↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/33

第8話 王と法の下に

王城から呼び出しが来て、俺は王都に来ている。


通されたのは謁見の間じゃなくて、奥にある小さな会議室だ。長いテーブルの上座に王が座っていて、その横に宰相が控えている。


片側には、ベルンハルト伯爵。俺の顔を見るなり、鼻で笑った。息子の首を放っておいてるくせに、よくそんな顔ができるもんだ。


もう一人、北部の大貴族のニールド侯爵が「中立の立会人」という名目で座っている。中立ってことになってるけど、北部は王家派で固まってるから、実際は王家の側の人間だ。


要するに、この部屋に俺の味方は一人もいない。分かってて呼んだんだろうな。


宰相が書状を広げて、もったいぶった声で読み上げる。


「ヴォート家の家督相続は、これを認める。ベルンハルト伯爵家は、ヴォート領へ軍を進めたことを謝罪する。ヴォート家はアレキサンドル殿の首を返還し、伯爵家に謝罪のうえ、賠償金を支払うこと。その後ヴォート家はベルンハルト伯爵派閥を離れ、ニールド侯爵家の寄子となること。以上である」


聞いてて、笑いそうになる。


伯爵が謝るのは一言だけで、こっちは首も返して、頭も下げて、金まで払えってことか。おまけに派閥を移らせて、ニールド侯爵って首輪をつける。


伯爵派閥の力は削いでおきたいけど、生意気な男爵も野放しにはしたくない。王城の考えが、手に取るように分かる。前世で何度も見た、偉い人同士の手打ちってやつだ。下っ端だけが損をする。


伯爵が、わざとらしくため息をついた。


「……王のお言葉ですから、致し方ありませんな」


謝る側のくせに、恩を着せるような言い方だ。


部屋の全員が、俺も頭を下げると思ってる顔をしている。宰相なんか、もう次の書類に手を伸ばしてる。


俺は背筋を伸ばして、貴族らしい顔を作った。


「お受けする気はありませんな」


部屋が静まり返る。


王が目を細めて、じっと俺を見る。宰相は真っ赤になって立ち上がった。


「王の御前であるぞ!」

「存じております。ですから申し上げるのです」


俺は座ったまま、王の顔をまっすぐ見る。


「我らが忠誠を誓ったのは、王と法の下にあるこの国です。法を破った臣を処分せず、ほかの臣に法を曲げて受け入れろとおっしゃるなら、それはこの国が約束をたがえたということではありませんか?」


伯爵が、机を叩いて怒鳴った。


「王命は法より優先されるのだ!」

「それは国家の大事、この国の貴族や民に危険が迫ったときの話でしょう」


俺は伯爵のほうを見もしないで続ける。


「平時に一部の高位貴族のため、王命で法を曲げるとおっしゃるなら、それはもう国を私しているのと同じです。王よ、あなたは国を憂う方ですか。それとも、国を私する方ですか。お聞かせいただきたい」


誰も、何も言わなくなる。


宰相は口を開けたまま固まってるし、伯爵は顔を真っ赤にして震えている。王は、ずっと黙ったままだ。


頭の中では、不敬だと言うならやってみろ、と思ってる。


ここで俺を罰したら、王は自分で「法より自分が上だ」と認めることになる。王と法の下に忠誠を誓った貴族全員に、お前らとの約束は守らないと言うのと同じだ。王都では吟遊詩人たちが、もう「法を守った若き当主」の歌を歌ってる。その当主を王城で捕まえたら、どうなるかくらいは分かるだろ。


長い沈黙のあと、王がようやく口を開いた。


「……宰相。案を改めよ」


それで、全部ひっくり返った。


ヴォート家の家督は、そのまま認められる。伯爵家は軍を進めたことを謝罪して、賠償金を払う。伯爵本人は蟄居。寄子の話は、いつの間にか消えてる。結局ヴォート家は、どこの派閥にも属さないってことになるらしい。首の話は、もう誰も口にしなかった。


