もう一つの不安要素
ヴァリタスはダンジョンはかつて『対価と代償』の権能に奪われた世界の断片だということを承に話した。
「ただ、この宝物殿はちょっとばかり特別で、神の聖域が切り離された断片世界『魔狼の神域』だ。この断片世界は【魔狼憑依】のある世界へ現れる。つまり、この世界にこの宝物殿が現れたのは【魔狼憑依】がある必然的事実なのだ」
「・・・・・・そうか、つまり俺が外に出たからそれに反応してダンジョンが現れたという訳か」
承は自分が囚われていたダンジョンから脱出した事により、時差はあったがこのダンジョンが呼び出されたという事である。
「ちなみにこのダンジョンのボスは?」
「屈辱的な話し、この神域には入れたくない劣悪な怪物『ブタゴリラ』だ」
そのヴァリタスの発言で承は思わず吹き出しそうになる。
「どうした?『ブタゴリラ』がそんなに面白かったか?」
「いや、名前があまりにも直球過ぎてついな」
「まぁ、見たまんまの姿だ。豚のような頭と尻尾、体格はゴリラ、悪臭の屁をこいたり、ゲップをしたり、糞を投げつけて来たり、繁殖期になると我々同胞の女を襲いだす。我々の世界にいた最悪な害獣だ」
ヴァリタスはまさか神の領域にそんな害獣がいるのはたまったもんじゃなかった。
「奴等め、どこまで我々を侮辱すれば気が済むんだ」
この世界を作り変えたのが、権能ならこれもまた権能の仕業なのである。
「アレには善悪は存在しない、ただ秩序のために動いてるに過ぎないからな」
「確かにその通りなんだがな。アレは我々でも手を焼く獣叶うならば、正直戦いたくはない!」
「・・・・・・もしかして、それが理由でダンジョンクリアでの脱出が出来ないのか?」
「当たり前だ。キモい・汚い・臭いは我々にとっては最悪な『3K』なんだ!」
ヴァリタス達、スロープ族にとってこの三つはとても耐えられないもので、その三つを兼ね備えた『ブタゴリラ』は彼等にとって唯一の天敵だった。
「だから、オーバーフロウを狙ったわけだな」
「オーバーフロウ?」
「ダンジョンの外に魔力と怪物が溢れ出る現象の事だが、知らないわけではないだろ?」
「その現象は知っているが、狙って出せるもんじゃない。可能性があるならこの近辺の何処かにある宝物殿と連動してここの宝物殿の核が反応してる可能性があるな」
ヴァリタスはこのダンジョンではない別のダンジョンのダンジョンコアが要因になっていると告げる。
「連動してのオーバーフロウ・・・・・・そんなこと起こるのか?」
「滅多には起きない、起きても百年のうちに一回あるかないかくらいだったな」
ヴァリタスからするとかなり珍しい現象だという事が分かった。
「オーバーフロウとか言ったか・・・・・・その現象は狙っては起こせないと言ったが、オーバーフロウを早める方法は知っている」
「それを使えば狙って出せるんじゃないのか?」
「早めるとは言うがどれくらい早まるかも完全に予想が付かない。狙って出せる程の精度がないんだ」
ヴァリタスは、オーバーフロウを早めることは可能だが、あまりにも効果がバラバラで狙うにしても狙えないのである。
「で、その方法っていうのは?」
「魔結晶って知ってるか?」
「知ってるも何も一番オーソドックスなダンジョン資源じゃないか」
魔結晶はダンジョンで、取れる最もオーソドックスな資源で石油や石炭に変わる燃料として使われ日々研究されている。
「アレを一ヶ所の宝物殿に集めるとオーバーフロウが少し発生しやすくなるんだ。ダンジョン内の魔力濃度が上がるわけだからな」
「ダンジョンによってもオーバーフロウが発生する魔力濃度に偏りがあるから、効果にバラ付きがあるという訳か・・・・・・」
