第5話 名前
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僕は、新しいご主人さまの奴隷になると決めた。
新しいご主人さまには、何故か温かさを感じる。ホッとするような安心する温かさだ。
この方になら、素直に敬う気持ちを持ち、敬語を使おうと思える。だからこそ、勉学などしたことのない僕の精一杯の敬語を使おう、とそう決めた。
ただ、心の底では人を信じきれない自分がいるのも確かだ。それ故に、自分の目でゆっくり見極めていこうとも思った。
そう考えていたのだが、ご主人さまは何やら戸惑っているようだ。
だから、僕は素直に聞いてみることにした。
豚主人になら絶対にかけない言葉だ。
「どうかしましたか、ご主人さま?」
ご主人さまへの気遣いの言葉。
豚主人には、問いかけることのなかった言葉だ。
「ん……、いや、“ご主人さま”というのがどうもしっくり来なくてな……」
「ですが、僕はご主人さまのお名前を知りません……」
「あ! あぁ、そうだったな……。すまんな、私の名前はフィロスという。改めてよろしくな」
「僕に謝罪の言葉など勿体ないです……。こちらこそよろしくお願いします、フィロス様」
今回のご主人さまは、本当に優しい方のようだ。
僕にくれた言葉は、どれも優しい……。それだけで嬉しく思ってしまうような自分は、心底ちょろいなぁと思った。
今のところは僕の人を見る目は問題ないようだ。
そう考えていると、フィロス様がじっと僕を見ていた。
「どうかしましたか、フィロス様?」
「いや、君の名前を聞いていないなと思ってな」
「? フィロス様はおかしなことを言いますね?」
「ん? なにがだ?」
「フィロス様。僕のような奴隷如きに名前のようなモノはありません」
「なにぃ?! それは本当なのか! 君の前の主人は、名前すら与えなかったのかッ! そもそも、君と奴隷契約したときに名前を教えられているはずだろう!」
よく分かりませんが、フィロス様はどうやら怒っているようだ。
急に怒り出したので、言葉を挟むのは怖いのだがフィロス様なら殴らないと信じ、言葉を交わす許可を貰えるようお願いしてみる。
「すいませんが、言葉を話すことを許してください、フィロス様」
「?! 自由に話してもいいに決まっているだろう……。どうしたんだ?」
何やらフィロス様が驚いたり呆れたりしているようだが、とりあえず許可をもらえたので、自分の出自について話をする。
「ありがとうございます。どうやら、僕は産まれたときから奴隷のようなのです。」
「はぁ? どうしてそうなるんだっ?」
「僕のご主人さまの奴隷が産んだ子どもが僕だそうです。ご主人さま曰く、“奴隷の子どもは奴隷”なので、僕はご主人さまの屋敷で奴隷をしておりました」
「な…に……?」
僕は当たり前のことを言ったはずなのだが、フィロス様は心底意味が分からないといった表情をしている。
そして、優し気だった表情をひどく厳しくさせて、フィロス様は言った。
「すまないが、君の身体に奴隷紋という、丸い円の中に複雑な模様が描かれた絵はあるかい?」
「いえ、なかったはずですが……。フィロス様、確認なさいますか?」
「ああ、確認したいから服を脱ぐのに抵抗がなければ、見せてくれないか?」
「分かりました」
そして、僕は豚主人の屋敷の奴隷が着ていたボロ布の服を脱いだ。
「ッ!」
フィロス様は僕の身体を見た瞬間に驚いた表情をした後、歯を食いしばり手から血が出るほどに拳を握りしめた。
僕には、何故フィロス様がそのような反応をするのか分からなかった。
そして、フィロス様は何事もなかったように話し始めました。
「太ももも痛いだろうに、服まで脱がさせてすまなかった。そう言えば、話し込んでいて、街に向かっていなかったな。今から向かうから肩を貸そう」
「そんな恐れ多い」
「いいから来なさい。どうしてもと言うなら、命令させてもらうが?」
「命令というのは?」
「そんなもの、肩を貸すから素直に従えと言うに決まっているだろう」
新しいご主人さまは、なかなかに強引なようだ。でも、ちっとも嫌な感じはしないように思う。
仕方なくご主人さまに従おうと思う。
あとで、首を飛ばされたらどうしようと一瞬思ったが、フィロス様に限ってそんなことはないだろうと信じて指示に従う旨を言う。
「では、フィロス様、すいませんがよろしいでしょうか?」
「遠慮せずに来なさい」
僕は恐る恐るフィロス様に腕を伸ばし、肩から軽く持ち上げてもらった。
この恰好をして、初めてフィロス様の大きさを実感した。
それに、フィロス様は僕との身長差を考えて、中腰で支えてくれました。
