第3話:山賊と家族と実験と
父の葬儀が終わった。
倒れてから、一度も目を覚まさないまま逝った。棺の前で泣いているのは母とクレメンスだけで、喪主の席の俺は、神妙な顔を作って座っている。
ちなみに、涙は出なかった。出す必要もなかった。
葬儀の後、アーサーが書類を抱えて書斎に来る。
「王国法では、届けが出ていない以上、シンクレア様が家督をお継ぎになります。当主代理から、正式な当主へ、ということになります」
「ああ」
「ただ……慣例として、寄親であるベルンハルト伯爵家のご承認をいただくのが筋でございまして」
「慣例ね」
アーサーが、言いにくそうに眉を寄せた。
「実は、奥様が伯爵家に、手紙を出されたようなのです」
メイドの噂話で、中身まで分かっている。
『シンクレアは心を病んでおり、当主の器ではない。クレメンスこそ跡継ぎに』
まあ、そう来るよな。
廊下に出ると、向こうからクレメンスが歩いてきた。すれ違いざま、俺にだけ聞こえる声で笑う。
「兄上、伯爵様のお考え次第ですね」
勝ち誇った顔だった。
殺したくなったが、俺は何も言わず通りすぎる。
その三日後、伯爵家から「近く使者を遣わす」と知らせが届く。
その夜、俺はアーサーを書斎に呼んで、扉を閉めさせた。
「座れ」
「は……」
「その前に、見てろ」
机の上の空のグラスを指さす。次の瞬間、グラスに水が満ちた。
アーサーが息をのむ。
続けて、机の上に土の山がぽんと現れた。
それも、一瞬で消える。
グラスの水も、最初から何もなかったみたいに消えた。
そしてグラス自体も『触らずに収納』する。
「射程十メートル、量はしょぼい。でも、どこにでも出せる。人の目が届かない場所にもな。収納も同じだ。」
アーサーの顔から、見る見る血の気が引いていった。
「……旦那様が倒れられた時も、ネイルの時も……」
俺は否定しなかった。
「お前は祖父の代からこの家に仕えてる。母とクレメンスが、伯爵家に尻尾を振ってこの家を売ろうとしてるのも、知ってるだろ」
アーサーは、答えない。
「俺に賭けろ。この家を守りたいなら、俺の側に付け。付かないならそれでもいい。ただし、ここで見たことは墓まで持っていけ」
長い沈黙があった。
時計の音がやけに大きい。
やがて、アーサーがゆっくりと立ち上がって、俺の前で膝をついた。
「……ヴォート家の当主は、シンクレア様にございます」
それから数日後、伯爵家の使者と護衛が。
応接間には、母とクレメンスも並んで座っている。
二人とも、勝ちを確信した顔をしていた。
クレメンスなんて、笑いをこらえきれていない。
使者が、もったいぶって咳払いをした。
「伯爵閣下は、ヴォート家の跡目はクレメンス殿が相応しいとのお考えです」
俺は茶を一口飲んで、カップを置いた。
「断る」
場が、凍りついた。
「……は?」
「継承は王国法で決まってる。寄親の承認は慣例であって、法じゃない。王国法上、どの貴族も他家の継承に口は出せん。不服なら、こちらから正式に王家へ申し立てる」
使者の顔色が変わる。
「……それは、寄親との縁を切るということですぞ」
「そうなるな」
あっさり言うと、母が小さく悲鳴を上げた。
「それとお前」
俺は、使者を見た。
「正式な委任状も持たない、口頭だけの使者が、他家の当主に脅しか? 死にたいか?」
それに、気に入らないことがもう一つあった。
他家の当主がいる部屋に、護衛を連れて入ってきている。
使者の後ろに、剣を下げた男が二人。礼儀のかけらもない。
俺の中で、何かが冷えていく。
俺は自分が出した殺気が、部屋に満ちていくのが分かった。
護衛の一人が、腰の剣に手を伸ばす。
「シンクレア様!」
アーサーの声が、割って入る。
