第14話 調査報告で浮かんだもの
「住所不定無職?」
ポーラが唖然として呟いたのを聞き、ティナは横からポーラの持つ書類を覗き見た。
確かに報告書の『住所』の欄には『不定』とある。その下に詳細が書かれていて、どうやら半年ほど前からモーリスには決まった家がないようだった。
そしてその少し前に、バシュラール百貨店を解雇されている。
「それまで住んでいた家はモーリスの恋人、ロジーヌって女性が契約してたアパートだったんだけど、浮気やギャンブルや借金の肩代わりで相手が耐えられなくなったみたいねえ。女性は夜逃げ同然で逃げ出して、モーリスはお家賃が払えなくって追い出されたそうよ」
「この女性の名前……ロジーヌって、私とモーリスが別れるきっかけになった浮気相手の女性だね」
「へー、意外! 一応そのあと付き合ってはいたんだ」
ティナの言葉に、ポーラは複雑な顔をして視線を下げた。
「だけど私にしていたことと同じことを、あの人はロジーヌって女性に繰り返していたのね」
そう言ってポーラは報告書に記載された『無職』の文字を指でなぞり、ため息を吐く。
「あの指名手配犯が言っていたことも本当だったんだね……。それも意外だったわ。バシュラール百貨店に勤めていることが自慢だった人なのに」
「えーっと、なになに? 〝勤め先の商品を盗んで転売していたのが見つかった〟って……そりゃ解雇されるよ。てかよく解雇だけですんだね? あたしの実家の肉屋なら解雇したあとぼっこぼこにして憲兵に突き出すけど」
「それはほらあ、老舗百貨店だもの。従業員に犯罪者がいたなんて広まったらお客様が逃げちゃうわよ。顧客には貴族も多いし、彼らは完璧を求めるから」
レオの言葉になるほどとうなずいて、ティナは報告書の先を読んだ。
「あ、退職金とかはさすがになかったんだ」
「それは当然よねえ。むしろ賠償金を払う立場よ。灰かぶりや百貨店の雇った債務回収者から逃げ回るために、アパートを追い出されてからは宿を転々としているわよ」
報告書によれば、百貨店側はモーリスが灰かぶりの男たちから借金しているってことを把握していた。
灰かぶりたちと揉める可能性を懸念したのか、それほど熱心に債務回収にあたった形跡はない。
賠償金といっても老舗百貨店としては微々たるもので、あまり追いつめ過ぎるとモーリスがさらなる犯罪行為に走るかもしれないとも考えたらしい。
元従業員が重罪を犯すという不名誉な事件から生じるマイナスを考えると、賠償金の未払いのほうがはるかにましだろう。
しかし相手が熱心ではないとはいっても賠償金の支払い義務がなくなるというわけではないので、同棲相手が逃げ出すまではたびたび債務回収者がアパートへ取り立てにきていたらしい。
ロジーヌが逃げ、家賃を払えなくなったモーリスは大家から部屋を追い出された。
大家は部屋にあった金目のものを回収し、未払いだった家賃にあてた。いくばくかの足しにはなったようだ。
そして職と財産と住む場所を失ったモーリスは、灰かぶりの男たちからも金を返せと責め立てられた末に、最低限の荷物だけを持って逃亡生活を続けているという。
モーリスにとっては人生のどん底だ。
その状況を打開する起死回生の一手が、夢の実現を成功させた元恋人ポーラだったのだろう。
「ギャンブルのせいで住む場所もお金もなくなって、逃亡中か」
そこまで読んで、ティナはふと恐ろしい事実に気がついた。
「え? だっていうのに、モーリスはその最低限の荷物の中に、十三年前の元カノのパンツを選んで持ってたってこと……?」
さらには金に困っているどころではないモーリスが、小綺麗な便箋と封筒を用意して手紙を送ってきたことにも、ポーラへの執着心を感じる。
ティナの呟きが耳に届いた瞬間、ポーラは限界まで煮詰めた青汁を飲んだような顔をしたし、レオは真っ赤なルージュを引いた唇をぐしゃりと歪ませた。
あまりにも気持ちが悪いと、ティナは思った。
たぶん他の二人もそう思ったのだろう。
黙ってしまったティナとポーラの二人へ、長いまつ毛をバサバサと震わせたレオが「そういえばもうひとつ報告があったんだったわ」と申し訳なさそうな声で言った。
「依頼は所在調査だったからさっきまでモーリスの行動確認をしてたのだけど、その途中でモーリスがポーラちゃんのおうちに寄っててね……」
レオがネックレス型の収納の魔道具から汚れた手紙を取り出しながら言った。
「結界石で阻まれて手紙とコレを玄関に届けられなくって、キイキイ怒鳴って荒れてたわあ。……あの、一応……渡しておくわね」
レオが手紙と一緒に机の上に置いたのは、白い液体が入った哺乳瓶だった。