なんと優しい方なのかと、少し驚いてしまった。
こんなちょっとした優しさにさえ、温かさを感じてしまう。
「では、そろそろ行くぞ。話しながら、街まで向かおう。ここからなら直ぐに着く」
「はい、ありがとうございます」
フィロス様は一言声をかけてから、僕を連れて歩き始めてくれた。
そして、言葉通りに話を続けてくれた。
「それで、奴隷紋の話なんだが……」
「はい」
「奴隷は、身体の何処かに奴隷紋という刺青をいれるんだ。魔法で出来たものだから、魔法で消さない限り、一生消えることはない。ちなみにだが、奴隷紋は基本的に犯罪奴隷に付ける。だから、首輪のない君は、犯罪奴隷か若しくはそれに近しい何かをしたものだと思っていた」
首輪の話は一言も出ていなかったので、失礼とは思いつつも質問をしてみた。
「首輪ですか?」
「あぁ、ただの借金奴隷は魔法を施した首輪を付けるんだよ。ただ、軽犯罪でも犯罪は犯罪だから奴隷紋を入れることもあるんだ。まぁ、そのとき次第で決まる曖昧なものだと思ってくれていい」
「軽犯罪?」
またまた分からない言葉が出てきた……。
つい反応してしまったが、嫌な顔をしていなかったので、少し安心した。
「ん? そうか、よくわからなかったんだね?」
「申し訳ございません」
こういうときに、自分の無知さに恥ずかしさを感じてしまう。
それでも、フィロス様は優しい口調で教えてくれる。
「いいんだよ。誰しも始めは何も知らないものだよ。ちなみに、軽犯罪の例えとしては、人の物を許可なく取るとかだね。まぁ、自分がされて嫌な事の多くが、軽犯罪に近しい物と考えてくれていいよ」
「わかりました! ありがとうございます」
「それでね。君は首輪をしていないでしょ? だから、奴隷紋があると思ったんだ。でも、どちらもなかった……。ということは、君は奴隷でもないのに奴隷にされていたんだよ」
「……」
考えたこともなかった。
自分が奴隷ではないだなんて……。
自分の理不尽な待遇への怒りと豚主人への怒りが再燃しそうになる。
そんな僕へ、フィロス様は足を止めて僕の目をじっと見てくる。何故だろうか、目を逸らしたくなる。
「私の目をしっかり見なさい。君は時々だが、凄く恐ろしい目をするときがあるのは分かっているかい?」
「え?」
急な話の転換に僕は、困惑してしまう。
フィロス様は、僕の様子を気にせず続けてくる。
「ゴブリンとの戦闘のときも、僕が恐ろしく感じるような雰囲気を出していたときがある。君は自分をしっかり保てているかい? 私には保てていないように見える」
「そんなことは……」
「ないと断言できるかい?」
「いえ……」
目を逸らせない様に、一切視線を外さずに僕を見てくるフィロス様。
僕はフィロス様へ初めて恐怖を感じた。
僕の中にいる者に気付いているのかもしれないと一瞬思った。もしそうなら、なんと恐ろしい方なんだろうか……。
フィロス様はフッと軽く笑った後に視線を元に戻して話を続けてくる。
視線が外れたことに、何故だか僕は少し安堵した。
「まぁ、私の訓練で君の中の何かが御せるようになるよ」
「だといいのですが……」
「なんとかなると信じて入れば、なんとかなるよ」
「はい……」
「さて、いつまでも君と呼ぶのは困るから、名前をつけようと思うんだが、何か希望はあるかい?」
フィロス様は気分を変えるために、名前の事を言ったのだろうと思うのだが、今はその話題転換に感謝した。
「私に希望はないので、フィロス様に決めていただきたく思います」
「そうだね……」
「……」
フィロス様の思考を邪魔しないように静かに待つ。
すると、フィロス様は小さく「よしっ!」と言い、僕に名前をくれた。
「今日から君の名前は、ウィンだ」
「ウィン、ですか?」
「ああ! 勝利するという意味がある」
「勝利ですか?」
「そうだ! 敵に勝て! 自分に勝て! そういう意味で付けた。いささか安直だとも思うが、単純で意味のある名前の方がいいだろう?」
「そうですね……。意味もありますし、何よりフィロス様がくださった名前です。しっかりと胸に刻んでおきます」
僕はフィロス様から名前を貰い、今日になって初めて“生きている”と実感した気がした。
そして、世界に初めて自分という存在が認識され、名前をつけられたことに幸せを感じた。
この幸せをくれたフィロス様に大きな感謝と、少しはこの新しい主人を信じてみようかなという気分になった。
明日は投稿できるかわかりません…
毎日投稿を一週間は続けたかったのですが…
体調次第ですが、明日も投稿できるよう頑張ります!
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