二章『この辺からラブコメするから。いやマジで』2-8
刀を真っ直ぐ俺に向けて突っ込んでくる鬼。
だが、俺は避けない。このまま受け止める気だ。
欠けた投身の刃が、俺の身体を貫いた。臓物が貫かれる嫌な感覚が襲ってくる。
でも、ゾンビの能力を活かした戦い方なら、これでいいだろ。音黒せんせーも既に死んでるから、もう死なないって言ってたしな。
「このまま捕まえといてやる。余所見すんなよ……?」
『――ッ!?』
柄を握る鬼の腕を両手で押し返す俺。
刀身が動くたびに内蔵が切り裂かれるが、もう必要ないものなので気にしない。
それに、どうせ復元するんだ。だったらズタボロになっても関係ねぇだろ。
しかし、それでも想定外のことはあった。
……鬼の力が強すぎる。
ゾンビの能力を使っても太刀打ちできていない。徐々に押され始めている。
やがて、そのパワーバランスは完全に崩壊した。
「ぐはぁ――!?」
力任せに薙がれる日本刀が、俺の腐った身体を真横に切り裂いた。
途端に力が抜け、床に叩きつけられる俺の身体。血だまりが周囲に広がる。
もう立ち上がることは不可能だ。
完全に復元するまで少しばかり時間が掛かると、直感的に分かった。
【もう少し頑張って下さい、一斗くん! せめて白華ちゃんは無事に守らないと!】
そんなの無茶だろ、と言いたいところだが、その無茶が出来るのがゾンビの身体だ。
まあ、限界はあるけどな……
『…………ッ!』
「ひっ……」
這いつくばる俺を一瞥して、鬼が俺の横を通り過ぎる。
白華の小さな悲鳴が聞こえた。
おいおい、せっかく好感度稼いでたのに、こんなグロテスクな見た目になったら嫌われちまうだろ……! 責任取ってくれんのか、おい。
そんな怨念を込めて、鬼の太い足首を掴む。
しかし、鬼は俺を再度一瞥するだけで止まらない。
俺の身体を引き摺りながら、白華の方へ近づいていくのだった。
身体の再生はもう始まっている。ただ、間に合うかどうか。
白華はデッキの端まで追いつめられている。逃げ場はない。そして、俺の身体も復元が追い付いていない。
もう少し……、もう少しあれば、最低限立ち上がるくらい出来そうなんだが……!
『ヒヒッ……!』
鬼が、刀を頭上に振り上げた。
「――――っ!」
ぎゅっと目をつぶる白華。
だ、ダメだ!
クソッ、身体の復元が間に合わねぇ……、せめて立ち上がれれば……!
やがて、その赤黒く濡れた投身が振り下ろされ――
――ピンポンパンポーン。
『ゲーム終了時間です。鬼は撤収し、生き残ったプレイヤーは下船してください。繰り返します。ゲーム終了時間です――』
不意に聞こえた船内アナウンス。
それと同時、鬼の手が止まった。そして、ゆっくり刀を降ろす。
『…………』
鬼は俺たちに視線を向けたが、何も言葉を発することは無かった。
踵を返し、無言で立ち去っていく鬼。その姿は、真っ直ぐ船内へと向かっていった。
……助かった、んだよな。
最低限の再生が終わり、ふらつきながら立ち上がる俺。
「い、一斗!? 大丈夫なの!? すごい血とか肉とか出てグロいけど……!?」
「まあ、心配するな。俺から出るのは皮肉だけだ」
【大丈夫そうですね。ちょっとでも心配した私がバカでした】
場を和ませるためのゾンビジョークだ。もっと心配しろ。
ああいや、それより何より……
「白華の方は大丈夫なのか? 怪我とか」
「わ、私は大丈夫。何ともないよ。……それより、一斗の方が一大事じゃん」
「俺はゾンビだから平気なんだよ。もうだいたい治った感じするし」
引き裂かれた場所はほぼ塞がり、周辺に飛び散った血液までもを磁石で吸い寄せるように吸収しながら復元に努めていた。異様な光景だな。マジで化け物だ。
無から臓器を作ることは出来ないのか、それとも回復の速さを優先したのか詳しいことは分からないが、とにかく身体が治っているのなら何でもいいだろう。
血で汚れた服も綺麗になってるし、一石二鳥だ。まあ、そっちは切られてボロボロのままだけどな。仕方ないから、ダメージトップスってことにしよう。
って、そんなことより、ホントにデスゲームとやらは終わったんだよな……?
