第6話 首の値段
伯爵軍が逃げた次の日の朝、広場には将校の首が十一個並んだままになっている。
城から出てきた領民たちは、遠巻きに首を見て、それから俺の顔を見る。
「当主様は逃げたんじゃなかったのか?」
「いや、当主様が一人でやったらしいぞ」
ひそひそ声が、だんだん大きくなっていく。まあ、そうなるよな。昨日まで「逃げた無能」だった奴が、朝になったら敵の首を並べてるんだから。
噂が変わるのに三日もかからなかった。今じゃ領内のどこに行っても「王国法を踏みにじってお家を狙った寄親を、実力で叩き出したご当主様」だ。
使用人の目つきも全然違う。廊下ですれ違うと、みんな壁際に寄って頭を下げる。前は俺がいても見えてないふりをしてたくせに、現金なもんだな。
まずは後片付けからだ。伯爵軍が置いていった天幕や食料、荷車、武具を、アーサーに全部数えさせる。千人分の軍だから量がすごくて、小麦の袋だけで倉庫が一つ埋まった。
「これを、どうなさいますか」
「略奪された家に、食料と金を回してくれ。壊された戸も直させる」
「全部、でございますか?」
「伯爵家の物で、伯爵家が荒らした分を返すだけだよ。うちの懐は痛まないだろ」
アーサーは帳簿をめくりながら苦笑いする。
「領民は、そうは受け取りませんよ。ご当主様からの施しだと思っております」
「それならそれでいい」
人気取りにタダで使えるなら、使わない手はない。前世の会社なら、上司が全部自分の手柄にしてたところだ。
首は塩に漬けて、領内の洞窟にしまっておく。そのうち取りに来る奴がいるだろうからな。
次は王城だ。寄親が他家の継承に口を出したことと、断られたら謝罪もなく千の兵を出したこと。どっちも王国法で禁じられてるから、訴状には事実を並べるだけで済む。嘘を書かなくていいのは楽でいい。
訴状に封をしていると、アーサーが言った。
「訴えが出ている間は、伯爵家も兵を動かせません。動かせば、王家に逆らうことになりますから」
「つまり、時間が買えたってことだな」
「左様でございます」
同時に、親戚や同じ派閥の家、近隣の貴族にも手紙を書く。今回の顛末と、支持のお願いと、伯爵家と戦になったら迷惑をかけるかもしれないというお詫びだ。
要は、何があったかを先にこっちの言い分で広めておくってことだ。後から伯爵家が何を言っても、聞いた側は「ああ、あの話か」としか思わない。
ついでに、領都に来ていた吟遊詩人たちに金をばらまいておく。
「法を守った若き当主の歌を作ってくれ。酒場で歌ってくれたら、もう少し払う」
吟遊詩人たちは目を輝かせて街を出ていった。王都に届くころには、千人を一人で斬ったくらいに盛られてるかもしれないけど、それも計算のうちだ。
ひと月ほど経つと、首を返してほしいという使者が、将校の家から一人、また一人とやってくるようになった。
最初に来たのは、子爵家の使者だ。白髪の老人で、応接間に入るなり床に膝をつく。
「当家の次男の首を、どうかお返しいただきたく……。ヴォート家に兵を向けたこと、当主に代わりお詫び申し上げます」
ちゃんと頭を下げられる家もあるんだな。
「金貨百枚でお返ししよう。塩に漬けてあるから、顔は分かるはずだ」
「……かたじけのうございます」
老人は涙ぐんで帰っていく。こういう相手には、こっちもそれなりに筋を通す。
もちろん、舐めたことを言ってくる家もある。
「たかが男爵家が、首を盾に金をせびるとは。身の程を知られよ」
鼻で笑ったのは、どこかの男爵家の使者だ。同じ男爵家に言われてもなあ、と思いながら、俺は貴族らしい笑顔を作る。
「では、金貨五百枚だ。嫌なら持って帰らなくていい。うちの洞窟は涼しいから、首も長持ちする」
使者は顔を真っ赤にして帰っていったけど、二週間後には金貨五百枚がちゃんと届いた。結局払うなら、最初から頭を下げとけばいいのに。
一番ひどかったのは、アレキサンドルの副官だった男の家の使者だ。応接間に入るなり、ソファにふんぞり返る。
「首を返さぬなら、ヴォート家は貴族の礼も知らぬ蛮族だと、王都中に触れ回ることになりますぞ」
隣でアーサーが、小さくため息をついた。
当主に面と向かってこれだ。王国法でも、当主を侮辱した者は無礼討ちにしていいことになってるから、文句を言われる筋合いはない。
俺は立ち上がって、壁に掛けてあった剣を取る。使者が何か言いかけたけど、聞く前に斬った。
床に倒れた使者を見て、アーサーが黙って人を呼びに行く。だいぶ慣れてきたな、アーサー。
それから洞窟から副官の首を持ってこさせて、使者の首と一緒に縦に割り、戸板に釘で打ちつける。それを、使者が乗ってきた馬車に積ませた。
御者は真っ青な顔で、がたがた震えている。こいつは何も言ってないから、殺す理由がない。
「お前の主人に伝えろ。ヴォートと事を構えたいなら、いつでもお待ちしている、とな」
「は、はいっ!」
御者は手綱を握る手も震えたまま、馬車を出していく。荷台で戸板が揺れる音が、門を出るまで聞こえていた。
馬車が見えなくなってから、アーサーがぼそりと言った。
「これで、副官の家とは完全に敵同士になりましたな」
「最初から敵だろ。千の兵の中にいたんだから」
「それは……左様でございますが」
「それに、あの家が本気で攻めてくるなら、伯爵家と一緒に来るしかない。訴えが出てる今、伯爵家は動けないんだから、結局どこも動けないよ」
アーサーは少し考えてから、黙って頭を下げた。
納得したというより、諦めた顔だな。
アレキサンドルの首は、まだ洞窟にある。
伯爵家からは、今のところ何も言ってこない。
息子の首より、メンツのほうが大事らしいな。
「礼儀を知らないのは、どっちだろうな」
俺は剣の血を拭いて、壁に戻した。




