第8話 王と法の下に
王城から呼び出しが来て、俺は王都に来ている。
通されたのは謁見の間じゃなくて、奥にある小さな会議室だ。長いテーブルの上座に王が座っていて、その横に宰相が控えている。
片側には、ベルンハルト伯爵。俺の顔を見るなり、鼻で笑った。息子の首を放っておいてるくせに、よくそんな顔ができるもんだ。
もう一人、北部の大貴族のニールド侯爵が「中立の立会人」という名目で座っている。中立ってことになってるけど、北部は王家派で固まってるから、実際は王家の側の人間だ。
要するに、この部屋に俺の味方は一人もいない。分かってて呼んだんだろうな。
宰相が書状を広げて、もったいぶった声で読み上げる。
「ヴォート家の家督相続は、これを認める。ベルンハルト伯爵家は、ヴォート領へ軍を進めたことを謝罪する。ヴォート家はアレキサンドル殿の首を返還し、伯爵家に謝罪のうえ、賠償金を支払うこと。その後ヴォート家はベルンハルト伯爵派閥を離れ、ニールド侯爵家の寄子となること。以上である」
聞いてて、笑いそうになる。
伯爵が謝るのは一言だけで、こっちは首も返して、頭も下げて、金まで払えってことか。おまけに派閥を移らせて、ニールド侯爵って首輪をつける。
伯爵派閥の力は削いでおきたいけど、生意気な男爵も野放しにはしたくない。王城の考えが、手に取るように分かる。前世で何度も見た、偉い人同士の手打ちってやつだ。下っ端だけが損をする。
伯爵が、わざとらしくため息をついた。
「……王のお言葉ですから、致し方ありませんな」
謝る側のくせに、恩を着せるような言い方だ。
部屋の全員が、俺も頭を下げると思ってる顔をしている。宰相なんか、もう次の書類に手を伸ばしてる。
俺は背筋を伸ばして、貴族らしい顔を作った。
「お受けする気はありませんな」
部屋が静まり返る。
王が目を細めて、じっと俺を見る。宰相は真っ赤になって立ち上がった。
「王の御前であるぞ!」
「存じております。ですから申し上げるのです」
俺は座ったまま、王の顔をまっすぐ見る。
「我らが忠誠を誓ったのは、王と法の下にあるこの国です。法を破った臣を処分せず、ほかの臣に法を曲げて受け入れろとおっしゃるなら、それはこの国が約束をたがえたということではありませんか?」
伯爵が、机を叩いて怒鳴った。
「王命は法より優先されるのだ!」
「それは国家の大事、この国の貴族や民に危険が迫ったときの話でしょう」
俺は伯爵のほうを見もしないで続ける。
「平時に一部の高位貴族のため、王命で法を曲げるとおっしゃるなら、それはもう国を私しているのと同じです。王よ、あなたは国を憂う方ですか。それとも、国を私する方ですか。お聞かせいただきたい」
誰も、何も言わなくなる。
宰相は口を開けたまま固まってるし、伯爵は顔を真っ赤にして震えている。王は、ずっと黙ったままだ。
頭の中では、不敬だと言うならやってみろ、と思ってる。
ここで俺を罰したら、王は自分で「法より自分が上だ」と認めることになる。王と法の下に忠誠を誓った貴族全員に、お前らとの約束は守らないと言うのと同じだ。王都では吟遊詩人たちが、もう「法を守った若き当主」の歌を歌ってる。その当主を王城で捕まえたら、どうなるかくらいは分かるだろ。
長い沈黙のあと、王がようやく口を開いた。
「……宰相。案を改めよ」
それで、全部ひっくり返った。
ヴォート家の家督は、そのまま認められる。伯爵家は軍を進めたことを謝罪して、賠償金を払う。伯爵本人は蟄居。寄子の話は、いつの間にか消えてる。結局ヴォート家は、どこの派閥にも属さないってことになるらしい。首の話は、もう誰も口にしなかった。
部屋を出るとき、背中に視線を感じた。
振り返らなくても分かる。王と宰相が、じっと俺を見ている。あれは、憎んでる目だ。正論で王の面子を潰したんだから、まあそうなるよな。
ちらっと横を見ると、ニールド侯爵だけが、面白い見世物でも見たような顔で口の端を上げていた。
あの人だけは、ちょっと読めないな。
王城を出てから、宿に戻る道すがら考える。
あれだけ王の面子を潰したら、ただで帰してもらえるとは思えない。表立って罰せないなら、裏で消すしかない。俺が王城の人間なら、そうする。
だから宿に戻るとすぐ、アーサーを呼んだ。
「今夜、ここに客が来るかもしれない。お前と御者は、別の宿に移ってくれ」
「シンクレア様は」
「俺はここに残る。宿の主人と使用人にも、金を渡して今夜だけ出ていってもらう」
「お一人で、でございますか」
「一人のほうが動きやすいんだよ。誰かを巻き込まないように気を使いながらやるのは、正直しんどい」
「……くれぐれも、お気をつけて」
アーサーは何か言いたそうな顔をしたけど、結局、黙って頭を下げた。最近、こいつの胃薬の量がまた増えた気がする。
宿の主人は、金袋を渡すと事情も聞かずに出ていった。王都で宿をやってると、聞かないほうがいいことも多いんだろう。
俺は二階の客室には上がらずに、一階の食堂を見回した。寝る場所は、もう決めてある。
♦
翌朝、宿の前には、首が十個並んでいる。
その後ろの宿は、一階の半分が吹き飛んでいた。窓も扉もなくなって、焼けた梁がむき出しになってる。
俺は宿の前の木箱に座って、自分の左腕に添え木を当てている。折れた腕に板を当てて、口で布を引っぱって縛るのは、思ってたよりずっと痛い。
「くっそ、いってえ……」
そこへ、衛兵の一団が駆けてきた。今ごろになって来たのか。
夜中に宿の一階が吹き飛ぶような爆発があったのに、昨夜は誰も来なかった。王都の衛兵が、そんな音を聞き逃すはずがない。つまり、来るなと言われてたんだろうな。
隊長らしい男が、並んだ首と俺の顔を見比べて、真っ青になる。
「こ、これは……」
「昨夜、賊に襲われましてね」
俺は添え木の布をきつく縛りながら、貴族の顔で笑ってやる。
「どうやら王城には、器の小さな方しかいない様で」
隊長は何も言い返せないまま、黙って部下に首を片付けさせ始めた。
俺は懐から金袋を出して、戻ってきた宿の主人に渡す。
「修理代だ。足りなかったら、ヴォート家に請求してくれ」
主人は袋の重さに目を丸くして、それから壊れた宿を見上げて、何とも言えない顔をしていた。
アーサーが綺麗な姿勢のまま全力で走ってくる。
すげえなあ、家令ってあんなことできるんだ。
俺は、ちょっと可笑しくなって空を見あげた。
うん、今日はいい天気だな。
ザマア見ろ。お前らの思い通りになんかなるか!
