能力だけが実力ではない
ダンジョン内での、突然の奇襲を受けた承達一行は撤退を余儀なくされ、管理局が用意した宿泊施設の一室で話し合いが設けられた。
「あの時、一体何が起きたか分かってる事から話そう」
最初に口を開いたのは燐だった。
「見たことない怪物に襲われたという認識しかありませんね」
須藤自身も敵の姿が一瞬で消えたのではっきりとは覚えていない。
「そもそも、撤退とか意味分かんないし。奇襲受けたなら次から注意すればいいだけのことじゃないの?」
奏は危ない目にはあったが、撤退するに値しない事だと思っている。
「・・・・・・」
承は事が事だけに何から話せばいいか考えている。
「撤退する理由?それは本来なら君が一番自覚しないといけない事なんだけどね」
「だから、それの意味が分からないと言ってるの!」
燐と奏は言い合いになる。
「分からないなら、教えてあげるよ。あの時、君死んでたの分からない?」
「た、確かに危なかったけど助かってるからいいじゃない!次から注意すればいいだけで!そもそも、リーダーはあなたなのになんでそいつが撤退命令を下すのか意味分かんない。」
奏は承が勝手に決めた事にしようとしている。
「あの時の彼の判断は正しいから従った。それに理由を求めるのがそもそもの間違いだ。君は一つ勘違いをしているよ」
「な、なによ。奏は何も間違ってないんだけど!」
「まず確認しよう。君の役割はなんだ」
「ヒーラーに決まってるでしょ」
「本当にそう思ってるなら、あの時の判断に意義を唱えるのはナンセンスだと思うんだけどね」
燐にとってヒーラーの役割は一つしかない、だからこそ奏の言い分は理解出来なかった。
「ヒーラーってさ、基本的に一番敵に狙われにくいところにいるよね。それはどうしてか分かるかい?」
「攻撃手段が少ないのと狙われたらすぐにやられちゃうからでしょ、馬鹿にしてるの?」
奏は燐がヒーラーを馬鹿にしてると勘違いする。
「まぁ、強いていうなら、ヒーラーではなく、君が馬鹿なだけなんだけどね」
「奏が馬鹿なわけないじゃない!B級には充分上がれる実績だって本当はあるんだから」
「実績、実績言うが君はそこしか見てないようだ。今の話を聞いてて分かったよ。君がB級に上がれない理由がね」
C級までは実力で上がれるがそこから先は実績も必要になるのは潜行者なら誰でも知ってる常識である。
「まさか、実力が足りないと言いたいの!」
「ああ、実力だ。正確にはB級足る実力者が持たないとならない思考とその姿勢かな。君にはそれが感じられない」
「何よ!ヒーラーが何かも知らないくせに」
奏は実力不足を疑っていないので当然反発する。
「知ってるさ。君以上にはね。ヒーラーの役割は仲間の回復、それだけだ。むしろ、それさえ出来てればいい」
「そうよ。私はその上、バフも出来るから実力がないわけないじゃない」
「君に求められるのはそこじゃない」
「それ以外、何をヒーラーに求めるのよ!」
ヒーラーに回復しか求めないなら、他に求められるものがなんなのか奏は知らない。
「仲間へのリスペクト、それだけだ。ヒーラーの仕事なんてなければない方が、本来はいいんだ。それだけ安定した戦いが出来てる証明だからね。でも、いざと言う時の為に入れておくそれがヒーラーだ。基本的に前線には近距離のアタッカーやタンクが戦うが、ヒーラーは被害が出るまで後方待機、前線で戦う者からしてみれば、楽で安全な仕事としか見られないんだよ」
「ッ!!」
ヒーラーにとって一番痛い正論、それが安全圏で楽してると特に前線で戦うアタッカーは誰しも思ってる事だが、言わない者が一般的なのだ。
ヒーラーに火力を求める者も中にはいるが少数派である。
回復魔法により前線維持、立ち直しさせる事がヒーラーの役割なのだ。
「ヒーラーに求められるもの、それはパーティとの信頼関係、それが一番求められるのがヒーラーだ。アタッカーやタンクは主に個の能力によって評価される。だが、サポーターやヒーラーは集団での生存力と継戦能力が評価基準とされている。生存力は何も回復魔法だけの事だけではない、的確な判断力も当然求められるんだ」
