三章『ゾンビな日常回』3-1
――ガラガラガラ。
「らっしぁい!」
「おう、今日は三人だ」
「お、先生。カウンターでも?」
「構わない」
と、言って音黒せんせーはカウンター席の一番端に座った。
……ラーメン屋の。
なんでラーメン屋? 神域は何処へ?
「あの、音黒せんせー……」
「駄犬、早く座れ。三國もな」
「は、はい!」
言われるがまま、俺は音黒せんせーの横に腰掛ける。白華もまた、俺の隣に座った。
腹の底を刺激するような脂の匂いがした。恐ろしいことに、こんなド深夜にも拘らず、客は少なくない。テーブル席はほぼいっぱいだった。ブラック企業に飼われた社畜の末路だろうか? おぞましい光景だ。
「で、なんでラーメン屋なんですか? 神域はどこ行っちゃったんですか?」
「何だ、駄犬丸。ここはただのラーメン屋じゃない。周りを見てみろ」
ん? 言われて、俺は周囲の客を見渡す。
裏世界の猛者たちだろうか? 言われてみれば、そんな雰囲気も無くはない気がしなくもない。ふっ、そういうことか。
「裏社会の密会室ってことですね。道理で政界の大物がうじゃうじゃと――」
「んなわけねぇだろ。どいつもこいつも、近場に生息する月額使い放題のブラック社員共だ。遅めの夕食ってところだろう。面構えが違う」
「……さいですか」
「ぷ、くく…… ふふ……」
白華が肩を震わせて笑いを堪えていた。その笑顔も素敵だ。でも、俺を小バカにしたような目で見るのはやめろください。
「んじゃ、何なんすか? この人たちは?」
「誰が人を見ろなんて言ったんだ? 誰もラーメンが運ばれてくるのを待ってねぇだろ」
「まあ、確かに…… 皆、テーブルに丼がありますけど」
「ここの店はな、客を待たせねぇんだ。注文したモンが一瞬でテーブルに運ばれてくる。時間の無いブラック社員たちの需要をピンポイントで満たしてくる。まさに“神域”だ」
「死ぬ程どーでもいいですね。もう死んでますけど俺」
「ふはっ、ふ…… くっくく……」
白華。お前はいつまでツボってんだ。さっきから笑いすぎだろ。そんなに面白い話なんてしてねぇからな? ただラーメン屋に入っただけだからな?
「ま、単に私が食べたかっただけだ。奢ってやるから、好きなもん頼め。……店主、まぜそば」
「はいよ。まぜそばお待ち」
ことんとカウンターに置かれるませぞば。え? まだ注文してから一行だぞ? さ、さすが神域だな……
にしても、
「でも、何でラーメン屋…… どうせ先生の奢りなら、もっと良いもの食いたかったなぁ。白華だって、もっと色気のある店の方が良かっただろうに」
「えー、私はラーメン好きだから嬉しいけど。一人だと、こういう店には入れないしね」
「分かってるじゃねぇか。文句言ってんのは、てめぇだけだぞこら」
「ぐ、マジか……」
「私、つけ麺お願いしまーす!」
「はいよ。お待ちどう」
次いで、左隣の席に置かれるつけ麺。これまた一行で。さすが神域。
まあいい。俺も頼んじまうか。さて、何にするべきか……
【あ、私は醤油ラーメンがいいです!】
うるせぇ。食うのは俺だ。なんで加子が注文する感じになってんだよ。
「店主、豚骨」
「はいよ、醤油…… え? 豚骨?」
「? はい、豚骨ですけど……?」
「バカ言っちゃいけねぇよ兄ちゃん。あんたのソウルは醤油を求めてるんだろ? 俺っちの目は欺けねぇぜ? ほら、醤油にしときな」
と、目の前に醤油ラーメンが置かれる。ちょっとどこから突っ込んでいいのか分からない。
まず、店主は注文を魂の方の声で聴きやがった。しかも、言い方がソウル。ついでに一人称が俺っち。さらに、注文を無視して醤油ラーメンを押し付けてきやがった。
……この店主、只者じゃねぇな。
【わーい。一斗くん、胡椒入れてください】
ちっ。なんか腹立つな。ラー油入れてやる。これでも喰らえ。
【ちょ!? 何するんですか!】
麺を頬簿張り、ずるずると啜る俺。
「ぶはっ!? 辛ッ!? ラー油入れ過ぎた!」
【ひゃー!? か、辛いですぅ……!?】
と、同じようなリアクションをする加子。
やっぱ、お前も俺の味覚を共有出来るのか。マジで一心同体だな。いや、二心同体か。
「なーに、バカなことしてんだ。それより、本題に入るぞ」
麺をまぜまぜしている音黒せんせーが言った。まだ口をつけていないところを見るに、猫舌なのかもしれない。意外と可愛いところもあるんだな。
「で、三國にはどこまで話した?」
「俺がゾンビってことだけです。あと、切れた腕がくっつくのを見られたくらいですかね」
「そうか。だから片方、ノースリーブなのか。気持ちわりぃ趣味だなと思ってたが」
「酷ぇ言い草だ……」
俺だって好きで片方ノースリーブにしたわけじゃないのに。
不幸中の幸いだが、服に付いていた血液はすべて体内に戻っていた。さすがゾンビ。
「まあ、バレたもんは仕方ない。ただし、他言無用で頼むぞ」
「大丈夫ですよ。誰にも言う気はありませんから」
「ならいい。ラーメンくらいならいつでも奢ってやるよ。……駄犬が」
「やった!」
「お、俺が奢るんですか……」
「また連れてきてね、一斗」
ニコッと俺に微笑みを浮かべる白華。
待てよ。これは考え方を変えれば、またデートに誘えるということにならないか? まあ、ラーメン屋だとデートなんて色気は皆無なんだけど。
「んで、三國は何のためにデスゲームなんて参加したんだ?」
「っ……」
音黒せんせーが問うと、白華が顔を強張らせた。それを感じてか、音黒せんせーはすぐさま言葉を続ける。
「言いたくないなら言わなくてもいい。理由なんて気にならねぇからな。それより聞きたいのは、今日の一〇〇〇万円で足りているのかどうか。それだけだ」
問われた白華は、膝の上に乗せた紙袋を抱きしめる。どんな感情が渦巻いているのかは分からない。ただ、あまり前向きな感情出ないことだけは分かった。
「足りないです…… まだ、ぜんぜん……」
「そうか。それが聞ければ十分だ。その貪欲さがあるなら、この話の続きを聞いていくんだな」
「…………」
「で、駄犬よ」
そう言って、音黒せんせーが今度は俺の表情を覗き込んできた。
「二ノ宮加子は目覚めたんだな?」
「はい。俺もびっくりしましたけどね。先に言ってくださいよ」
「説明が面倒だったもんでな。で、精神状態は?」
「まあ、元気ですね、意外と。うるさいくらいです」
【うるさいは酷いですよぅ。私だって、一斗くんの身体で我慢してるんですから】
と、俺の中で加子が抗議する。
こいつと永遠に同居生活は勘弁してもらいたいところだが……




