第1話 初めて
評価を付けてくださった方がいました!
ありがとうございます!
本編を読んだ後に気が向いたら、ページ下部の評価をしてくれるとありがたいです!
ガタガタという音が聞こえる。
音に合わせて揺れを感じる。
それだけでは、今がどんな状況かは想像できない。
それでも、ここが僕の知っている奴隷たちの小屋でない事は、すぐに分かる。
どうなったのだろう。
とりあえず、身体の熱さや息苦しさはなくなっているから、風邪のようなものは治ったと思う。
さて、身体も動くのに問題も無いようだし、状況確認といきますか。
寝ている状態から身体を起こすと、周りには影が多く、暗かった。
光が強く射すほうへ向かう。外が見えるようだ。
そっと地面を見ると、地面がこれまで見たことのない速さで流れていくのが分かる。
ようやく意識がはっきりとしてくると、すぐ近くの音に注意がいく。
地面を蹴る音が人間のものではない。
これまで聞いてきた音に近いのは、馬だと思う。
つまり、今僕がいるのは、馬が引く何か。
ここまで状況が揃えば、馬車としか思えない。
幌がかかっていることから少し冷静になれば、すぐに馬車の中だとわかったはずなのに、すぐ理解できなかったのは、やはり冷静でなかったのだろう。
そうなれば、状況を教えてくれるだろう人がいる方、御者がいるだろう方へ近づく。
予想通り人の気配がする。
声をかけてみる。というか、そういう選択肢しかない。
「ぁの~」
どれだけ寝ていたか分からないが、全然声を出してなかったからか、かすれるようにしか声が出なかった。
だからだろうか。御者の方に声が届いていなかったようだ。
今度は、しっかり息を吸って、声をだす。
「あの!」
思ったより大きい声が出てしまった。
御者の人がビクッと体を震わす。
突然の大きな声に驚かせてしまったようだ。
「チッ、突然デケェ声出すんじゃねえ、ゴミが!」
「す、すいません」
容赦のない罵倒に反射的に謝ってしまう。
これまで生きてきて、下手に反論や口答えしても碌なことにならなかったからだろう。
とりあえず、どこに居て、どこに向かっているかを聞いてみる。
「あの、今どこに居るんですか? それとどこに向かっているんですか?」
「あ? チッ、めんどくせぇな」
とことん態度の悪い御者にこちらがイラつくが、おとなしく答えを待つ。
「はぁ。ここは森の近くの街道だ。お前のご主人さまが、お前を森の適当な場所に捨ててこいだとさ。だから、意識が戻ったんなら、さっさと降りろ。もうこれ以上、街道とはいえ、森の近くは進みたくねぇんだよ。いつ魔物が出るかわかったもんじゃねえ」
そう言うなり、御者は馬車を停めた。
「おい、降りろ」
さっきの言葉が頭の中で整理できずにいた僕は、ボーっとしていた。
だからだろう。
御者は馬車の荷台に乗ってきて、僕を蹴り落そうとする。
「……」
それでも僕は、動けずにいた。
徐々に苛立ちを増していく御者。
僕の主人に関係する人だろうから、僕はこの御者の人に興味が出ない。
この人の顔を見ているようで、見ていない。
僕は、ボーっとした表情で御者の人を眺める。
「チッ、気味わりぃな、コイツ」
一切、言葉に反応しない僕に御者は気味悪がっているようだ。
だが、御者も仕事とはいえ、森へ奴隷の僕を捨てなければならないのだ。
御者は、森から魔物が出てくるかもしれないという不安から焦りが生じていた。
「おい、降りろって言ってんだろうが!」
あまりにも気味が悪かったのだろう。
蹴り落そうとするのを止めて、言葉で従わせようとする。
それでも、僕は動かない。
僕の胸中では、ようやく先の言葉を理解できた。
あの豚主人は僕で散々遊んだ挙句に、風邪を引いて使い物にならなくなった僕を捨てたのだろう。
「ふふっ」
思わず笑いがこぼれてしまう。
虐げられてきて、壊れたら捨てられる。
僕の価値は、その程度だったのだろう。
その価値の低さに笑ってしまう。
同時に、僕は自由を手に入れることが出来るというのも理解していた。幸せなんてものを分からない僕が、幸せを掴む努力をする権利を得たのだ。
もう笑うほかない。
自分自身の価値のなさに、ようやく自由を得て、幸せを掴む努力をする権利を得たことに。