実際、燐の言う通りの話しでアタッカーとタンクは主に個の能力が評価されるのに対しサポーターやヒーラーの評価基準はアタッカーやタンクに比べて評価基準が個人ではなく集団での評価基準となる為、ランクが上がりにくい要因の一つになっている。
「ヒーラーはサポーターよりも役目が少ない、だからこそ組んだ仲間はリスペクトしないといけないんだ。君にとって一番分かりやすい、一つ残酷な話しをしよう」
「な、何よ」
奏は燐に対して反発する気は既になかった。
「君の判断ミスで前線が壊滅したら、君はどうなるか分かるかい?それを考えた上でもう一度ダンジョン内での君の言動を考えてみなよ」
「!!」
前線の壊滅は即ち、全滅を意味している。
そもそも、前線で戦う力がなくなればアタッカーやタンクより力が劣るサポーターやヒーラーが殺されるのは当然の事なのである。
特にヒーラーは前線維持の管理をする為、特に判断力を求められるとも言われる。
暇な時は本当に暇だが、忙しくなると一番忙しいのがヒーラーというポジションなのだ。
「ごめんなさい。奏の判断が軽率だったわ」
「別に君の意見を否定したい訳じゃない。僕達が倒されれば必然的に君も死ぬ。その甘い認識を改めて欲しかっただけさ。正しい判断なら立場関係なく賛成する。今回の承さんのようにね」
燐は最近死ぬような思いをしたので奏にそうならないように注意したのである。
「それに君は昇級の評価を気にしたんだろうけど撤退したところで一度や二度くらいなら評価が下がる事はないから安心していい。それで死んだら元も子もないと思わないかい?」
「え?そうだったの?奏はてっきり」
奏はB級に上がれないのを気にしていたので評価を当然気にしていた。
「悪いね。僕らばかり話して、それじゃあ今後の対策を考えよう」
燐はダンジョンに現れた怪物の対策をどうするか話し合いを開始する。
「と、言う前にあの判断の早さ、君は知ってるんだろ?あいつらのことをさ」
燐はあの対応力の高さと判断力の早さから、承が相手の正体を知っていると判断した。
「え?どういう事?先遣隊以外は誰も入ってないんじゃなかったの?」
奏は何故、敵の正体を承が知ってるのか意味が分からなかった。
「承さんが知ってるという事はつまり・・・・・・」
事情を知ってる須藤は何かを察したようだった。
「・・・・・・俺もまさかこんな所であいつらに会うと思わなかったから正直驚いたのと同時に何故、先遣隊が戻って来なかったのかが納得できてしまってな」
「やっぱり、君は知ってたんだね。ああ、だからあの時何か言おうとしたのか」
承が話そうとした時に、人型の獣が襲いかかって来たのだ。
「そうだ、あいつらは俺が知る中で最も厄介な連中だ。俺達はあいつらを便宜上獣人と呼んでいた」
承が獣人と呼ぶ存在は、ダンジョンに囚われた時に遭遇し、最も苦しめられた相手である。
「やっぱり、そうでしたか」
「奏は分からないんだけど」
事情を知る須藤は分かったが、奏は事情を知らないので理解出来なかった。
「アイツらはデフォルトで【隠密】とスキル名は分からないが、影の中で姿を消すスキルを所有している。最初、奇襲で気付かなかったのはこのデフォルトで付いてるスキルが大きい」
承は過去の経験からこの二つのスキルは獣人に備わってるのが当然だと判断している。
「随分と厄介だが、君がそこまで言うには他にあるんだろう?おそらくそれが撤退を判断した理由かな?」
燐はそれ以上に厄介な何かがあると予測した。
「獣人は遠吠えで仲間を呼ぶ上に臭いを記憶し追尾して来る。仲間を呼ばれ臭いを記憶されたら常に奴等の奇襲に注意しなくちゃいけなくなる。これが撤退を判断した理由だ」
「確かにそれは厄介だな。【隠密】だけなら姿を捉えれば何とか出来るけど、影が多いあの場所じゃ対策が難しいね。君が一瞬で片付けたのは遠吠えで仲間を呼ばせないようにする為だったんだね」