俺は右手の中指を王城に突き立てた。
♦
前日の夜更け、宿の裏口から、黒い服の男たちが音もなく入り込んだ。数は十人。顔を布で隠して強盗に見せかけているが、足運びも合図の出し方も、きちんと訓練を受けた者のものだった。正体は、王都の騎士たちだ。
先頭の男が扉を押した瞬間、がしゃん、と派手な音が響いた。扉の裏に積み上げてあった食器が、崩れて床に散らばったのだ。
男たちは一瞬だけ足を止め、すぐに動き出した。誰も起きてこないのを確かめると、二人ずつ組になって、二階の客室へ続く階段を上がっていく。
食堂のカウンターの中で、シンは目を開けていた。
最初から、ここで寝ていたのだ。客室に寝ていれば、袋の鼠になる。だから一階の、一番目立たない場所を選んだ。食器はただの呼び鈴代わりだった。
シンはカウンターの陰から、階段を上がっていく騎士たちの背中を見る。距離は十メートル以内。
一番後ろの騎士の胸に、指先ほどの土を出す。騎士は声も出さずに膝をつき、そのまま崩れた。前を歩く騎士は気づかない。
次の騎士の頭の中で、ドライヤーほどの風を回す。それだけで、男は糸が切れたように倒れた。
一人、また一人と、後ろから順番に数が減っていく。
二階の廊下で客室の扉を一つずつ開けていた騎士たちが、ようやく異変に気づいたのは、六人目が倒れたあとだった。
「……おい、後ろの連中はどうした」
振り返った騎士たちの前に、階段の下から、寝間着姿のシンが姿を現した。
「どうも。探してるのは、俺かな」
騎士たちの中で、一番背の高い男が一歩前に出た。この男が隊長格らしい。布の隙間からのぞく目が、床に転がった仲間の死体と、シンの顔を順番に見た。
「……魔法か。無能と聞いていたが」
「よく言われるよ」
シンは肩をすくめた。
残りは四人。四人とも、階段の上と下に分かれている。全員が十メートル以内にいる。シンは、片付けるのは時間の問題だと思っていた。
隊長格の男が、短く手を振った。合図はそれだけだった。
しかし騎士たちは、動揺もしなかった。仲間の死体を見ても、顔色一つ変えない。四人が同時に剣を抜き、階段を駆け下りて、まっすぐシンに斬りかかってきた。思っていたよりずっと速い。
シンはとっさに、目の前に土の壁を出した。剣が壁に食い込んで、土がはじける。だが騎士たちは止まらない。一人が壁を蹴って崩し、残りの三人が壁の左右から回り込んでくる。
土を心臓に出そうにも、相手が速すぎて狙いが定まらない。四人同時に動かれると、一人に気を取られた瞬間に、別の一人の剣が届く。射程十メートルは、相手が走れば一瞬で詰められる距離だった。
焦ったシンは、考えるより先に爆鳴気を出していた。
爆鳴気は水を分解したものだから、水魔法の扱いになる。シンはこの半年で、火魔法を使わずに爆鳴気を押し込めて、その熱で火をつけるやり方を身につけていた。いわゆる圧縮断熱だ。
ただ、今回は焦っていた。出した量が多すぎた上に、加減もしないまま押し込めてしまったのだ。
まずい、と思ったときには遅かった。シンは慌てて爆鳴気を消したが、全部は消しきれなかった。
轟音とともに、食堂が吹き飛んだ。
土の壁ごと吹き飛ばされたシンは、カウンターに叩きつけられて床に転がった。左腕が、おかしな方向に曲がっている。
「……っ、いってえ……」
煙の向こうで、騎士たちがうめいている。四人とも吹き飛ばされていたが、まだ生きていた。一人が、剣を杖にして立ち上がろうとしている。
シンは折れた左腕を押さえながら、壁伝いに後ずさった。十メートル近く距離を取ってから、ようやく息をつく。
「……騎士舐めてたわ。次からは、もっとうまくやろう」
そうつぶやいて、シンは騎士たちの肺の中に、水を出した。
四人分の、ごぼりという音が、壊れた食堂に響いた。
それからシンは、右手だけで剣を拾い、十人分の首を落としていった。夜明けまでに、宿の前に並べておくために。
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