第二部三章『迷宮の火花』3-4
踵を返し、とりあえず真っ直ぐ走る。
すると、スーツの男たちも私を追って一目散に駆けてきた。ふふん、絶対に追いつかれるわね、これ! 間違いなく! マズいわ!
【言ってる場合じゃねぇだろーが。身体の主導権を俺に渡せ!】
主導権を渡すって……、どうしたらいいのよ!?
【なんかこう、ちょっと気を抜くって言うか、そんな感じだ】
せ、説明が雑なのよ!
とりあえず、あんたの意思に託すから、何とかしなさい!
【ああ、任せろ。何とかしてやるよ】
瞬間、ふと自分の身体ではないように動きが意思を持ち始める。どうやら、主導権が一斗に移ったらしい。なるほど、こういう感覚なのね……
そして、大通りから横道にそれ、そのまま路地裏を掛ける私。
だが、明らかに男たちを振り切るには速度が足りなさ過ぎるのが分かった。
ど、どうするのよ……!? 追い付かれるわよ!?
【こうするんだよ!】
路地裏を急停止。振り向く返しで、背後から迫る足音に拳を叩き込んだ。
「っ……!」
「――ぶはぁっ!?」
ベキッと嫌な音が鳴る。拳はスーツ男のボディーに突き刺さるようにして埋まった。
小さく呻き声を漏らし、男はその場に倒れ込む。
すごい……
けど、なんか私の腕、折れてる気がするような……? さっきのベキッて私の腕から鳴ってなかった? 曲がっちゃいけない方向に、腕が畳まれてる気がするんだけど……?
【心配すんな。ゾンビなら直ぐ再生するから】
やっぱり、折れてるんじゃない!? 心配にもなるわよ!?
【細身の身体だと、本気で叩き込んでも一撃が軽いな。追っ手を全員倒すのは、骨が折れそうだ】
違う! もう折れてるのよ!
【っと、冗談言ってる場合じゃねぇな。来てるぞ!】
えっ?
見ると、倒れた男の後方からは、まだ二人の男が追って来ていた。
いくらこっちがゾンビとはいえ、正面からやり合って勝てるビジョンが見えないわ……
【正面からじゃなければ、何とかなる……かもしれないだろ!】
そこは自信持って言い切りなさいよ!
【まあ、冗談だ。ゾンビジョークな。こっちは死なないんだから、いくらでもやりようがある。俺に任せろ】
ああもう……!? こうなったら、一斗を頼りにするしかないわね……!
立ち止まり、正面から黒スーツ男を見やる一斗……というか私。
対峙する男は歩調を緩め、懐から小太刀を取り出す。あいつ、あんな物騒なものまで持っていたのね……!
でも、こっちは死なないゾンビよ。あの日デスゲームで見た、一斗の実力があれば――!
【あ、無理だわこれ。逃げるぞ】
え!? ちょっと!?
踵を返し、再び逃走を図る一斗の意思。さっきまでの威勢はどこに行ったのよ……?
【あいつ刀持ってるじゃん! あれは聞いてないって! こっちはバイオハザードの世界感じゃねぇんだよ。銃より刃物の方が厄介なんだよ】
あ、あんたねぇ……
半ば呆れつつも、路地裏を右へ左へ軽い身のこなしで進むのを感じて驚く。
こいつ、やっぱり人間じゃないのね。私もだけど。
【デスゲームで鍛えた感があるからな。ただあいつらから逃げるくらいなら、美恋の身体でも十分だ】
そう。頼りになるんだか、ならないんだが……
ま、少し見直したわ。あんたのこと。
【そりゃどーも】
そして、追っ手の足音が完全に途切れるまで一斗は器用に逃亡を続けた。
やがて安全を確証すると、今日のところは研究室に戻ろうという話でまとまる。
それにしても、五十嵐火花……
あの子、いったい何者なのかしらね。私と接点があるのは間違いなさそうだけれど。
◇
地下研究室。
「――ほう、なるほどな。それで逃げ帰ってきたと」
俺の説明した今までの経緯を聞いて、二度、三度と頷きを返してくる音黒せんせー。
あ、ちなみにペンダントは俺の首に掛け直したから、今は元の身体で行動している。加子と白華は姿が無いので帰宅した後か。
「ホント、酷い目に合いましたよ」
俺は背もたれに身体を思い切り預けながら言った。
肉体は疲れずとも(そもそも美恋の身体だし)、ゾンビの精神は疲労するのだ。
「五十嵐火花か。そいつ、私に四居のゾンビを作るように言ってきた依頼主だな」
「え、そうなんですか?」
【ってことは、もしかして……】
音黒せんせーの言葉に、俺と美恋が同時に同じ考えに至る。
そして、音黒せんせーがその先を続けた。
「あれは『迷宮』からの依頼ではなく、五十嵐火花という個人からの依頼だった、ということだろうな」
【やっぱり……】
でも現状、分からないことが多すぎるな。
「そもそも、どうして五十嵐は美恋のパスワードを欲しがっていたんですかね?」
「それについて、四居は何て言ってるんだ?」
ということだが、どうだ?
