第6話 ポーラ
さて、手紙である。
リビングに移動したティナとポーラは、二人してチラシの上に置いた手紙を見下ろした。もちろんチラシはテーブルではなく床に敷いてある。
二人から漏れ出るうなり声は重低音だ。
安全のために敷地内へ結界の魔道具〝結界石〟を置いたあとにティナが回収した手紙は、ティナもポーラもできれば読まずに捨てたかった。というかむしろ燃やしたかった。
しかし護衛のためには相手が何を考え、訴えているのか確認したほうがいい。
ちなみにブリーフはティナが木の棒で引っ掛けて袋に入れ、汚物回収用の収納の魔道具へ入れて保管した。さすがは魔道具屋である、魔道具の使い方が贅沢だ。
こちらも二人とも心持ちとしては焼却処分したかったが、モーリスから〝つきまとい〟や〝いやがらせ〟をされたことを憲兵へ訴えるために証拠となるかもしれないので仕方がない。
手紙のほうも同様の理由で読んだら保管する予定である。
「あたしが読みますね……」
護衛として精神汚染から依頼人を守るため、ティナは覚悟を決めた。
『拝啓 可愛い僕の小ネズミちゃん』から始まった手紙は、読み進めるうちにティナの胃のむかつきを激しくさせる。
今回は便箋一枚におさまっていたが、内容は前回とあまり変わらない。
いかに自分がポーラのことを愛しているか。それなのに別れることになった悲劇の恋人。
かわいそうな僕。
愛のアガペーとエロスな僕……。
ティナも、それからティナの手元を横から覗き込んでため息をついたポーラも、その程度ではもはや動じなくなっている。
代わり映えのない手紙のなかで異常さが際立っていたのは、〝プレゼント〟についてだった。
いわく、最初の手紙につけた花束は〝愛の印とプロポーズ〟で、二日目のポーラの下着は〝思い出〟であり、今日のモーリスの下着は〝子どもを作ろう〟という究極の愛の宣言だとか。
『君が叶えた夢を引き継ぐものが必要だろう……?
もしも君が愛の結晶を受け止められない身体なら、僕が選んだハニーに産ませてやろう……。
僕の子を愛するきかいをあたえてあげる……嗚呼……君ならこの祝福の金を鳴らしてくれると信じてる……。
なぜなら僕は悲劇のロミオン、君は愛あふれる愛のジュリエンタ……。
わかるだろう、おお……ジュリエンタジュリエンタ……どうしてあなたは愛を捨てたの……?』
「なんという堂々たるクズ発言だろうねえ」
怒る気すら失せた顔をしたポーラの呟きに、ティナはため息で同意した。
愛があふれているのか、捨てたのか。どっちなのか。
あと〝おお、どうしてあなたは~……〟は劇中ではジュリエンタのセリフである。
オーガの歩幅で百億歩譲ってポーラにまだモーリスへの愛情が残っていたとして、なぜそれで他の女性との子どもを育てることに同意すると思っているのか。
愛云々を抜きにしても、店を継がせる気は起きないだろう。
「あの、この悲劇のロミオンは付き合ってた時からこんな感じなんです?」
とんでもないモラハラ実家を持つ男の顔面の良さに惚れてうっかり結婚してしまった過去があるティナは、手紙から全身を掻きむしりたくなるような羞恥を感じて首を傾げた。
「うーん……まあ、私の目が曇っていたってのもあるんだろうけど、ここまで酷くはなかったと思うわ」
でもどうだろう? と、手紙を収納の魔道具に入れるティナを見ながらポーラが続ける。
「モーリスを一度だけこの家に招待したことがあるって言ったでしょう?」
冒険者ギルドでポーラがそう言っていたことを思い出し、ティナはうなずいた。
「私、母子家庭でね。父親は私が生まれてすぐ亡くなって、母親はクズで……。母親の元を飛び出した十五の頃から代わりにしばらく面倒を見てくれてたのが、この家の持ち主だった父方の祖父母だったの。一人暮らしを始めてモーリスと付き合ってしばらくして、この家で祖父母にモーリスを紹介したことがあったんだけど……」
ポーラの紺色の瞳がリビングの祭壇を見た。
柔らかな日差しの中でちょこんと二つ並んだルビーのペアリングは、彼女の祖父母のものだろう。
「そういえば、紹介したあとからずっと二人は私の体調を心配していたわ……。ご飯を差し入れてくれたりとか、なんでもないのにふらっと顔を見に来てくれたりとか……忘れていたね……」
愛、ラブ、エロスとうるさいくらい自分から愛を叫ぶ誰かの手紙に比べて、指輪を見るポーラの優しい眼差しのほうにこそ、ティナは愛を感じた。
