第3話 拝啓、僕の愛しい黄金の月のような君……はあ?
「こちらはぁ、ポーラさんですぅ」
「はじめまして」
何やら受付カウンターの奥からとんでもない言葉が聞こえてきた気がするが、ポーラを紹介するポムの顔はいつも通りの笑顔だった。
紹介されているポーラもにこやかな顔で右手を差し出してきたので、ティナはその手を恐る恐る取りながらぺこっと頭を下げた。
「は、はじめまして……?」
とまどうティナへ微笑みを返すポーラは、紺色の切れ長の目をした年上の女性だ。オリーブ色の髪をシニヨンに結い、フォーマルで泰然自若としていて、目尻には優しげな笑い皺が見える。
頭の位置は156cmのティナと同程度の背丈であるポムと変わらず、ポーラも小柄なのだとわかった。
しかし心なしか二人の背景がどんよりして見えるのは、先ほど十代のキラキラした笑顔を見たばかりだからだろうか。
「ポーラさんはぁ、魔道具店〝オリーヴの森〟のオーナーさんですぅ」
「え! あの調理用魔道具の⁈ フェリさんが……うちの同居人がお店のファンです!」
ポムの紹介に、ティナは離しかけたポーラの手を握り直して頭を下げた。
〝オリーヴの森〟は、調理用魔道具や裁縫用の魔道具を庶民向けに販売する魔道具専門店だ。
本来なら高価な魔道具を少し頑張れば手が届く範囲のお値段で提供してくれる〝オリーヴの森〟には、ティナの護身術の教室の生徒たちの中でもファンがいた。有名店である。
ティナは料理ができないのであまり縁がないのだが、それでもフェリシアの娘プリシラの離乳食が始まった時に、リラと相談して〝オリーヴの森〟でブレンダーを買ったことがある。
あまりの便利さにフェリシアは泣きながらブレンダーを拝んでいた。
それ以来、フェリシアはお金を貯めては〝オリーヴの森〟で調理魔道具を買うのを楽しみにしている。
「ありがとう。光栄だわ」
本当に嬉しそうにニコニコしながらうなずくと、ポーラはジャケットの内ポケットからチケットを取り出してティナに差し出した。
「魔力石の無料取り換え券なの。もしよかったら、そのフェリさんへ渡してあげてね」
「ありがとうございます!」
チケットを両手で持ってうやうやしく掲げて頭を下げる。
ティナとポーラのやり取りがひと段落したのを見定めたポムが、指先で摘まんだ手紙をそっとカウンターの上に置いた。
「今日ティナさんを呼び出したのにはもちろんワケがありますぅ。でもとりあえずぅ、なんも言わないでこれ読んでほしくってぇ」
「読めばいいの? てかどうしたのポムさん、眉間の皺すっごいよ?」
無人の受付カウンターに届いたポムの絶叫と、いつも笑顔の彼女のこの不機嫌そうな顔に不穏さを感じながら、ティナは花柄の封筒から手紙を取り出した。便箋六枚の長い手紙である。
「え~っと、なになに……? 拝啓、僕の愛しいお、黄金の月、の、ような、君……」
どうやらラブレターらしい書き出しに、こっぱずかしくなったティナは手紙からそろりと視線を上げた。
目が合ったポムと、その横のポーラは険しい顔をしていて、ティナはどうやらこれを読み終えなければ許されないと悟る。
『拝啓、僕の愛しい黄金の月のような君
君が僕のもとを去ってからどれくらい立っただろうね……?
君は僕の月だった……。
ラッキーモーン、デステニィのヨウ……!』
「え、これマジで読まないとダメな感じ?」
ラッキーモーンを?
なぜか粟立った腕をさすりながらティナが首を傾げると、眉間に皺を寄せたままのポムとポーラが全く同じタイミングでうなずいた。
仕方なくティナは意識を手紙に戻す。
内容も内容だが、誤字もひどくてすごく読みづらい。
『僕はあの刻、あの魔女、大悪魔ロジーヌに騙されたんだ……!
嗚呼……まるであの刻の僕と君は、運命に本郎されたロミオンとジュリエンタみたいだったね……?
信じてほしい……僕は、君の僕だよ……ポーラ・ジュリエンタのロミオン・モーリスだ……!
今なら僕も魔女の夢から冷めたのさ……魔女のゆうわく……夢……愛……刹那に溺れたのはラブ……。
そして黄金のリンゴをかじってしまった、僕……。
金の蜜をこぼしてうっかりしたのは僕……。
でも僕は君のいない寂しさを愛と夢で埋めるのに必死だんただ……。
だから僕はまだまだ君との愛に囚われている愛の囚人さ……。
さあ、小ネズミのような君の頭でもこれでもうわかっただろう……?
そうさ、僕はもう怒っていないってことさ……喜んでくれるだろう……?
僕の職場でも君の存在を感じるよ……もうすぐ2店舗目を出すんだってね……?
だけど考えても見てほしい……。
その成功は誰のおかげなのかってことを、ネ……。
あの刻、魔女に騙さた僕は君に試練をあたえてしまったね……けれどそのおかげで君は強くなった……。
つまり君の成功は僕のおかげってこと……本当、かげな立役者って……ヤツ、さ……!
だから君には僕みたいな男が必要ってわけさ、僕みたいなロミ』
「あのもうこれ以上読めないっていうか、勘弁してほしいんですけど」
便箋の一枚目を読み終えたティナは、火にかけた薬缶のような悲鳴を喉から上げながらカウンターの内側にいる二人を見た。
険しい顔のまま首を横に振られてしまった。
手紙は自分たちを恋愛悲劇の名作『ロミオンとジュリエンタ』になぞらえているようだが、悲壮感が漂っているのは手紙の差出人の文章力と、実はこの手紙の受取先だったポーラ、そして文面から謎の羞恥を感じているティナの平常心である。
ポムとポーラの圧に負け、ティナは便箋をめくって二枚目に視線を落とした。
『オンが……。
そして一緒につかもうじゃないか……夢の翼を、愛のエロスとアガペーを……あもれー!』
二枚目を二行で断念したティナは、目頭を揉みながら天を仰いで呟いた。
「こいつマジでなに言ってんの?」
あもれー!




