第16話 いざ
ポーラが目に涙をため、息を詰まらせながら笑っている。
あまりにひどい内容の手紙に精神の限界がきてしまったのかと、ティナは心配になって顔を覗きこんだ。それに気がついたポーラが、ふー……っと長いため息を吐いてから首を振った。
「あまりの身勝手さに逆に清々しさを感じてしまって。これはもう、新しいジャンルの読み物として世に発表してもいいんじゃないかって」
目尻に滲んだ涙を拭って、ポーラがメモ用紙をポイッと宙に放った。
「ありがとうティナさん。あなたのおかげでこんなにひどい手紙も笑って捨てられるようになったわ。哺乳瓶を見ても気持ち悪さに吐き気はするけど、同時に〝哺乳瓶に込められたメッセージは何か〟なんてことを私が考えてあげる義理はないって思えた」
ティナの両手をぎゅっと握って、ポーラが微笑んだ。
十三日間という時間制限を設けたモーリスに付き合う義理がないこととと同様に、今まで送られてきた手紙や、モーリスいわくの〝プレゼント〟に対して、どんな意味が込められているのかを推測しなければならない義理はない。
それをして得られるのは手紙やプレゼントから滲み出るモーリスの傲慢さへの恐怖と、吐き気。
意図を理解しようとして考え込むことによって浪費してしまった時間への虚しさだけだ。
「貧乏草のブーケのことを知った時、ティナさんが〝喜ばれない花がかわいそう〟だって言ったわよね。私はその時に、それでいいんだってハッとしたの。〝花がかわいそう〟でいいんだ、花を贈ってきたモーリスのことは考えなくてもいいんだって。ましてその意味なんか考える必要はないんだって」
人がものを贈る時、そこには贈り手の感情や意識が含まれる。
けれど察しろとばかりに意図を押し付けてきたとしても、それをどう受け取るかは受け取り手次第だ。
ものを受け取って自分がどう感じたのかのほうがはるかに重要である。
手紙もプレゼントも、こちらが意味を決めていいのだ。
そう思えるようになったとポーラは言った。
「昨日も言ったけれど、ティナさんのおかげでモーリスがおかしいんだってちゃんと気づけた。あなたが怒って、守ってくれたからね。だから今はこの手紙を読んでもただただ、〝あの人って本当に、芯から馬鹿だったんだなあ〟としか思えなくなったよ」
それに……と、ポーラは紺色の目を細めて続けた。
「私の足を引っ張るために〝そこまで乞われてるなら一緒になったらどうか〟って言ったギルドの連中へ、ティナさんが〝殴ってやったか?〟って聞いたでしょう? 私流に〝商売と魔力石の流通で殴る〟と答えたけれど、その時に思ったわ」
ティナの手を握るポーラの手の力は強くて、手のひらは乾いていた。
手から伝わる体温は冷たくもなく、熱くもない。つまりポーラはとても冷静だった。
「モーリスにも、私流のやり方で返事をすればいいんだってね」
ポーラはパッとティナの手を放した。そして机の上に着地したメモを拾って興味深げに読み始めたレオへ向かって言った。
「モーリスと会うの時に、レオちゃんも一緒にいてほしい。もちろん冒険者ギルドを通してきちんと依頼するわ。――……案があるの」
微笑むポーラの表情は落ち着いていて、護衛依頼を受けた直後に浮かんでいた恐怖心などどこを探しても見当たらない。
それがポーラの言う通り、依頼人の心も守ることができた結果だとすれば、冒険者としてとても光栄だとティナは思った。




