第31話 三千人と五十人と馬鹿二人
ヴォート領に戻ると、アーサーが門の前で待っていた。
胃のあたりを押さえてる。その手に握ってる瓶を見て、俺は少し笑った。前に会ったときより、また一回り大きくなってるな。
「お帰りなさいませ、シンクレア様。……伯爵軍は、もう国境近くまで来ております」
「数は?」
「およそ三千。寄子の家を、かき集めたようです」
三千か。前に来たのが千だったから、今度は三倍だ。伯爵も、本気らしい。
対するこっちの領兵は、増えたとはいえ、まともに戦える数は五十人ちょっと。あとは、急いで徴兵した領民が何百か。数だけ見れば、笑うしかない差だ。
でも、笑ってるのはこっちだけじゃなかった。
「ご当主、お戻りですかい!」
領兵の隊長が、妙に楽しそうな顔で駆けてくる。後ろの兵たちも、どこかそわそわしてる。緊張してるというより、わくわくしてる感じだ。
「お前ら、三千が来るって分かってるのか?」
「分かってまさ。でも、ご当主がいりゃ勝てるでしょう?」
隊長が、あっけらかんと言う。周りの兵も、うんうんと頷いてる。
勇者を素手で干からびさせた男が領主なんだから、三千くらいどうってことない。そう思ってるらしい。信頼されてるのか、何も分かってないのか、微妙なところだな。
まあ、間違ってはいないけど。
♦
俺は、まず東の谷に向かった。
グラーツから割譲させた、硫黄の湧く谷だ。採掘はもう軌道に乗ってて、硫黄も硝石も、十分な量が溜まってた。
前世の知識で配合を詰めて、火薬を作らせる。それを、鍛冶師に打たせた鉄の筒に詰めて、臼砲と迫撃砲を仕立てた。火種には、魔石を使う。叩けば火花が散る石だから、雷管の代わりになる。
マスケットも領兵に配ったけど、一人一丁じゃ手間がかかる。それより、筒に火薬と鉄片を詰めて、まとめて撃ち出す臼砲のほうが、作るのも早いし、威力もある。密集して進んでくる兵の頭上で炸裂させれば、面でまとめて刈れる。
この時代の戦ってのは、兵が肩を並べて、横隊で押し合うのが基本だ。整然と並んで、号令で前進する。前世で言えば、ナポレオンの頃の戦列歩兵だな。
そういう連中に、上から炸裂弾を降らせたら、どうなるか。
考えるまでもない。並んでるほど、よく当たる。
「アーサー。領民は、前と同じで城に入れてくれ。ただし今回は、一人も死なせない。街も焼かせない。前は、ちょっと派手にやりすぎたからな」
「……本当に、三千を相手に、でございますか」
アーサーが、まだ信じられないって顔をする。
「三千が三千でいられるのは、指揮官が生きてる間だけだよ」
前にも、同じことを言った気がする。あのときは一人で夜襲だったけど、今度は、ちゃんと軍で迎え撃つ。やり方が違うだけで、やることは同じだ。頭を潰せば、胴体はただの烏合の衆になる。
準備してると、王都から一通、手紙が届いた。
ダリルからだった。殴り書きで、一言。
『俺も戦に出る。腕は、もう治った』
俺は、思わず吹き出した。
あいつ、本当に来るのか。伯爵の寄子の、そのまた寄子の男爵家の息子が、よりによって伯爵と戦う側に立つのか。筋がどうとか、もう全部ぶっ飛ばしてるな。
「来い」とだけ、返事を書いた。
♦
伯爵軍が、国境を越えてきた。
俺は、丘の上から、近づいてくる土煙を眺めてた。三千の軍勢が、整然と横隊を組んで進んでくる。金色の鎧を着た男が、本陣の真ん中にいる。あれが、ベルンハルト伯爵本人だろう。
息子を殺され、勇者を殺され、約定で収益を削られて、それでも隠居せずに、自分で出てきた。執念だけは、大したもんだ。
隣に、馬を寄せてくる奴がいた。
「よう。待たせたな、ヴォート」
ダリルだった。赤毛を風になびかせて、剣を一本、腰に下げてる。
「本当に来たのか」
「約束しただろ。俺個人で、ヴォートに向かうって。……まあ、向かう先が、ちょっと変わっちまったけどな」
ダリルは、にやりと笑った。悪くない顔だ。
「で? どう戦うんだ、こっちは五十人ちょっとだぞ」
「見てろ」
俺は、片手を上げた。
丘の下に並んだ領兵が、臼砲と迫撃砲に火を入れる。
魔石が火花を散らして、火薬が爆ぜる。鈍い発射音が、立て続けに丘を揺らした。
空を越えて飛んでいった炸裂弾が、伯爵軍の横隊のど真ん中で、次々に炸裂する。
爆発と、土煙と、悲鳴。整然と並んでいた横隊が、一瞬でぐちゃぐちゃになる。
