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第二部三章『迷宮の火花』3-3


「ふふ」


 思わず笑みがこぼれる。

 久々の感覚。これが実体なのよね。変な浮遊感も無いし、安心するわね。

 さてと、どこへ行こうかしら。ああ、自由ってサイコー!

 とりあえず、近場を散歩しながら考えようかしら。ふふん。

 ……うーん。

 そうね。せっかくだし、カフェとかもいいかもしれないわね。

 最近、自分の意思で好きな味とか堪能できなかったし、そもそもあんまり食事とかしなかったし――


【おい、美恋】


 何よ。話しかけないでほしいのだけれど?

 こっちは元の人間に戻った気分で居たいんだから。


【はぁ……、やれやれ。何も分かってないなぁ、お前は】


 何よ、その嫌味ったらしい口調は。

 私に主導権を取られたからって、八つ当たりしないでよね。ふんっ。


【違ぇって。説明不足なんだよ。色々と】


 何がよ? っていうか、あんまり話しかけないでって言ってるでしょうが!

 今、私は生前の気分で居たいのよ! ゾンビや幽霊じゃなくて!


【違う。そうじゃない。描写が不足してるんだよ。今はどんな状況で、どこに居るのか。あれから何があって、こうして視点が入れ替わっているのか諸々。その辺をしっかりしてくれないとなぁ。分かるだろ? 一人称視点でやってるんだから】


 い、一人称視点……? どういうこと?


【しっかり地の文を文字にして……じゃなかった言葉にしてもらわないと、読者に……じゃなくて俺に伝わらねぇだろうが】


 なに言ってるのよ。視覚は共有されてるんだから、状況は分かるでしょ。

 それに、ずっと一緒だったわけだし。


【とにかく! 普段、俺がやってる通りに、ぶつぶつ独り言を心の中で呟くこと! それが出来ないなら、俺の身体に戻ってもらうからな!】


 な、何なのよ、もう……

 まあいいわ。あんまり深く突っ込んじゃいけなさそうな話題だから、空気を読んであげることにするわよ。


 えーっと、コホン。

 あのマッドサイエンティストが、一斗の中にあるペンダント(?)を体内から摘出し、それを私の首にかけたことで、元の身体に戻ることが出来たのだった。


 ま、余計な喧しい魂も一緒だったのは残念だったけどね。

 とにかく、私の肉体が不足していた問題は解決。

 これで私も成仏する必要がなくなり、晴れてゾンビの仲間入りをすることになった。


【晴れてという表現はゾンビらしくないなぁ】


 うざい……! あんた、ちょっと黙ってなさいよ!

 まあ、とにかく。久々に私は自分の身体に戻れたので、こうして街中をふらふらと歩き回りながら生の実感を満喫しているところだった。

 あ、この服は身長の近かった加子に借りたものね。胸のところが余ってるのが気に食わなかったけど。


【どんまい】


 うっさいわね! あんたは黙ってなさいよ!

 あとちなみに、私の分のペンダントは、あと数日くらいで完成するらしい。万事が解決の方向に進んでいるのだった。


【まあ、地の文はそんな感じだな。その調子で頼むぞ】


 この激ウザ魂とも、あと数日でお別れね。

 もうちょっとの辛抱よ。頑張れ、私!


【そんな余計な描写は要らねぇんだよ。いいから、さっさと満喫して元の身体に戻らせろ】


 ホント、いちいちうっさいわね。

 あんたに言われなくても、目一杯楽しむってのよ。

 そうね。やっぱり、まずはそこのカフェから入るわ。その後はショッピングでもしようかしら。あとは、それから――



「み、みみみ美恋先輩ぃいいいいッ!?」



「ほへ?」


 突然の声に、私はアホみたいな気の抜けた声を出してしまった。

 見ると、そこには一人の女性が。まるで死人でも見たような驚きの表情で私を見つめている。……あ、私、実際に死人だったわね。


「ど、どうして美恋先輩が生きて……」

「えっ?」


 どうやら、本当に死人を見て驚いている様子だった。ということは、この人は私が死んだことを知っているということ。

 それに、美恋“先輩”と言っていることから、生前の知り合いであると見ていいはず。


 思い出せ、私……!

