第5話 壊れる新人
「すみませんでした……」
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詰所で、新人看護師が頭を下げていた。
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私より二ヶ月ほど遅れて入った新人、村井だった。
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プリセプターは相沢。
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相沢は、頭を下げる村井をしばらく見つめていた。
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冷たい目だった。
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「入ったばかりだからね」
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静かな声だった。
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「気にしなくていいよ」
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けれど、その声に優しさはなかった。
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「でもね、薬を直接飲ませた人が責任を持たないといけないんだよ」
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「だから、今回はアクシデントレポートを書いてもらうね」
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「書き方は教えるから」
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「はい……本当にすみませんでした」
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「次から確認します」
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村井は震える声で答えた。
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「確認します、ねえ」
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相沢は小さく笑った。
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「ちなみに、この薬の中身、全部説明できる?」
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「いえ……まだ入ったばかりで……」
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「それ、言い訳だよね?」
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空気が変わった。
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「あなた、自分が分からない薬を渡されたら、そのまま飲むの?」
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「飲まないでしょ?」
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「患者さんも同じだよ」
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「聞かれて答えられないなんて、不安でしかない」
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「薬の内容を把握しておくのは、看護師として当たり前のことでしょ」
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相沢の口調は、どんどん強くなっていった。
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村井は何も言えなくなっていた。
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私は、たまらず口を開いた。
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「でも、ダブルチェックですよね」
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「もう一人にも責任はあるんじゃないですか」
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相沢がこちらを見た。
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冷たい目だった。
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「そんなこと分かってる」
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「その人にもインシデントは出してもらうよ」
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「状況も分からないのに口を出さないで」
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そのときだった。
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「相沢さん、もういいでしょう」
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白石だった。
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「村井さんも反省している」
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「アクシデントレポートも書く」
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「後は先生への報告と、患者さんの状態確認だね」
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「家族への説明は済んだの?」
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「先生への報告は済んでます」
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「対処も、経過観察でいいと言われています」
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相沢はすぐに答えた。
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「なんだ、軽い薬なんだ」
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白石はそう言って、小さく頷いた。
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「それなら家族への連絡は必要ないかな」
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「えっ」
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相沢が顔を上げた。
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「誤薬なんですから、家族には伝えた方がいいんじゃないですか?」
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白石は相沢を見た。
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「相沢さん」
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「君は少し、ルールに固執しすぎてる」
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「もちろん、報告は大事だ」
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「でもね、家族のことも考えないといけない」
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「この家族は、少し神経質なところがある」
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「何も問題が起きていないのに、こちらから火種を作る必要はない」
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「患者さんの状態が悪くなるなら、もちろん報告する」
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「でも、今はその段階じゃない」
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「私はそう考えてる」
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「……間違ってると思う?」
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相沢は答えなかった。
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「先生への説明は、私が責任を持ってやるから」
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「心配しなくていい」
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「……分かりました」
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相沢は納得していない顔だった。
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不満そうに、その場を離れていく。
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その背中を見ながら、
私は思った。
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相沢は、人を許さない。
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相手が弱っているときほど、
追い込む。
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次の日。
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村井は来なかった。
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体調不良で、
しばらく休職するらしかった。
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村井の机の上には、
名札だけが残されていた。
「壊れるのは患者だけではありません。」