部屋を出るとき、背中に視線を感じた。


振り返らなくても分かる。王と宰相が、じっと俺を見ている。あれは、憎んでる目だ。正論で王の面子を潰したんだから、まあそうなるよな。


ちらっと横を見ると、ニールド侯爵だけが、面白い見世物でも見たような顔で口の端を上げていた。


あの人だけは、ちょっと読めないな。


王城を出てから、宿に戻る道すがら考える。


あれだけ王の面子を潰したら、ただで帰してもらえるとは思えない。表立って罰せないなら、裏で消すしかない。俺が王城の人間なら、そうする。


だから宿に戻るとすぐ、アーサーを呼んだ。


「今夜、ここに客が来るかもしれない。お前と御者は、別の宿に移ってくれ」

「シンクレア様は」

「俺はここに残る。宿の主人と使用人にも、金を渡して今夜だけ出ていってもらう」


「お一人で、でございますか」

「一人のほうが動きやすいんだよ。誰かを巻き込まないように気を使いながらやるのは、正直しんどい」

「……くれぐれも、お気をつけて」


アーサーは何か言いたそうな顔をしたけど、結局、黙って頭を下げた。最近、こいつの胃薬の量がまた増えた気がする。


宿の主人は、金袋を渡すと事情も聞かずに出ていった。王都で宿をやってると、聞かないほうがいいことも多いんだろう。


俺は二階の客室には上がらずに、一階の食堂を見回した。寝る場所は、もう決めてある。


♦


翌朝、宿の前には、首が十個並んでいる。


その後ろの宿は、一階の半分が吹き飛んでいた。窓も扉もなくなって、焼けた梁がむき出しになってる。


俺は宿の前の木箱に座って、自分の左腕に添え木を当てている。折れた腕に板を当てて、口で布を引っぱって縛るのは、思ってたよりずっと痛い。


「くっそ、いってえ……」


そこへ、衛兵の一団が駆けてきた。今ごろになって来たのか。


夜中に宿の一階が吹き飛ぶような爆発があったのに、昨夜は誰も来なかった。王都の衛兵が、そんな音を聞き逃すはずがない。つまり、来るなと言われてたんだろうな。


隊長らしい男が、並んだ首と俺の顔を見比べて、真っ青になる。


「こ、これは……」

「昨夜、賊に襲われましてね」


俺は添え木の布をきつく縛りながら、貴族の顔で笑ってやる。


「どうやら王城には、器の小さな方しかいない様で」


隊長は何も言い返せないまま、黙って部下に首を片付けさせ始めた。


俺は懐から金袋を出して、戻ってきた宿の主人に渡す。


「修理代だ。足りなかったら、ヴォート家に請求してくれ」


主人は袋の重さに目を丸くして、それから壊れた宿を見上げて、何とも言えない顔をしていた。


アーサーが綺麗な姿勢のまま全力で走ってくる。

すげえなあ、家令ってあんなことできるんだ。


俺は、ちょっと可笑しくなって空を見あげた。

うん、今日はいい天気だな。


ザマア見ろ。お前らの思い通りになんかなるか!

俺は右手の中指を王城に突き立てた。



♦


前日の夜更け、宿の裏口から、黒い服の男たちが音もなく入り込んだ。数は十人。顔を布で隠して強盗に見せかけているが、足運びも合図の出し方も、きちんと訓練を受けた者のものだった。正体は、王都の騎士たちだ。


先頭の男が扉を押した瞬間、がしゃん、と派手な音が響いた。扉の裏に積み上げてあった食器が、崩れて床に散らばったのだ。


男たちは一瞬だけ足を止め、すぐに動き出した。誰も起きてこないのを確かめると、二人ずつ組になって、二階の客室へ続く階段を上がっていく。


食堂のカウンターの中で、シンは目を開けていた。


最初から、ここで寝ていたのだ。客室に寝ていれば、袋の鼠になる。だから一階の、一番目立たない場所を選んだ。食器はただの呼び鈴代わりだった。


シンはカウンターの陰から、階段を上がっていく騎士たちの背中を見る。距離は十メートル以内。


一番後ろの騎士の胸に、指先ほどの土を出す。騎士は声も出さずに膝をつき、そのまま崩れた。前を歩く騎士は気づかない。


次の騎士の頭の中で、ドライヤーほどの風を回す。それだけで、男は糸が切れたように倒れた。


一人、また一人と、後ろから順番に数が減っていく。


二階の廊下で客室の扉を一つずつ開けていた騎士たちが、ようやく異変に気づいたのは、六人目が倒れたあとだった。


「……おい、後ろの連中はどうした」


振り返った騎士たちの前に、階段の下から、寝間着姿のシンが姿を現した。


「どうも。探してるのは、俺かな」


騎士たちの中で、一番背の高い男が一歩前に出た。この男が隊長格らしい。布の隙間からのぞく目が、床に転がった仲間の死体と、シンの顔を順番に見た。


「……魔法か。無能と聞いていたが」

「よく言われるよ」


シンは肩をすくめた。


残りは四人。四人とも、階段の上と下に分かれている。全員が十メートル以内にいる。シンは、片付けるのは時間の問題だと思っていた。


隊長格の男が、短く手を振った。合図はそれだけだった。


しかし騎士たちは、動揺もしなかった。仲間の死体を見ても、顔色一つ変えない。四人が同時に剣を抜き、階段を駆け下りて、まっすぐシンに斬りかかってきた。思っていたよりずっと速い。


シンはとっさに、目の前に土の壁を出した。剣が壁に食い込んで、土がはじける。だが騎士たちは止まらない。一人が壁を蹴って崩し、残りの三人が壁の左右から回り込んでくる。


土を心臓に出そうにも、相手が速すぎて狙いが定まらない。四人同時に動かれると、一人に気を取られた瞬間に、別の一人の剣が届く。射程十メートルは、相手が走れば一瞬で詰められる距離だった。


焦ったシンは、考えるより先に爆鳴気を出していた。


爆鳴気は水を分解したものだから、水魔法の扱いになる。シンはこの半年で、火魔法を使わずに爆鳴気を押し込めて、その熱で火をつけるやり方を身につけていた。いわゆる圧縮断熱だ。


ただ、今回は焦っていた。出した量が多すぎた上に、加減もしないまま押し込めてしまったのだ。


まずい、と思ったときには遅かった。シンは慌てて爆鳴気を消したが、全部は消しきれなかった。


轟音とともに、食堂が吹き飛んだ。


土の壁ごと吹き飛ばされたシンは、カウンターに叩きつけられて床に転がった。左腕が、おかしな方向に曲がっている。


「……っ、いってえ……」


煙の向こうで、騎士たちがうめいている。四人とも吹き飛ばされていたが、まだ生きていた。一人が、剣を杖にして立ち上がろうとしている。


シンは折れた左腕を押さえながら、壁伝いに後ずさった。十メートル近く距離を取ってから、ようやく息をつく。


「……騎士舐めてたわ。次からは、もっとうまくやろう」


そうつぶやいて、シンは騎士たちの肺の中に、水を出した。


四人分の、ごぼりという音が、壊れた食堂に響いた。


それからシンは、右手だけで剣を拾い、十人分の首を落としていった。夜明けまでに、宿の前に並べておくために。


「他の話も読みたい」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマーク登録】や【いいね】、【ポイント評価(下部の★★★★★)】で応援をいただけますと、執筆の大きな励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。