第5話 黄ばんだ白と、静かな白
護衛依頼の手続きを終え、ティナはリラたち同居人への連絡をポムに頼んで冒険者ギルドを出た。
ポーラの自宅は〝オリーヴの森〟と兼用だ。〝オリーヴの森〟は店舗の規模としてはさほどの大きさはない。とはいえ二階建ての店としては小さくとも、それを自宅としてみれば敷地は大きい。
少し先のブロックには、ポーラが責任者として経営している魔道具工房もある。
苔の生えた塀伝いに歩いていくと、鉄でできた小さな門が見えた。
オリーブの木を模した鉄の門が半開きになっている。
青ざめるポーラを背後に庇い、ティナは気配感知のスキルを発動させた。
店舗兼住宅の建物の中には店のほうで働く店員以外に気配はなく、建物と塀の間にある空間や、小さめの庭にも人の気配はない。
危機感を刺激するような危険物の気配もなく、少なくとも侵入者はいないようだ。
ティナは警戒レベルを一段下げ、ポーラについてくるよう促して門をゆっくりと開け……玄関ドアと門の間のポーチにちょこんと置いてある、ピンクの小花柄の手紙を発見した。
そしてその横に添えてあった、白ブリーフを。
◇
もう一度辺りを警戒し、やはり気配はないことを確認したティナは敷地内に入って門を閉めた。
そしてポーラと二人でブリーフを見下ろし、二人同時にため息をつく。
「たぶん、モーリスのものだと思うわ……」
ティナが家の敷地内で拾った長い木の棒でブリーフをつつくと、ゴムの部分にハートの刺繍がしてあるのを確認したポーラが言った。
「私が十三年前に刺繍したものだと思う。私は手芸が下手くそでね、いつもハートの右側だけ歪んでしまって……」
くたびれてよれたパンツのゴムに刺繍されたハートは、ポーラが言う通りハートの右側だけ歪んでいる。
「信じられない」
呟くその声には恐怖が大きく含まれていて、ポーラの顔は感情の起伏のないのっぺりした表情になっていた。彼女の心中は察するに余りある。
自分の下着が玄関前に置いてあることと、元恋人の下着が置いてあること――どちらが衝撃かは甲乙つけがたいが、異常であることは間違いない。
ブリーフの股間部分が黄ばんでいるのはさておき、そのハートの刺繍部分が黄色くカピカピしているのはなぜなのか。
「手紙には触んないでください。先に安全を確保したいんで」
見た目通りブリーフ以外の何ものでもない使用済み下着はともかく、封がしてある手紙のほうは中に何が入っているかわからない。
敵意は感じられないが、相手が相手なだけに用心はしたほうがいい。
「いったんそれは放置して、一緒に中へ入ります。玄関に入ったらドアに鍵をかけて待機しててください。その間にあたしが家の中をチェックするんで、外からなんかリアクションがあっても無視してください。知り合いの声でも無視、絶対鍵を開けないで」
「わ、わかったわ」
ティナの指示にポーラがうなずくのを確認すると、あらかじめポーラから借りていた家の鍵を使ってドアを開け、中に入る。
指示通りに鍵をかけ、気休め程度に傘立てに置いてあった傘を握りしめたポーラへ安心させるように微笑んでから、ティナは素早く家の中を見て回った。
キッチンやダイニングはもちろん、トイレや収納のひとつひとつを開いて確認する。
気配的にはあり得ないのだが、念には念を入れて誰かが……というか、パンツ野郎モーリスが潜んでいないことを確認する。と同時に、ドアに何かを仕掛けられていないかどうかの確認だ。
「店舗に繋がるドア、廊下……異常なし。トイレ異常なし……ポーラさんの部屋かな? 異常なし……キッチン、床下収納異常なし……」
確認していくにつれ、トイレや廊下などそれぞれの場所に合わせてつけられた手すりや、キッチンに置かれた柄の長いスプーンやブレンダー、特注らしい背の低いベッド、その上に丁寧にたたんで置かれた前開きの肌着や肩掛けや、成人サイズの布おむつ……そういうものに目がいった。
そしてリビングには棚の上に愛の守護天使の小さな像と、ユリの花が飾ってあった。家庭によくある一般的な祭壇だ。
天使の前にはルビーのついた結婚指輪が二つ。
窓から差す日向の光に照らされて、寄り添うように置いてある。
「……」
依頼では〝護衛対象は一人〟と聞いていたティナは、家の中の誰かのいた痕跡と、だけど物音ひとつせずしんと静まった中に香るユリの匂いに立ち止まり、少しだけ目を伏せた。
そしてすっと息を吸い、「安全確保!」とちょっと大きめの声を出しつつ玄関へ向かう。
玄関ポーチに置かれた白ブリーフの汚さだけに集中しようと思った。