 改めて、その女性を見やる。

 夏だというのに、きっちりとスーツを身に纏い、真面目さが感じられる佇まい。

 気の弱そうな揺れる瞳、セミロングの髪に低めの身長。

 小動物のようなか弱さを感じるが、同時に鋭い牙でも隠していそうな雰囲気を醸し出している。


 そして何より、このスーツ……『迷宮』のもので間違いないわね。

 ということは、私の後輩かしら……?

 見覚えはあるのよね。えっと、確か、彼女は……


「火花……? 五十嵐火花いがらしひばなよね」

「っ……! はいぃ!」


 思い……出した!

 この子、私の後輩でBクラス運営だった五十嵐火花よ!


【ほーん。美恋の知り合いだったのか。この火花ちゃんって】


 部外者のあんたが、馴れ馴れしく火花なんて呼ぶんじゃないわよ。

 にしても、こんなところで会えるなんて……

 これは僥倖だわ。『迷宮』内の情報が仕入れられるわよ!


【なあ、でもなんか…… この、五十嵐さん? やけに怯えてないか?】


 そりゃ、死んだ私が出てきたら誰だってビビるでしょ。

 でも、事情を話せば分かってくれるわよ。たぶん。

 私はゆっくりと火花の前へと歩み寄り、柔らかな微笑みと共に声を掛けることにした。


「ねえ、火花――」

「うわぁあああああああッ!!!!」

「私ね、今まで色々あって――」

「呪い殺されるぅうううう!!!!」

「話を聞きなさいよ!?」


 聞く耳を持たずに一方的に騒ぎ立てる火花。

 この子との関係はあまり思い出せないけど、こんなに拒絶されるとは……

 それと、この狼狽え様……、『迷宮』の運営とは思えない動揺の仕方ね。


「やばいやばいやばいやばやばです!?」

「一旦、落ち着きなさいよ……」

「あ、そうだ。私の前から消える前に、美恋先輩のパスワードだけ教えてくださいです」

「急に落ち着き過ぎじゃない!?」


 なんか変わった子ね……って、え? パスワード?


【っ! 確か、パスワードを知りたがってるのって、『迷宮』の依頼主だよな。もしかして、この子、何か知ってるんじゃないか?】


 そ、そうね。……よし、聞き出してみるわ。


「ええっと、そうね。パスワードを教えるのは構わないけれど、どうして必要なのか教えてくれるかしら?」


 とりあえず、この子を交渉の場に引き留めて、出来るだけ情報を吐き出させ――


「あの研究者が言うには肉体から魂が抜け出ているということだったはずですもし魂が偽物ならパスワードを知っていることは無いですよねだとすると私から情報を引き出そうとしているということでしょうか美恋先輩の性格もどこかおかしいですし――――」


 早口で捲くし立て、独り言をぶつぶつと呟き続ける火花。

 私の表情をじっと観察して、鋭い目つきで睨み続ける。

 ああ、この狂った感じ。間違いなく、『迷宮』の運営委員のそれだわ……


【ホントに変わった子だな。こっち見る目が怖いし】


 マズいわね。何か嫌な予感がする……!

 とりあえず、逃げた方が良さそうな気もするわ。


【え、逃げるって?】


 追いつめられた小動物は、怯まず敵に噛みつくのよ。


「うわぁあああ! やっぱり、やばいですっ! とにかく捕獲してください!」


 次の瞬間、周囲から黒スーツの男が近くの車や建物の影から飛び出して姿を現す。

 ぱっと見ただけでも三人は居るわね…… ど、どうしようかしら?


【おいおい、どうなってんだよ!?】


 『迷宮』のボディーガードを兼任している運営委員ね。上級クラスになると、任意で同行させることも出来るのよ。

 事情はよく分からないけれど、今はとにかく逃げた方が良さそうだわ……!


【ま、マジかよ……】



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