第8話 灰かぶりの指名手配犯
ビクッと肩を揺らして縮こまった灰色の男は、少し前に一般人を恐喝して金銭を巻き上げていた冒険者二人組のうち、逃走したほうの男である。
憲兵より先に確保して罰してから引き渡すために、冒険者ギルドが血眼になって探している指名手配犯だ。
〝冒険者及び冒険者ギルドのイメージ回復〟と〝地域住民との交流〟のため、ギルド長の頼みでティナが『Aクラス冒険者による女性のための護身術講座』の教師をすることになった原因でもある。
「そういえば〝冒険者による恐喝事件〟って、少し前に鉱山ギルドで話題になっていたね。冒険者ギルドの指名手配ってかなり厳しいから、逃げるなら鉱山みたいなリュインから離れた土地を狙うかもしれないし、輸送時は気をつけろって」
「そうそう、それ。そいつです」
ダンジョンに逃げるような根性があるとは思えないが、一応迷宮に潜る時には気にかけてくれと、ギルド長から手配書を押し付けられていたのを思い出す。
収納の魔道具から似顔絵が描かれた紙を取り出し、逃走のために足に何らかのスキルをかけた男と交互に比べた。ティナの背後でポーラもまじまじと似顔絵と男の顔を見比べている。
「威圧!」
『Aクラス冒険者による女性のための護身術講座』のおかげで〝威圧〟スキルの微妙な調整に磨きがかかったティナにかかれば、相手の意識を保たせたまま足を地面に縫い付けることくらい容易い。
「ふざけんな! なんでただの魔道具屋がAランク冒険者を護衛にしてんだよ!」
ティナがバトルアックスを構えたままビタッと足を止めた男の元へ行くと、男は目を見開いて大量に汗をかきながら怒鳴った。抵抗しようとして全身に力を入れているせいか、首筋や額に血管が浮いている。
だがティナの威圧がその程度の抵抗で解けるわけがない。
ティナの後ろからついてきたポーラが、その男の顔をじっくりと眺めながら言った。
「どうしてうちに? モーリスとの関係は?」
ポーラにとってこの灰色の男は冒険者ギルドから追われている男というよりも、モーリスとなんらかの関係がある男である。
ティナの威圧が効いているうちに詳しく話を聞くことにしたようだ。
商業ギルドと鉱山ギルドで高い役職に就くポーラの声は、さすが有無を言わせぬ迫力を持っていた。そのうえティナがバトルアックスで促すと、男は素直に口を開いた。
「……モーリスには、俺と捕まった相棒が賭博場で金を貸してやった。逃走資金を回収するために少し強めに金を返せといったら、あいつは〝オリーヴの森の店主は自分の女で、自分が出資して店を持たせてやっている。いわば自分がオーナーだ。だからそこから返してもらえ〟と」
「なにそれ。ギャンブルで借金まみれな男にお金貸して、回収できると思ったの? そんでなんでそんな甲斐性無しの言うこと信じたわけ?」
どう考えても踏み倒されて終わりの気がするけど? と首を傾げるティナへ、男は馬鹿にしたように笑った。
「正規の金貸しが〝貸すだけ無駄〟って捨てた野郎でも、こうして金に繋がる知り合いがいる。俺たちはそれで飯食ってんだ」
「いやそんなところにプライド持たれても。冒険者ならダンジョンか魔物相手に力を誇示しなよ。だから指名手配書の備考欄に『ダサい男』って書かれるんだよ」
『備考欄』をよく見えるように手配書を男の目の前に持ってきて突きつける。
男はショックを受けたのか、笑みを消して唇を噛んだ。
「モーリスの手紙や、おかしな〝プレゼント〟を届けていたのはあなた?」
ギルドの印がない〝プレゼント〟は、モーリス本人か彼に頼まれた誰かが直接玄関に置いたものである。
ポーラの問いかけに、男はわずかに眉をひそめた。
「つまり、パンツやブリーフを握りしめてここまで持ってきたのはあんたかって聞いてるの」
「は? パンツ? ブリーフ? 何を言ってるんだ?」
言い直したティナの言葉に、男はわけがわからないといった声を上げた。
「あー……これ本気でわかってないね」
「ということは、パンツを届けてたのはモーリス本人ってこと?」
ポーラの表情には、第三者が自分の下着に触れた可能性が薄まったことへの安堵と、それはそれとして自分の元恋人の異常さがさらに際立ったことへの気持ち悪さという二重の感情が見て取れた。
そしてそんな男を好きだった自分への失望も。
ティナにもよくわかる感情だった。
「あなたがモーリスの言うことを聞いてうちに来たのは、今日が初めて?」
その静かで暗い表情のまま、ポーラが顎に指を当てて首を傾げた。
ポーラの問いかけに、灰かぶりの男がうなずく。その前の〝パンツとブリーフ〟の意味がわからないことを、なんとなく引きずったような顔だ。
「そう。たぶんあなたの相棒とやらが冒険者ギルドに捕まって、自分自身も指名手配をされたから焦ってお金を回収したかったんだということはわかるんだけど……。でもあの男のことだから、その前からあなたに借金をしていたはずだろう?」
男の肯定に、ポーラが疑問を口にする。
「あなたみたいな金貸しは、債務者の口から金を持っていそうな人間の名前が出たら容赦なく金を毟りにくるはずだよ。モーリスの話が事実かなんて関係なくね。実際そういうやからにひどい目にあって商業ギルドに泣きついてくる者たちも多いから」
ポーラが語った十三年前の様子からみて、モーリスは賭け事は好きだが強くはないのだろう。老舗百貨店勤めという収入があっても常に金に困っていただろうことは想像に難くない。
さっき〝正規の金貸しが見捨てた〟と男は言っていたし、モーリスが違法な金貸したちから金を借りていたとしたらすぐに借金地獄に陥っただろう。
「なんでうちに来たのが今だったんだい?」
ポーラの指摘に、灰かぶりの男はフンと鼻を鳴らして言った。
「ババアが死んで遺産が入った今が一番金があるはずだから、狙い目だってよ」