持ち主だった祖父母が動きやすいようにと、あちこちに工夫の跡が残っている家にも。
たとえば、手すり。たとえば段差のない床や各部屋を繋ぐ引き戸。
それだけじゃなくて、ダイニングの机の上に置かれた薬のケース。仕切りのそれぞれに曜日と『朝・昼・晩・寝る前』と書かれた大きな文字は、ギルドで依頼書にサインをした時のポーラの右肩上がりの癖字によく似ていた。
「祖父は一年前に、祖母は三ヶ月前に亡くなったのだけど、真面目な人たちでねえ。祖父はこの先にある魔道具工房でランプを作ってた職人で、だからかズレとか筋が通らないこととか、そういうのに厳しい人だった。それを支えてた祖母も、お礼や謝罪をちゃんと言うようにクズな母親の代わりに躾けてくれて……」
手紙を収納した魔道具をキャビネットにしまいながら、ポーラが苦笑した。
「そんな真面目な二人が、モーリスに会わせたあとからずっと私の心配をしていたってことは、きっと節穴だった私には見えてなかったモーリスの気持ち悪さに気づいていたんだろうね」
案の定、最悪の形で別れることになってしまったし。と、肩をすくめたポーラへ、ティナは首を傾げた。
「そういえば、盗られたお金はどうしたんです? 返ってきました?」
「まさか!」
リビングのソファに座ったポーラが、ローテーブルを拳で打った。
木製の天板から、重い音が響く。
「私は何がなんでも取り返そうと思ったけどね、でも祖母が、〝そのお金のおかげで悪縁を切ったと思いなさい〟って。当時は弁護士費用もなかったし」
別れた日にモーリスへ宣言したように彼の勤め先へ言ってやろうかと思ったけれど、「そんな男とずるずる関わり続けるほうが損だ」とおじいさんにも言われたのだそうだ。
「その時はもちろん、今の今までそれだけは納得できてなかったけど、今回のことで二人は正しかったってわかったよ。金を取り返そうとしてこういう気持ち悪い手紙をよこすような男とやり取りしてたら、心を病んで夢の達成なんて無理だったと思う」
「ああ、なるほど」
ポーラの祖父母はモーリスの本性を見抜いていたのだろう。お金はあきらめろと理不尽なことを言ったけれど、それは愛する孫娘の心を守るためだった。
そして落ち込むポーラのために、この家を担保に借りたお金を渡してくれたという。
夢の資金を自分勝手な理由で奪っていく男の言う〝愛〟とポーラの祖父母の〝愛〟との落差に、ティナはしんみりと鼻をすすった。
「もう背水の陣だよね。自分が情けなくってさ。それでいったん夢はおいといて、二人に家を返すために新しい商売を始めたんだよ」
それが魔道具の一般化とそれに伴う魔力石の新しい流通を握ることだった。
普段は王侯貴族のためや軍事目的の魔道具を作る職人たちへ、その閑散期に庶民向けの魔道具を作るよう呼びかけ、その程度に合わせた魔力石を流通させる。
魔道具職人の祖父や、それを支えて商業ギルドに通っていた祖母の応援もあり、ポーラはその流れをしっかりと握った。
今やこの迷宮都市リュインの一般庶民の生活水準は、他に比べてはるかに高い。
ティナが元夫のモルレンデ家で元義母から嫁の仕事と命じられた水汲みは、少し裕福な家では水生成の魔道具が代わりを担っている。
ティナが今住んでいる家で女三人と幼女一人だけで暮らせるのも、結界石という魔道具が一般に普及しているからだ。
それまで結界石や収納の魔道具などは、貴族が特別に作らせるか、ダンジョンの宝箱などで偶然獲得できるものしか出回っていなかった。
「え、じゃあめっちゃ儲かってるのでは……」
「そう。商業ギルドでも鉱山ギルドでも、私、こう見えてけっこうな役職持ちよ?」
大げさに胸を張ってウィンクをして見せるポーラがかわいくて、ティナは思わず笑ってしまった。
記憶にこびりついていた白ブリーフの黄ばみが少し薄れた気がした。
「つい最近祖父が勤めていた工房も買い取ったの。二店舗目はランプ専門店っていう、本当に夢のためだけの店にするつもり! たぶんあまり儲からないわね!」
辺りに漂うユリの花の香りをすんと嗅いで、ポーラが微笑んだ。
「夢の実現に間に合わなかったのは残念だけど、この家と買い取った裏の家を改装して〝オリーヴの森〟の開店と順調な営業を見てもらえたから、まあまあ祖父母孝行したと思うわ」
しみじみと言うポーラへティナがうなずこうとした瞬間、外の敷地に設置した結界石の警戒音が響いた。