虚しさと喜びの二つから、笑いが止まらなくなった。
「ふふっ、あははははははははははっ」
笑っている僕を見て、御者の男は驚いたような反応をしているようだ。
その反応は当たり前だろう。なにも反応しなかった奴隷の男が突然笑い出したのだから、気が狂ったと思っても仕方がない。
だが、僕はどこまでも冷静だった。
この場をどのように凌ぐかを考えていた。
笑いは止まらないが、生き残るためには知恵を絞らなければならない。
まず、この御者をどうするか。
御者自身に興味はないが、馬は欲しい。
屋敷にいたころに馬と遊んでいたから、ある程度は馬に乗れる。細かな制御はできないだろうが。
御者をそのまま屋敷に返すと、馬もなくなる。
なら、やることは一つ。
この野郎を殺してでも馬を奪う。
方針が決まったら、即行動する。
ちんたらして魔物に遭遇すると、命はないからだ。
「ねぇ、おじさん」
「な、なんだ?」
僕は浮かんでいた笑いを殺し、御者に声をかける。
御者は、声をかけられたことにビビっているようだ。
「あそこの木の奥に何かいたよ?」
人が通るために作られた街道でも、道を外れれば木や草が生えている。まさに森と言った感じで視界に映るものが青々としている。
御者は僕を捨てようとしていたので、街道からは少しばかり逸れている。
そんな中での僕の言葉。
御者はひどく魔物を気にしているようだから、僕の言葉に反応すると思っていた。
「ど、どこだ?!」
僕の予想通りに御者は反応してくれた。
御者が僕から目線を外した隙に、御者が転がるように足をかけて思いっきり押し倒した。
バタンッと思いの外、大きな音が響く。
「いッ」
御者が痛みで息を漏らす。
押し倒す程度では、木材でできている床の所為で気を失うほどのダメージは与えられない。
だから、僕はマウントをとり、御者の後頭部をめがけて拳を振り下ろした。
ゴンッ、と思っているよりも大きく鈍い音が出る。
それでも、手を緩めることなく拳を振り下ろし続ける。
しばらく殴り続け、御者の反応が薄くなり気を失ったのを確認すると、御者を馬車から降ろした。
でも、僕はそれで終わるつもりはなかった。
心の中で渦巻く怒りが再燃した。
人を初めて本気で殴った。その行為自体が豚主人を思い出させたからだろう。
だから、僕は……
俺は、御者を殺すと決めた。
その決定に覚悟が出来てない僕は、前の夢に出会った彼の口調を真似る。
僕という一人称を、意識的に俺という一人称に変える。
それだけで怒りが増した気がした。
夢の中の彼を本気で信じていたわけではないが、この怒りが消えなくなったとき、僕は僕じゃなくなるような気がした。
そんな心の状態に不安を覚えつつ、御者を処理し始めた。
御者を仰向けに転がし、腹と首を攻撃できるようにする。
そして、無防備になった腹めがけて、足で踏み抜くつもりで俺は足を振り下ろした。
「ごふっ」
意識のない御者から血を吐く音が聞こえる。
あまりの衝撃に内蔵が傷つき、わずかな量の血が押し上げられたのだろう。
その途端に、僕は人を殺すことに恐怖を覚えた。
だが俺は怖がっている僕という人間を押し殺し、再度足を上げ、振り下ろした。
何度か同じ動作を繰り返し、御者の息がかなり細くなったのを確認した。
このまま放置してもいいかなと思ったが、より確実に御者を殺す為に、御者の首にも足を振り下ろした。
首を絞めたり、拳で殴らなかったのは、やはり人を痛めつけるという感触と行為自体が気持ち悪かったからだろう。
足にも感触が残っているが、手でやるよりかは幾分かマシだろうと俺が僕に言い聞かせた。
確実に殺したという実感から、怒りが引いていき、僕という意思が押し出される。
弱気というほどでもないが、暴力的なことを得意としない僕に戻った。
御者の死体を見たときに一瞬怖くなりかけたが、僕は魔物に遭遇したくないために、御者を街道から見えにくい場所に運び、馬車をそのままにして馬だけを奪い、その場から逃げ去った。
屋敷から来た道の反対を目指すように街道に沿い、馬を走らせていった。
豚主人を殺すときは、今回のことのように臆病にならずに、確実に仕留めることを誓って。