「な……なんだ、ありゃ!?」
ダリルが、目を丸くしてる。
伯爵軍は、完全に浮き足立ってた。こんな攻撃、見たことも聞いたこともないんだろう。遠くから、音もなく、空から火の玉が降ってくる。将校が必死に号令をかけてるけど、兵は右往左往するばかりだ。
前線が、崩れはじめる。
「よし。行くぞ、ダリル」
俺は、馬の腹を蹴った。
「は? おい、どこ行く気だ!」
「決まってるだろ。あの、金ピカの鎧んとこだ」
味方の炸裂弾が、まだ頭上を飛び交ってる。その下を、俺は馬で、敵陣のど真ん中に向かって突っ込んでいった。
「てめえ、バカじゃねえか!?」
後ろで、ダリルが叫んでる。それでも、ちゃんとついてきてる。悪態をつきながら、剣を抜いて、俺の横を駆けてくる。
やっぱり、こいつはいいな。
駆けながら、収納から小型のフレシェットを撃ち出す。前もって速度を貯めておいた、鉄の矢だ。左右に立ちふさがる兵を、機関銃みたいに連射して、片っ端から薙ぎ倒していく。手から飛ばすんじゃないから、馬を操りながらでも撃てる。
ダリルは、俺のすぐ後ろを走ってる。
そのダリルの周りには、さりげなく土の壁を出しておいた。横から飛んでくる矢や槍を、全部こっそり弾いてやる。ダリル本人は気づいてない。自分の腕で切り抜けてると思ってるんだろう。まあ、それでいい。
ちなみに、本当は、もっと手っ取り早い方法もある。
収納には、火薬をたっぷり詰めた大型フレシェットも、城を一発で崩すための、水を全部爆鳴気にして圧縮した弾も入ってる。あれを一発、この三千のど真ん中に撃ち込めば、全部まとめて吹き飛ばせる。
でも、やらない。
威力がありすぎる兵器ってのは、味方がいる戦場じゃ使えないんだよ。前世の戦争だって、そうだった。どんな強力な爆弾を持ってても、自分の兵が入り乱れてる場所には落とせない。
今だって、ちょっと狙いを外せば、ダリルも、後ろの領兵も、まとめて消し飛ぶ。
だから、手数と狙いで削るしかないんだよ。
でかい一発じゃなくて、小さいのを、確実に、敵だけに。
敵陣を突っ切って、後方の司令部にたどり着いた。
伯爵の本陣は、崩れてくる前線に気を取られて、完全に混乱してた。その少し手前に、別の天幕がある。旗印からすると、伯爵の寄子の、子爵家の司令部だ。
俺は、そこに向けて、大型フレシェットを一発、撃ち込んだ。
火薬を詰めた弾が、天幕のど真ん中で炸裂する。爆風で、天幕が吹き飛んで、中にいた将校たちが、藁人形みたいに宙を舞った。
煙の中から、一人、よろよろと出てくる。立派な鎧を着た、でっぷりした男だ。子爵家の当主らしい。
「ダリル」
「おう」
ダリルが、馬から飛び降りた。
子爵が何か叫ぶより早く、ダリルの剣が、その首を薙いだ。
鎧を着た体が、どさりと倒れる。ダリルは、剣の血を払って、肩で息をした。
「……これで、全部返したぜ」
誰に言うともなく、ダリルが呟いた。
伯爵家に負ってた義理も、俺に腕を折られた恨みも、全部、自分のケリをつけたって顔だった。
司令部を一つ失った一角から、伯爵軍が、音を立てて崩れはじめる。
指揮系統が、ずたずただ。もう、軍の体をなしてない。兵が、武器を捨てて逃げ出しはじめてる。
遠くで、金色の鎧が動くのが見えた。
伯爵本人だ。崩れていく自軍を見て、馬首を返してる。城へ、退くつもりらしい。
「逃がすのか?」
ダリルが聞いてくる。
俺は、少し考えた。
ここで追って、首を取るのは簡単だ。でも、それじゃあ、ただのヴォート家と伯爵家の私闘になっちまう。
伯爵が破ったのは、王城が立ち会った約定だ。だったら、こいつの始末は、私闘じゃなくて、もっとちゃんとした形でつけてやる。
「追わない」
俺は、退いていく金色の鎧を、冷めた目で見送った。
「あいつが破ったのは、俺との約束じゃない。王城の立てた約定だ。だったら、落とし前も、王城につけさせる」
ダリルが、きょとんとした顔をする。
「……なんか、難しいこと考えてんな、お前」
「お前は、首を取っただけでいいんだよ。いい働きだった」
俺は、崩れていく伯爵軍を背に、馬首を王都のほうへ向けた。
空を見上げると、分厚い雲の切れ間から、少しだけ日が差してた。まだ、すっきり晴れるには早い。本当の片がつくのは、これからだ。
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