第5話:白い世界と首獲り領主
世界が、白くなった。
穴の底で身を丸めた俺の頭上を、衝撃波が駆け抜けていく。
鼓膜を素手で殴られたような轟音。
遅れて熱風が来て、髪の焦げる匂いが鼻を刺した。
……音が止んだ。
耳鳴りの向こうで、何かが崩れ続けている。
梁の軋む音、瓦の落ちる音。それから、悲鳴と苦悶の声。
穴から顔を出して、俺は思わず口笛を吹いた。
本陣が、ない。
街で一番立派だった商家は、梁と瓦礫の山に変わっていた。
あちこちで炎が揺れて、夜空を赤く舐めている。
野営地のほうからは「なんだ!」「敵襲か!」と怒鳴り声が上がって、天幕の間を人影が右往左往していた。
そりゃ驚くよな。千人で攻め込んで、領主の首も取らないうちに、いきなり本陣が吹き飛んだんだから。
1リットルの水が、あれだ。
原作の作者が「しょぼい」と書いた数字が、これだ。
笑いが止まらない。止める気もない。
俺は穴を這い出して、瓦礫の山へ走った。
邪魔な梁は、触れる前に収納する。
瓦も、割れた食器も、焼けたテーブルも、片っ端から収納する。
射程十メートルの範囲なら、触る必要がない。
走りながら、道が勝手に開いていく感覚が気持ちいい。
瓦礫の下からはうめき声がする。手が一本、突き出ている。
その先に、また一人いる。
将校たちは、半分は潰れて、半分は焼けていた。
生きているのか、動いているだけか、見分けもつかない。
瓦礫の隙間から、女たちが転がり出てきた。
近隣の村から連れてこられた、あの女たちだ。
煤で顔を真っ黒にして、裸足で、泣きながら這っている。
こちらを見て、ひっと喉を鳴らした。
「行け。村へ帰れ」
短く言うと、女たちは躓きながら、闇の中へ走っていった。
敵陣に連れてこられた可哀そうな女じゃねえな。
敵の将校と笑ってたし、どうせネイルと一緒のクソ女たちだろ。
生きてただけツイてたな。
足元に、剣が落ちていた。
飾りの多い長剣で、拾い上げると思ったより重い。
まあ、借りるか。持ち主には、もう必要ないだろうし。
奥へ進むと、人影が瓦礫の隙間から這い出そうとしていた。
いた。
アレキサンドルだ。
上半身だけを瓦礫から出して、血まみれで俺を見上げている。
額が割れて、片腕はおかしな向きに曲がっていた。それでも目の光だけは、死んでない。
さすがは武人だな、あれで生きてるのか。
その口が、動いた。
「き、貴様……まさか、あの——」
最後まで聞く気は、なかった。
剣を振った。重いが一応心得はある。
首が、ごろんと転がって目が合う。
言いかけの口が、まだ「あの」の形のまま開いている。
俺は髪を掴んで、その首を拾い上げた。
まだ温かい。思ったより、ずっしり重い。うぇっキモいわ。
気づけば、周りが静かになっていた。
野営地から駆けつけた兵たちが、ぴたりと足を止めている。
炎の中に、血と煤にまみれた、まだ若い敵が一人、指揮官の首をぶら下げて立っているんだ。絵面としては、なかなかだろ。
俺は首を高く掲げて、腹から声を出した。
「聞け!」
兵たちの肩が、びくりと揺れる。
「お前たちも、こうするのはたやすいが、無益な殺生は好まん」
自分の声が、燃える街に妙によく響いた。
前世じゃ、会議でこんな声を出したことは一度もなかったな。
「将校以外は見逃してやる。——引けえええい!」
首を、足元にそっと置いた。
それから俺は、瓦礫の中を歩き回った。
生きている将校も、死んでいる将校も、見つけた順に首を落として、足元に並べていく。
一つ。
二つ。
三つ。
並べるたびに、兵たちの顔色が変わっていくのが、炎の明かりでよく見える。さっきまでの酔いも、略奪の浮かれ気分も、全部どこかへ行ったらしい。
五つ、六つ、七つ。
誰も動かない。足が竦んで、武器を握る手だけが震えている。
九つ目を置いたとき、野営地の一番前にいた若い兵が、がくんと膝を折った。
そして十個目。
「う、うわああああ!」
誰かが、悲鳴を上げて背を向けた。
それが、合図だった。
一人、二人、十人。槍が地面に落ちる音がして、鎧が擦れる音が重なって、あっという間に千人の波が崩れる。
天幕を踏み倒し、仲間を押しのけ、荷車すら放り出して、夜の闇へ散っていく。足音と悲鳴が、潮が引くみたいに遠ざかった。
ほんの五十人の兵しかいない、ヴォート男爵領。そこへ攻め寄せた伯爵軍千は、一夜にして、敗走した。
誰も、俺に斬りかかってこなかったな。
千人もいて、俺一人に誰も。……なんだアイツら?
静かになった領都に、炎の爆ぜる音だけが残っている。
城のほうを見ると、石垣の上に小さな灯りが並んでいた。
領民たちが、息を殺してこちらを見ているんだろう。
逃げた当主が、朝になって首を並べているんだから、あっちはあっちで状況が飲み込めてないはずだ。
説明は、あとでいいか。
どうせ噂は、勝手に走る。「当主は逃げた」から「当主は鬼だ」に変わるまで、三日もかからないだろう。
無能と呼ばれるより、そっちのほうがずっと動きやすい。
最後の首を並べ終えて、ようやく一息ついた。
足元には、首が十一個。
ずらりと並んだ顔は、どれも驚いた表情のまま固まっている。
後で全部、収納だ。
「将校」ファイルを作って、圧縮して、どこかで処分しとくか。
……いや、これひょっとして遺族に売れるのかね?
伯爵の庶子が戦死して、その首を相手が持ってる、と。
さて、首の身代金交渉なのか、また攻めてくるのか。
空を見上げると、すっかり明けていて今日も晴天らしい。
アーサーが城で、胃を押さえながら待っているだろうなあ。
帰ったら、パンをもう一つ頼もう。
それから、少しだけ考えた。
軍も壊れた。庶子の長兄まで、戻らない。
伯爵は今ごろ、何を思うんだろうな。
「……さて」
呟いた声は、自分でも驚くほど、軽かった。
「次は、伯爵のターンだけど、どうするのかね」