【うーん、何かAクラスの権限を使いたいとかかしら……?】
権限? とは?
【上級クラスの運営になると、色々と権限が追加されるのよ】
ふーん。でもよく分からないんだが、そういうのってパスワードだけで管理されているものなのか? いくら何でも、セキュリティが軽すぎる気がするんだけど。
【いいえ。何にしても私のパスワードを使うとすれば、他にも指紋と瞳の光彩が必要だわ。……だから、ゾンビとして蘇らせたかったのかしら】
おお、なるほどな。
なんだか、それらしい情報が繋がってきたな……!
「美恋はAクラスの権限を使う為じゃないか、って言ってます。それには、パスワードの他に指紋と目(?)が必要らしくて、それでゾンビとして蘇らせたかったんじゃないかって」
俺が説明すると、音黒せんせーは面白そうに口角を上げた。
「ほう、生体認証か。良いセンはいってると思うが、その理論は惜しいな。あいつはそもそもAクラスの運営委員だ。四居の権限なんて必要ない」
「え、そうなんですか?」
美恋は火花をBクラス運営委員だって言ってたけどな。
「考えても見ろ。ゾンビを作れるオーバーテクノロジーが組織の下っ端に知られていいわけねぇだろ」
「なるほど、確かに……」
【ああ、そういうことね。私が死んで、火花がAクラスに昇格したのかも。それならおかしいことは何も無いわね】
そうなのか。だとすると、他にパスワードが必要な心当たりはあるのか?
【そうねぇ…… そうなると、ロッカールームかしら? 私の個人ロッカーを開けるには、同じ条件が必要だから】
ほーん、随分と強固なロッカーなんだな。
【そりゃ、機密情報なんかも扱うから当然よね。そこに何かあるのかもしれないわ。覚えてないけど】
覚えてなかったかー。まあ、いちおう情報は共有しておくけど。
「もしかしたら、美恋の個人ロッカーに何かあるのかもしれないそうです。そこなら、美恋のパスワードが必要みたいで」
「ま、おそらくそういう部類だろうな。……よし、駄犬。ちょっと行って、何があるのか見て来い」
などと、ちょっとコンビニ行ってこいみたいな軽いノリで話す音黒せんせー。
ああ、ちなみにこれは本気で言っているやつだ。冗談であってほしかった。
「ええ、マジですか……」
「マジだ。このままじゃ、四居は狙われ続けるだろうし、この研究室に乗り込まれでもしたら面倒だからな。早めに対処してこい」
「うへー」
言っていることは尤もなんだけど、俺に押し付けないでくれよ。
まあ、ゾンビな俺が敵地に行くのが適任なのも理解できるけど……
「だが、気を付けろよ。駄犬」
「はい?」
「もしかしたら、だが――四居は五十嵐火花に殺された可能性だってある。用心しろ」
「……っ!」
なるほどな。だから、音黒せんせーは俺に行かせたかったのか。
まだ、美恋が狙われている可能性は十分にある。もし殺されたのなら。
【ッ! 確かに、その通りね……!】
美恋の緊張が伝わってくる。まあ、それもそうだよな。
でも、安心しろよ。俺がなんとかしてやるから。
【……、……! そう、ね!】
少しばかり美恋が平常心を取り戻すのが分かった。
しゃーない。根拠の無い大口叩いてしまった以上、本気でやってやるか。
【え、根拠は無かったの……!?】
強いて言えばゾンビだからだな。たぶん何とかなるだろ。
「んじゃ、明日か明後日にでも、乗り込んできますかね」
「よし、決まりだな。行ってこい、駄犬丸。――デスゲームの始まりだ」