承はジョージが研究していた資料を見ていたのでその事を知っていた。
「それもあるが、魔結晶だけでは宝物殿内の魔力濃度はそうそう上がらない。そもそも、魔結晶自体は安定した魔力の塊だ。置いただけでは魔力濃度はそこまで上がらない。そこに魔結晶を唯一消化出来る怪物がいるとその怪物は余分な魔力は吐き出すから、魔結晶を一ヶ所に置くより効率良く、宝物殿の魔力濃度を高く出来るんだ」
ヴァリタスの言う怪物に心当たりがあったのか承は少し考える。
「まさか、スライムか!」
「そう、それだ。アイツらは魔結晶を消化できる唯一の怪物だからな」
「でも、あまり目撃例はこの世界では見ないぞ」
承はこの世界に戻って来てからスライムの情報はあまり見たことなかった。
「そりゃあ、あんな食いしん坊が大量にいた日には、一気にほとんどのダンジョン資源は食い荒らされてしまうだろ」
この世界のスライムは、魔力の塊なら見境なく喰らう暴食の化身のような存在なのだ。
「確かにアイツら弱点属性の魔法しか効かなかったな」
そして、スライムは切っても殴っても元に戻るため、物理的に倒すのは不可能である。
「つまり、話を戻すとダンジョンのオーバーフロウを発生させようとするなら大量の魔結晶とスライムのいるダンジョンが一番効率が良いというわけだな」
「そうだな。だが、それが出来るダンジョンがこの近くにあるのか?」
ヴァリタスは、地球という世界については全くの無知なので当然知らないのである。
「一ヶ所、その条件に該当するダンジョンがあった気がする」
承はこの周辺のダンジョンは特訓するのにいいダンジョンがないか調べてた時に見ていたのでその記憶を思い出す。
「奥多摩湖にある『濃霧水源』というダンジョンに水属性のスライムが出る・・・・・・だが、そんな情報は・・・・・・」
承は『濃霧湿原』がオーバーフロウが発生する可能性があるとは聞いていないのである。
「ちょっと、待って欲しい」
承はスマホで管理局に連絡を入れる。
「・・・・・・管理局東北支部雑務課副課長の宗像承だが、至急一つ確認して欲しい事があるんだ。・・・・・・奥多摩湖にある『濃霧水源』のダンジョンコアの状態を確認して欲しいんだ」
そのスマホをヴァリタスは興味津々で見ている。
「・・・・・・どうした?」
「いや、我々の世界にはそんな便利なものはなかったからな」
ヴァリタスは興味のないフリをしているが、尻尾が感情を隠しきれていなかった。
「うーーん?あれ?」
最初に起きたのは奏だった。
「ちょうどいい、奏起きたばかりで悪いが二人を回復してくれないか?」
承は奏に燐と須藤の回復を頼む。
「・・・・・・師匠、奏達負けたの?」
「いや、燐が勇敢に一撃入れた」
「結果的には勝ったけど、奏の気持ちとしては負けなんだよね」
奏は燐をぶつけられて気を失ったために素直に勝ったとは思えなかった。
「でも、奏はヒーラーだもん気を取り直してしっかり仕事するぞー」
奏は二人を回復し始める。
「・・・・・・アンゲロスのヘイローがあるが、アレはお主と同じ種族か?」
「まぁ、あんたらがスロープというなら俺達は人間もしくは人という種族だな。彼女は紛れもなく人間だ。とある事情であんたらがアンゲロスと呼ばれる者の円環を外せなくなってああなってる」
承は詳しい事情は長くなるから話さなかったが、簡単に説明はする。
「アンゲロスは【聖気】と【回復魔術】しかスキルがないという話しだからな」
「何となくそうではないかと思っていた」
承の記憶でも、族長を除くと【聖気】で生み出した武器を使った攻撃ばかりだった気がした。
