第2話 危機
ブックマークが付けてくださった方、ありがとうございます!
ゆっくりになるかと思いますが、更新していけたらと思います
僕は、死を覚悟するような危機的状況に陥っていた。
目の前に人型ではあるが、人ではない生き物が前方に2匹、後方に1匹おり、僕の左足の太ももに矢が刺さっていたからだ。
こんな状況になってしまったのは、僕が馬鹿で想像力がなく、更に言うと周りに意識を向けていなかったからだろう……。
人ではない生き物に遭遇する前、僕は馬を走らせていた。
街道に沿って、ひたすら前を見て馬を走らせていた。
臆病にならずに豚主人を殺すと決めたが、いまになって御者を殺した生生しい感触を思い出し、なぜか恐ろしくなっていた。
豚主人に関係のある人は、殺してもいいと心の底から思っているのは間違いない。
だが、恐怖を感じている。
人を殺したから恐怖を感じているのだ、と最初は思っていた。
でも、殺してもいいと心から思っている僕が、今更豚主人の関係者を殺して罪悪感を覚えるなど変だとも考えていた。
そして、馬に乗っている間に考え、何に恐怖を感じていたのかを理解した。
一つ目の理由は、御者如きを殺すのにあれほど時間をかかるのなら、豚主人を殺せないのではないかと思ったからだ。
豚主人は魔法を使える。
さらに、日常的に奴隷に暴力をふるっている事から、人を殴ることに抵抗がない。
それに対して僕は、御者に暴力をふるう事に恐怖を感じていた。
どうでもいい人間に対しての暴力だけで恐怖を感じているようでは、豚主人を殺せない。
僕は豚主人を殺せないことを恐れていたと理解した。
二つ目の理由は、僕の中に“彼”がいることを何となくだが、理解したからだ。
自分のことを“僕”から“俺”に変えただけで、抑えきれないほどの怒りが身体の奥底から湧いてきた。
このことだけで、自分の中にもう一人の誰かがいることを直感で理解した。
おそらくだが、“彼”の怒りは僕と質は同じだが怒りの強さが違うということを、御者を始末しようとしたときに感じた。
このままに怒りに支配されるようでは、“彼”に身体を乗っ取られる。
乗っ取られては、豚主人を“僕”の手で殺すことが出来ない。
自分の手で豚主人を殺すことが出来ないことを恐れていたと理解した。
そんな風に馬を走らせているときに考え事をしていた。
街道を走っている時に人を見かけなかったが、僕は自分の身形を気にして、街道から少し外れて森のそばを走っていた。
この二つの要素を組み合わせれば、街道近くの森まで来ていた魔物に襲われるのは必然だった。
考え事をしていることによる周囲への注意散漫。
魔物が出るというのに森のそばを走るという愚行。
本当に僕は馬鹿だった。
「ヒヒーン!」
突然に馬が鳴き、後ろ脚から馬の態勢が崩れていった。
それとほぼ同時に、僕は馬から放り出された。
「いッ!」
馬上から地面に転落した衝撃に思わず、息が漏れた。
僕自身の命に別状もなく、骨も折れていなかったことは幸いだった。
ただ、馬はもう走れないだろう。
馬の後ろ脚の付け根に矢が刺さっていたからだ。
誰が僕を狙ったのかを考えるために、冷静になろうとしていたときだった。
またも矢が飛んできた。
身体が硬直して反応できなかったが、運よく矢は当たらなかった。
矢の飛んできた方向を見ると、そこには人型なのに人とは違う生き物がすでに矢を構えていた。
拙い!
そう感じた瞬間、矢を向ける生き物に背を向け、逃げようとした。
一瞬、馬のことが頭の中をよぎったが、自分自身に自分の命が優先だと納得させ、走ろうとしたときには遅かった。
一歩を踏み出そうとしたときに、左足が急に熱くなった。
おそるおそる左足に視線を向けた。
嫌な汗を流しつつも見た左足の太ももから最初に注目したのは、赤色だった。
赤い……ただ赤い……
赤の濃さに驚いたが、次に視界にいれてしまったものは、生き物が放っただろう矢尻だった。
矢が左足の太ももを貫通している……。
そのことに気付いた瞬間、
「ッ!」
痛みが全身を駆け巡った気がした。
だが、声は出せなかった。
豚主人に暴力を振るわれていたときに、痛みには慣れたからだ。
それでも、痛いことに変わりはない。
あまりの痛みに意識が落ちそうになる。
だが、ここで気を失うと殺される。
そう想像した僕は逃げようとした。
生きたかった。
まだ何も成し遂げていない。
せめて、あの豚主人を殺すまでは死ねない。
その想いだけで、僕は左足をかばいながら、右足を前へ出す。
「グギャギャギャ」
後ろから嘲笑うかのような声が聞こえる。
おそらく矢を射ってきた生き物の声だろう。
それでも僕は後ろを振り返らない。
「ギャッギャ」
ノロノロとした速度だが、いま出せる全力の力で走る。
その様が余程に滑稽なのだろう。
後ろから嘲笑するかのような声が聞こえる。
その声は、じわじわと近づいてくる。
すぐに僕との距離を詰めたり、矢を更に射ってこないのは、僕の逃げる様子を笑うためだろう。
悔しい……。
僕の心の中は、悔しさでいっぱいだった。
せっかく自由を得たと思ったのに、殺されると思うと、悔しさが溢れてくる。
それでも逃げる。
左足を引きずりながら逃げる。
どれだけ足を前に出しただろう。
僕の気のせいかもしれないが、かなりの距離を進んだはずだ。
逃げるのに必死だった。
だから、だろうか。
後ろからの気配がいつの間にか無くなっていたことに、気付かなかった。
限界に達した僕は、ついに足を止めてしまった。
だが、後ろから嘲笑の声が聞こえない事や矢が飛んでこない事に違和感を覚えて、後ろを振り返る。
振り返ると、あの生き物はいなかった。
それでも、油断できなかった僕は、生き物が追ってきていた方に身体を向け、じっくりと周囲を観察した。
あの生き物が追ってきていないな、と確認した。
「ふぅ」
確認したときに僕は短く息を吐いた。
その瞬間に足から力が抜けた。
そして、一度休憩のために、その場に腰を下ろそうとしたときだった。
「グギャ!」
「グギャ?」
僕が逃げていた方向から2つの声が聞こえてきた。
1つは獲物を見つけたことに喜びを感じたように、1つは何か疑問を感じたように、声を上げていた。
僕は後ろを振り返りたくなかったが、ゆっくりと身体を反転させてみた。
案の定、さっきまで追ってきていた生き物と瓜二つの生き物がいた。
拙い、死ぬ……
そう思った瞬間、前方の2匹に背を向け、逃げようとしたときだった。
「グギャギャギャ」
いなくなっていたはずのあの生き物が森から出てきた。
前方、後方、共に人型の生き物がいた。
前方は2匹。
後方は1匹。
もう逃げ場はなくなってしまった……。
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