鬼も無言で帰って行ったし、アナウンスでも終了って言ってたし。
ふと、船の外を見る。
終了時間に合わせて元の場所まで戻っていたのだろう。船は停泊所に辿り着き、いつでも下船できる状態になっていた。
「デスゲーム、終わったんだな…… あー、つっかれたぁー」
ぐぐっと身体を伸ばし、吐き出すように呟く俺。
【ゾンビは疲労しないんじゃなかったですか?】
主に心労の方だよ。自分がゾンビ過ぎてメンタルがヤバい。
途中からは、意味わかんねぇ他人の魂も目覚めるしな。
【私みたいに可愛い女の子と一緒できて良かったじゃないですか】
生憎、顔が見えないもんで、可愛いかどうかの判断はつかねぇけどな。
「ねえ一斗。とりあえず、船の外に出てみない? もう停泊所には着いてるみたいだし」
「ん、そうだな。賞金もきっちり貰わないといけないし」
白華の提案を呑んで、俺たちは船の出口へ向かうことに。
それにしても、身体の方はマジで大丈夫みたいだな。
自分のことながら恐ろしい再生能力だ。数分前までボロッカスだったのに、もう五体満足で正常な身体である。……正常なのか、これ? まあいいか。
とまぁそんなこんなで、船を降りる俺と白華。
すると、参加時と同じように黒服のおっさんらが俺たちを出迎えるのだった。
その中には、音黒せんせーの姿もあった。
何故だろう。その姿さえ懐かしいものを感じるな。たった一〇〇分間のゲームでも、緊張の連続だったからか。
「おー、ホントに帰って来やがった」
「酷ぇな。音黒せんせーは俺が帰ってこないと思ってたんすか……?」
「冗談だ。この私の最高傑作が、あの程度でくたばるわけないだろ。必ず帰ってくると信じていたさ」
信じていたのは自身の技術であって、俺の事ではないらしい。複雑だ。
そんなやり取りをしていると、黒服の一人が俺たちの元へとやってきた。
「ゲームクリアおめでとうございます。賞金の一〇〇〇万円はどうしましょうか? 現金でも振り込みでも用意できますが?」
「私の口座に振り込んどけ」
「承知しました。貴女の方はいかが致しましょう?」
黒服が、俺の背後を付いてきていた白華に問うた。
その姿を見て、怪訝そうな顔をする。
「誰だ、こいつ?」
「名前は三國白華。デスゲームでの協力者です。俺がゾンビってことも話しました」
「ちっ。勝手なことしやがって……」
と、音黒せんせーが毒づく。
何の説明も無しに、デスゲームなんかに送り込むやつに言われたくないんですけど。
「わ、私は、キャッシュでお願いします」
「承知しました。少々お待ちください」
一度、黒服が礼をしてコンテナの方に戻る。
すると、すぐに紙袋を携えて白華の元へ帰ってきた。
「一〇〇〇万あります。ご確認ください」
「す、すごい……」
袋の中には、ドラマで見るような札束が詰まっていた。ひょえー、俺もこれと同じものを稼いだのか。すげぇな俺。
【ねえ、一斗くん。私のこと忘れてないですか? マッドサイエンティストさんに私のことも聞いてくださいよ】
おっと、そうだったな。まだ、こっちの厄介な問題が残ってたっけ。
「あの、音黒せんせー。加子のことで聞きたいことが」
「! そうか、目覚めたか。さすが、私だ」
フフフと不敵な笑みを浮かべる音黒せんせー。
そういえば、俺が目覚めた時も同じような感じだったな。
「ま、機密情報だからな。場所を変えよう。それに、ご褒美に良い思いをさせてやるって約束だったしな」
あ、そうだった。忘れてたけど、そんなことを言われてたっけ。
「そっちの、ギャル。三國だったか。お前もついて来い」
「え? 私も、ですか?」
白華が面食らって、音黒せんせーに聞き返す。
「駄犬丸ゾンビ太郎の秘密を知ってしまったわけだからな。まあ、悪いようにはしねえよ」
誰が駄犬丸ゾンビ太郎じゃい。
まあ、悪いようにはしないと言ってるし、危険なことはないだろうけど。
「警戒する気持ちもわかるけど、たぶん大丈夫だ。白華も付いてきてくれるか?」
「まあ、一斗には助けられたしね…… いいよ、行ってあげる」
と、笑みを浮かべる白華。良い子だなぁ。巨乳だし。(関係ない)
さてと。んじゃ、行きますか。
「ついて来い。私が“神域”に案内してやるよ」
そんな風に宣言し、夜風に白衣をはためかせる音黒せんせー。
俺は白華と目を合わせてから、その堂々とした後姿を追うのだった。




