第7話 甘い商売
身代金で金が入ったとはいえ、領地を回すにはまだ足りない。まず手をつけたのは、ヴォート家の御用商会だ。
この商会は父の代からうちに出入りしていて、伯爵家にうちの内情を流していた。
アーサーが帳簿と手紙を押さえてきてくれたから、証拠は十分ある。
「領主への背信は、領主の裁判権で裁ける。資産は全部没収だ」
「承知いたしました」
「ただし、手続きは全部きっちりやれよ。伯爵と同じことをしてると思われたら困るからな」
商会の主人は最後まで「誤解です」と喚いてたけど、手紙に自分の署名があるんだから話にならない。
倉庫と金庫の中身は、そっくりヴォート家のものになる。身代金と合わせれば、当面の元手としては十分だ。
さて、ここからが本番だ。
この世界の甘いものといえば、遠くから入ってくる砂糖と、ハチミツくらいしかない。どっちも高くて、庶民の口にはまず入らない。
前世で原作を読んでたころ、俺は「俺がシンクレアならこうする」って考えるのが一番の楽しみだった。
ヴォート領は麦がよく取れる土地だから、麦から甘いものを作れないかと思って、水飴の作り方を調べたことがある。いくらで売るか、どこに売るかまで考えて、一人でにやにやしてた。
まさか本当に使う日が来るとは思わなかったけど。
料理番を呼んで、麦を芽吹かせて麦芽を作らせ、煮た麦と混ぜて温めさせる。
最初は焦がしたり、甘くならなかったりで、何度も失敗した。
料理番には「ご当主は大丈夫か?」と思われてたと思う。
五回目の鍋で、ようやく、とろりとした琥珀色のものができる。
料理番が木べらの先をなめて、そのまま固まった。
「……甘い。これを、麦から?」
「そうだよ、麦からだ」
「砂糖もハチミツも入れずに……」
料理番は泣きそうな顔で、もう一口なめている。
俺もなめてみたけど、前世のスーパーで売ってたやつと比べても、そんなに悪くない。
売り方も、前世からずっと考えてあった。
まず、領の専売公社で水飴を作る。
それを、俺の持ち物のサン商会に1ガロン銅貨50枚で卸す。
サン商会は、王国の商会のうち伯爵派閥じゃない中堅のブランジェ商会にだけ、銀貨7枚で卸す。
ブランジェ商会にサンプルを送ったら、十日もしないうちに番頭がすっ飛んできた。
「こ、これを、うちだけに卸していただけると?」
「そうだ。王国内なら、1ガロン金貨1枚で売れるだろ」
「売れます! いや、もっと高くても売れますよ!」
王国法どおりにやれば、ブランジェ商会の差額のうち、半分の税はヴォート領に入る。王国に納める税は、残りの銀貨一枚半の分だけでいい。
「それと、ヴォート領に払う分の税はまけてやる。そのかわり、ヴォートで売るお前の商会の商品は、安く領民に売れ」
「よ、喜んで!」
番頭は二つ返事で頷いた。こっちとしては、税を少しまけても、サン商会の儲けは丸ごと俺のものだから痛くも痒くもない。
番頭が帰った後、アーサーが帳簿を何度も見返している。
「これは……違法では、ございませんね」
「違法じゃない。誰も考えなかっただけだ」
「王家に入る税が、ずいぶん少なくなりますが」
「法どおりに払ってるんだから、文句を言われる筋合いはないだろ」
アーサーは額を押さえてたけど、止めはしなかった。
国境の向こうのガレリア皇国には、銅貨50枚の値段のまま輸出する。相手はソネミュール商会だ。
王国とガレリアは仲が悪くて、関税は領地と王国でそれぞれ百パーセントかかる。でも元の値段が銅貨50枚なら、関税も大したことにはならない。しかも、うちの領地の分の関税は、俺が俺に払うだけだ。
向こうはそれを何倍もの値段で売るだろうけど、それでいい。儲けさせておくのも投資だからな。
アーサーに内緒だが、実は利益の三割はキックバックあるしな。
ソネミュール商会からは絹糸や綿糸をかなり安く回してもらう。糸は完成品扱いで関税がかかるけど、布で買うよりずっと安い。領内で織れば、それはもう「自国製」の布だ。鉄や銅は材料扱いだから、関税はかからない。
海塩も入れておく。伯爵派閥と揉めてる今、国内の塩はいつ止められてもおかしくないしな。
それから、硫黄と硝石も頼んでおいた。
この国では、硝石は肉の色をよくしたり、腐りにくくしたりする薬くらいにしか思われてない。
「硝石を、こんなにですか? ハムでもお作りになるので?」
ソネミュール商会の番頭は、不思議そうな顔をする。
「ああ、そんなところだ」
本当は、領内にも硫黄が取れる露天掘りの小さい穴と、硝石が取れる場所がある。
誰も価値があると思ってないから、ほったらかしだっただけだ。採掘の体制が整うまでは、輸入でつなぐ。
俺の魔法は、射程十メートルが限界だ。遠くの敵には届かない。それなら、届くものを作ればいい。
そうしてるうちに、領内の金回りは目に見えてよくなっていく。
領都の市場には人が増えて、領兵の数も少しずつ増えている。
アーサーの胃薬の量は、相変わらず減ってないけど。
伯爵軍を追い返してから半年が過ぎたころ、王城から使者が来た。
使者は応接間で巻物を広げて、もったいぶった声で読み上げる。
「ヴォート家とベルンハルト伯爵家は、速やかに和睦すべし。以上である」
それだけだ。俺が出した訴えへの裁定は、一言もない。
「……和睦、ね」
要するに、伯爵家が法を破ったことはなかったことにしろ、ってことだ。千人の兵を出して、他家を潰しに来たことも全部。
使者が帰った後、アーサーが青い顔で俺を見る。
「シンクレア様……」
「分かってるよ。王家は、伯爵家の肩を持つことにしたんだろ」
怒るより先に、笑いが出てきた。
「法を守れって言う側が、法を破った奴をかばうのか。面白くなってきたな」




