第9話 監視と寄生
その言葉を聞いた瞬間、ティナの頭は怒りで沸騰した。
「お前……ッ!」
ティナがバトルアックスを首元に突きつけると、威圧スキルのせいで身動きが取れない男が引きつった顔で灰色の目をそらす。
「落ち着けよ! 俺が言ったんじゃねえ、モーリスの野郎がそう言ったんだ!」
男は大慌てで怒鳴ってから、バトルアックスの刃先が喉を切り裂く前にと早口で今日ここに来た事情を話し出した。
「あいつは別れてからずっとあんたのことを見張ってたっつってたぜ。あんたが店を持ったことも、ジジイが死んだことも知ってたし」
ポーラがぞっとした顔で後ずさりした。
十三年もの長い間、自分の生活や祖父母の生死まで別れた恋人に監視し続けられていたのだから、その恐怖は察するに余りある。
灰かぶりの男が余計な動きをしないように緩く威圧スキルをかけながら、ティナは首を傾げた。
「なんで別れた恋人の動向なんか探るんだろう?」
ティナの場合でいえば、元夫であるステファンのことをずっと見張っているようなものだ。
確かに元義実家であるモルレンデ家が没落したと知った時は元嫁たち三人で祝杯を挙げたけれど、だからといって元義実家の情報を積極的に集めていたからその話を耳にしたわけではない。噂で聞いて知ったのだ。
離婚直後から元夫たちがどこで何をしてようが、ティナとリラは全く興味がなかった。
元夫であるブルーノが神殿の収容施設にいるフェリシアは、子どもがいるということもあっていつ出所するかを気にしている。
けれどそれは自分たちの平穏を脅かされないようにする自衛のためであって、それさえなければブルーノ自身のことなどどうでもいいと思っていると、フェリシアはリラの買ってきた高いワインを飲みながら言っていた。
たとえば妊婦の髪を切って健康の加護を大幅に減らしたことを反省しているかどうかとか、男と話しただけで浮気と決めつけるその価値観をあらためたかどうかとか。
そういうブルーノ自身の個人的なことに対しては、いっさい気にならないと。
彼が価値観の見直しをしたからといって、よりを戻すことなどない。
ティナだって、今さら元夫ステファンに愛情が戻ることなどない。
リラもそうだ。今さらジェロームがしおらしく謝罪をしてきたところで、それまでの行いを許すことなどないだろう。
だからティナたちは、元夫たちが今どこで何をしているのかなんてことを気にしたことはなかった。
「そんなの金のためだろ」
ティナの疑問に答えたのは灰かぶりの男だった。そしてティナの少し後ろのほうで、ポーラが大きくうなずく気配がした。
いつの間にかこちらへ近づいていたポーラを注意しようと振り返れば、ポーラの紺色の目が眩しそうにティナを見ていた。
「モーリスはとっくに百貨店をクビになってるぜ。一応それまでは、あんたのことはプライドが邪魔してたのか悪口しか聞いたことがなかったな。〝僕にさんざん寄生したあげく、その恋人を裏切って金儲けに走ったクソ女〟ってよ!」
「は?」
「いやだから、モーリスがそう言ってたんだって! あいつにとっちゃ別れた女が金持ちになったのが妬ましかったんだろ! クソみてえなプライドこじらせたんだよ!」
首筋にバトルアックスを押し付けると、プツッという感触とともに薄い皮が破れて血が流れた。
冒険者としては騒ぐほどでもない怪我に、けれど灰かぶりの男は青ざめて怒鳴り、言い訳を口にする。
「あいつが仕事をクビになった直後に俺の相棒も捕まって、俺も早く逃げなきゃいけねえつってあいつに結構な追い込みかけたらそう言ったんだ! 別れた女は酷い女だったけど、商才はあった。自分が応援の意味を込めて厳しく当たったから成功したんだって」
あいつはそういうひでぇ女だから、今度出す二店舗目も寄生が成功した証だろうってよ。と、灰かぶりの男はティナではなくポーラのほうを向いて続けた。
「ジジイとババアが死んで二店舗目ってことは、自分の時と同じようにあの女は二人の遺産目当てで世話してたんだろって笑ってたぜ」
「……それを、モーリスが言っていたの?」
ポーラが悄然と肩を落とし、泣いた。




