそうだろう? 僕が盗んだと君が主張する金は、商業ギルドの口座のものだったじゃないか」
「忘れたのかい? 私は鉱山ギルドの人間でもあるんだよ」
ポーラが首にかけた鉱山ギルドのギルド証をみせても、モーリスはわざと大げさにフンと鼻から息を吐き出してみせた。
「君は本当に時間の計算ができないんだな。まあ見かけ通りネズミみたいな頭しかない君ならこれくらいが限界かな? 十三年前のあの時にはまだ鉱山ギルドのギルド員じゃなかった。君が僕の元から去ってからなったんだろ? ということはね、ギルド間の協定法は適用されないんだよ!」
だからねぇ、つまり……と、モーリスはポーラに向かって舌をベロンと突き出して笑った。
「ざあぁんねえぇぇぇぇえんでしたああぁぁ!」




