第4話 白天使
師長室に呼ばれた。
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「前にプリセプターの話をしたよね」
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師長は書類を見ながら続けた。
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「君の病棟にも長く勤めている人はいるけど、教育を任せるなら白石さんが一番だと思ってね」
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「だから、病棟異動をお願いした」
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「私がですか?」
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「いや、君じゃないよ」
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師長は少し笑った。
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「白石さんに閉鎖病棟へ来てもらうことにした」
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「君との相性もいいと思う」
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「挨拶は、異動してきたときでいいかな」
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「はい、分かりました」
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詰所に戻ると、
また相沢が近づいてきた。
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私は聞かれる前に言った。
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「プリセプターは白石さんに決まりました」
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一瞬だけ、
相沢の表情が止まった。
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けれど、すぐに笑顔に戻る。
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「ああ、そうなんだ」
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「よかったね」
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それだけ言って、
相沢はその場を離れた。
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あっさりしすぎていた。
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何だろう、この胸騒ぎは。
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何かを仕掛けてくるのか。
それとも、相手が白石というベテランだから、
警戒しているのか。
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分からない。
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けれど、
相沢が何かを考えていることだけは分かった。
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それから数日後、
白石が閉鎖病棟へ異動してきた。
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「今日から神谷くんのプリセプターとして入る白石さんです」
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師長が詰所で紹介する。
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「知っている人も多いと思うけど、白石さんは四十年近く勤めている定年目前の大ベテランです」
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「みんな、気を引き締めて業務に当たるように」
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「定年目前は余計ですよ」
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白石は穏やかに笑った。
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「みなさん、よろしくお願いします」
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詰所の空気が少し和らいだ。
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「白石さん、神谷です。よろしくお願いします」
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深く頭を下げる。
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「そんなにかしこまらなくていいよ」
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「先輩も後輩も、同じ看護師なんだから」
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「それに、閉鎖病棟は久しぶりだから、逆に色々教えてね」
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穏やかな口調だった。
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閉鎖病棟に入ると、
多くの患者が白石に気づいた。
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「白石さん、久しぶり」
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「元気だった?」
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「戻ってきたんだ」
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次々と声が飛ぶ。
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相沢のときとは違った。
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病棟の空気そのものが、
少し柔らかくなった気がした。
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そのときだった。
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病棟の奥から怒鳴り声が聞こえた。
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患者同士が口論になっていた。
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私が止めに入ろうとすると、
白石が手で制した。
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「大丈夫」
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そう言って、一人で二人の間に入る。
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二人は白石に気づくと、
自分に非はないと一斉に言い始めた。
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白石は、静かに二人を見た。
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「今から一人ずつ話を聞くから」
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「まず、斉藤さん」
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「こちらに来てください」
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「中村さんは、ベッドのところで待っていてください」
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「ちゃんと後で話を聞くから」
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驚くことに、
それまで興奮していた二人は、
白石の言葉に従った。
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白石は、それぞれの話を丁寧に聞いた。
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最後には、
二人に握手までさせていた。
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「悪かった」
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「こっちこそ」
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そう言って、
二人は元の場所へ戻っていく。
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私は、その光景を見ていた。
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こんな関わり方もあるのか。
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そう思った。
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白石は、こちらを見た。
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「薬に頼るだけが看護じゃないよ」
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まるで、
私の考えていたことを見透かしているようだった。
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その場には、
怒鳴り声も、
注射も、
保護室も必要なかった。
「白石の存在が、神谷にとって唯一の救いでした。」