「あのヘイローは【聖気】を制御し物質化する力を秘めたアンゲロスの秘匿中の秘匿の技術のはずだ。しかも、あの形は族長クラスじゃないか・・・・・・族長クラスのヘイローには特別な機能があることを知ってるか?」
「いや、悪いがアンゲロスはそこまで詳しくないんだ」
承達が天使と呼んでいた存在であるアンゲロスは、承を見るなり戦わずに逃げられる事が多かったので詳しくは知らないのである。
「族長のヘイローには溜めた魔力を一回分ストックする力があるんだ」
「そんな機能があったのは知らなかった」
「まぁ、普通は知らんよ」
ヴァリタスは戦いの中で違和感を感じ気付いた事なのである。
「なら、彼女ならこれがちょうどいいか?」
ヴァリタスは一つの神の言語を承に渡す。
「これは?」
「アンゲロス共が後生大事に持っていた奴を鬼面族が奪おうとしてたところを横から奪った奴だな。手癖が悪い奴が多くて困ったもんだ」
そのヴァリタスに困った様子がないのを見て、承は彼等の本来の力の使い方を理解した。
「あんたらが、神という存在はそういう事を嫌うから外に出たらやめた方がいいぞ」
「・・・・・・善処しよう」
承はこの答えでやめる気はないことを確信した。
「あんたらの言う鬼面族は確かに力はあって強いことは認めるが、あんたらは別の意味でしたたかだな」
承はスロープは強者の裏をかけるという時点で鬼面族とは別の意味で強いことを知った。
「それで、【言語理解】のスキルで神の言語の文字は読めるのか?」
「流石にこれは【言語理解】の対象外だ。だから我もこれが何かは分からん」
「だろうな」
ヴァリタスの【言語理解】のスキルでも神の言語は必ずしも読めるわけではなく対象外となってることは承は容易に想像できた。
「奏、この文字読めるか?」
「ちょっと待ってよ。師匠」
奏は承の元へやって来る。
「・・・・・・読めるけど、読んだら消えちゃうんだよね。一応、他のも見ていい?」
奏は承に説明されていたので読んだらスキルを修得して消える事を知っていた。
奏は一通り神の言語を見せてもらうと奏は最初の神の言語しか読めなかったため、最初のものにした。
「【従魔】」
そのスキルを口にすると同時に奏の肩に真っ白な小鳥が止まっている。
「・・・・・・初めて見るタイプのスキルだ」
ヴァリタスでさえ、奏が発現させたスキルは初めて見るものだった。
「か、可愛いー!!」
奏の肩に乗っていた小鳥は奏の周りを飛んでいる。
「奏ちゃん、僕を差し置いて先にスキル貰うなんて良い度胸してるね」
奏の背後から満身創痍だった、燐が現れる。
「奏は師匠に呼ばれただけだもん」
「はは、冗談だよ。さて、僕も一ついただいて良いんだよね」
「この中から一つ慎重に選ぶがいい」
燐は一つ一つ見た上で迷いなく一つ選んだ。
「君は僕に言った【剣術】だけでは勝てないと確かに【剣術】だけでは限界なんだろう。だから、僕はこれにしたよ。【射撃術】」
燐はかつて産廃と呼ばれていたスキルを選んだ。
「まさか、それを選ぶとはな。そのスキルは確かにお主の弱点を補って有り余るが、それでも足りんな。これはおまけだ。くれてやる」
「!!」
燐を認めたヴァリタスは【武術】の神の言語を渡す。
「いいのかい?」
「お主はその身に受けたはずだ複数のスキルの同時使用する攻撃を・・・・・・あとは、練習して自分なりのやり方を加えてやればいい」
「僕はこのスキルで更に強くなってみせるよ【武術】」
燐は【武術】のスキルを得て、更なる強さを手にした。
「さて、お主はこのお主達がダンジョンと呼ぶこの空間についてだったな」
須藤の報酬はダンジョンに関する事であり、それは須藤も想像を絶する内容だった。