「確かに常にアレに狙われる状態というのは精神的にもきつそうですからね」
須藤の言ってる事も正しく、精神的に削るという事も獣人達は考えている。
「え?獣人?姿を消す?遠吠えで仲間を呼ぶ?それ、どこにあるソース?」
奏は一人理解出来ない状態だった。
「流石に仲間外れみたいで可哀想だな。信じられなかったら信じなくていい。それで信じなくても俺はあんたを責めはしない。逆の立場なら俺も信じられないからな」
承は流石に話について来れない奏が可哀想になり自分の身に何があって何を経験したか話した。
「・・・・・・信じるも信じないも情報量が多すぎて記憶しきれないよ。つまり、あの獣人って奴の他にも人のような知能を持つ奴がいてその中でも特に厄介なのが今回、奏達を襲って来た怪物って事でいいのかな?」
奏はとりあえず今は信じる事にし、頭の中で情報を整理している。
「そういう認識でいい。はっきり言って、現状で獣人への対策はないと言っていい」
「はっきりと言い切るね。でもその言い方だと現状はないだけで今後はあるんだね」
「あるにはあるが、ここにいられる期限である一ヶ月ギリギリになるぞ」
承は獣人に対する対策は知っているが、その方法が一朝一夕で出来るものではない事も知っている。
「有るんだね。それを教えてくれないかい?」
「・・・・・・奏だったか?姿が見えない相手が【隠密】を使った場合どうすればいいか分かるか?」
「なんで、奏なの!?それが分からないから話し合ってるんじゃない」
奏はその答えを当然知らない。
「【感知】を使うという手があるが相手のスキル以上の成長度の【感知】が求められる。それが出来てやっとイーブンだ。いつでも、俺が助けられる訳じゃないからな」
承は出来る限りなら自分の身は自分で守って欲しいのである。
「だから、一ヶ月ギリギリという訳か、確かにあの奇襲を何とか出来ないと進めないからね」
燐にとっても獣人がやって来る奇襲は厄介なのである。
「いや、あいつらに対応出来たあんたはその先に挑戦してもらう」
「その先?」
燐は承の言ってる意味が分からない。
「明日から、二人には【感知】の特訓を開始する。燐さん、あんたには【感知】のもう一つの使い方を教えよう」
「へぇ、それは僕が更に強くなるって事だよね。凄くワクワクするよ」
燐は以前とは違い潤と一緒に最強を目指すことを目標としている為、とりあえず強い奴と戦うという考えはほとんどなくなっている。
「【感知】ほとんど使って来てないよ。だって、ゴミスキルだったじゃん!神スキルって知ったの結構最近なんだよ」
奏は真那華の配信は見てないが、情報は流れてくるので最近になって便利だと気付いたのだ。
「今の練度でも【感知】出来ないってなかなか厳しい相手みたいですね」
須藤はそれなりに【感知】は使えていたと思っていた。
そして、約一ヶ月に渡る特訓が開始された。
承と真那華のチャットにて
承:真那華、まだ起きてるか?
真:兄ぃ、どうしたん?
承:獣人が現れた。
真:それマジで言ってる?他の国は分からないけど、そいつらに対応できるのって兄ぃかウチぐらいしかいないでしょ。
承:やはり、一ヶ月程度じゃ時間が足りないよな。
真:そもそも、付け焼き刃の【感知】程度でどうにか出来る相手じゃないのは兄ぃが一番分かってるでしょ。だって獣人と最も戦ってたのって兄ぃじゃん。
承:厄介な相手だが特訓するには丁度良かったんだよな。
真:はっきり言って獣人ごとき兄ぃ一人で充分じゃないかな。なんで、一人で狩ろうとしないの?
承:あの世界は俺と真那華しかいなかった。だが、この世界は俺達だけじゃない。だからこそ、一人一人戦える力は身に付けるべきだと思うんだ。
真:でもさ、獣人って嗅覚が良いからそれを逆に利用出来ると思わない?
承:そうか、その手があったか盲点だった。
真:でしょ、ウチってば天才だからね。
承:何度も言われなくても俺はそれを疑った事はないんだがな。
真:えへへ、頑張ってきてね。兄ぃ
真那華が承に与えたヒントはこの任務をかなり有利に進めるものであった。




