第2話 評判の良い看護師
「今日は初日だから、私についてきて」
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相沢は歩きながら言った。
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「一日の流れを覚えてね」
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「業務内容はプリントに書いてあるけど、病室では見ないように」
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「患者さんは、よく見てるから」
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私は頷きながら後をついていく。
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「新人だからって、なめてくる患者さんもいる」
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「だから、個人情報は教えないこと」
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「後で大変なことになるかもしれないから」
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「それと、患者さんに背を向けない」
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相沢は振り返らずに続けた。
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「妄想や幻覚で混乱して、急に手が出ることがあるから」
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「背中を向けていたら、反応できない」
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「あと、患者さんに何か頼まれても、安請け合いしないこと」
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「必ず確認しますって伝えて」
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「理由は、そのうち分かるから」
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相沢は少し笑った。
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「ごめんね。注意ばっかりで」
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「でも、全部大事なんだよ」
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「患者さんによっては、いつ何を言われたかまで覚えてるから」
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「些細なことが、その後の看護に響くこともある」
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「だから最初が肝心」
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そこで相沢は一度こちらを見た。
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「大丈夫。神谷さんは大人しそうだし、患者受けはいいと思う」
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「でも――」
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そこで言葉が止まった。
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「時間がないね。患者さん、時間にはすごくうるさいから」
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そう言って、病室の扉を開けた。
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「おはようございます」
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相沢は明るい声を出した。
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「今日からここでお世話になる神谷さんです。よろしくお願いします」
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病室の中は静かだった。
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視線だけが、こちらに集まる。
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相沢は軽く私の肩を叩いた。
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「自己紹介して」
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「神谷です。今日からよろしくお願いします」
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返事はなかった。
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数人がこちらを見ているだけだった。
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「まあ、最初はみんなこんな感じだから」
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相沢は気にした様子もなく、検温を始めた。
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「今から体温測りますね」
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一人ずつ、手際よく回っていく。
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患者との会話も、自然だった。
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「私も手伝いましょうか?」
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「いいよ。今日は病棟の雰囲気を見るだけで十分」
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「明日からやってもらうから」
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「分かりました」
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私は少し離れた場所で、その様子を見ていた。
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効率がよかった。
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患者とのやり取りも無駄がない。
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そのとき、一人の患者が険しい顔で言った。
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「イライラしてきた。薬ほしい」
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相沢はすぐに患者の前にしゃがんだ。
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「またイライラしてきたんですね」
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「何かあったんですか?」
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「分からない。でも落ち着かない」
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「そうなんですね」
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「すぐ準備するので、ベッドで待っていてくださいね」
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相沢はすぐに携帯を取り出した。
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「岡田さん、不穏だから。いつものコントミンお願い」
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数分後、岡田が薬を持ってきた。
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ダブルチェック。
服薬確認。
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流れるような動きだった。
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「ありがとう」
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患者は小さく笑った。
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「相沢さんは、すぐ対応してくれるから助かる」
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「いいんですよ」
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「また調子が悪くなったら言ってくださいね」
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完璧な対応だった。
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けれど――
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患者が背を向けた瞬間、
相沢の表情が消えた。
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ほんの数秒だった。
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笑顔も、優しさもない。
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ただ、冷めた目で患者の背中を見ていた。
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私は、その視線に違和感を覚えた。
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本心ではない。
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ただ、仕事としてやっているだけ。
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そこに、
患者を助けたいという感情は感じられなかった。
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その目は、患者ではなく、
“面倒なもの”を見る目だった。
「“優しい人”ほど、見抜きにくいことがあります。」