「伯爵家に謝罪を求める手紙を、ただちに用意いたします! 使者殿、本日はこれにて!」
絶妙に、間を外された。
「……ふん、いいだろう」
俺が殺気を引っ込めると、使者は青い顔で、逃げるように帰っていった。
使者が帰った後、アーサーが小声で言った。
「伯爵家を敵に回せば、他の派閥からも、王家からも目をつけられます」
「そんなもん知らん」
窓の外に目をやる。この領地は国境の端で、すぐ向こうは隣国だ。
「王家まで敵に回したら、領ごと隣に移ればいい。どうせ、一度死んで拾った命だ。やりたいことやって、それで死ぬなら、まあいいや」
アーサーは、何か言いかけて、やめた。
たぶん、こいつはもう分かっている。
この主人は、冗談を言っていない。
その夜、俺は母とクレメンスを書斎に呼んだ。
「父上の供養のため、二人には領内の辺境の教会で、教義の道に入ってもらう」
母が、弾かれたように立ち上がる。
「何を勝手な! あなたにそんな権利は——」
「当主の決定だ」
穏やかに、続けた。
「それとも、伯爵家に何を書き送ったか、王家への申し立てで全部読み上げようか?領を売るような人間は消えろ」
母は、唇を噛んで黙る。
クレメンスは「兄上……」と言いかけて、そこで何も言えなくなる。
辺境の教会。
原作で、俺が放り込まれるはずだった場所だ。
笑えるよな。同じ場所に、今度は別の二人が行くんだ。
二人が発つ前の晩、アーサーが書斎に来た。
「汚れ仕事を受ける傭兵団の頭目に、渡りをつけました」
俺は金袋を一つ渡して、一言だけ言った。
「教会への道中で何が起きようと、俺は知らない。御者は生かしておけ」
アーサーは、黙って頭を下げた。
数日後、二人を乗せた馬車が屋敷を出ていく。
見送りの使用人は少ない。母は一度も、振り返らなかった。
十日後。
アーサーが、報告書を持って書斎に入ってきた。
「奥様とクレメンス様の馬車が、峠で山賊に襲われ……お二人とも、助かりませんでした」
生き残った御者は、「山賊というより、傭兵のように組織だった連中だった」と、震えながら証言しているという。
アーサーは報告書を淡々と読み上げて、読み終えると、ゆっくりと顔を上げた。
「そうか」
俺がそれだけ答えると、二人とも、それ以上は何も言わなかった。
その夜、アーサーに頼んだ。
「頭目に、残りの報酬を渡す。全員、屋敷の裏の廃坑に集めてくれ。」
アーサーの目が、わずかに揺れた。
「……承知しました」
廃坑の中は、湿った土の匂いがした。
酒樽を囲んで、傭兵が十三人。笑い声が、岩壁に反響している。
頭目が、俺を見て片手を上げた。
「若い当主様のお出ましだ。いい仕事だったろ?」
「ああ。助かった」
俺は微笑んだまま、十三人を、順番に見た。
「すまないな。証人は、少ない方がいいんだ」
最初に、頭目の肺の中に水を出した。
笑い顔のまま、頭目がごぼりと咳き込む。
酒杯が落ちて、割れた。
隣の男が「おい?」と振り向いたとき、そいつの脳内を風でかき混ぜてやる。
あとは、順番だ。
胸に土を詰められて胸を押さえ倒れる者。剣に手を伸ばしたとたんに体内から土の槍が生えた者。出口へ走る者には足元に水と土を混ぜたものを出して足止めした後に、頭の周りの空気を『収納』してやると、走った奴が二歩目で止まり、膝から崩れる。
三分もかからなかった。
廃坑に、静けさが戻る。十三の体が、酒樽の周りに転がっている。
俺は死体を収納していく。
一立方メートルは、十三人分では容量は到底足りない。
だが俺は脳内で収納内に『山賊死体』のファイルを作り、そこに収納して更に圧縮していく。
これで1GBでもほぼ無制限で収納できる。
まあ、解凍するスペース考えると、あんまり一つのファイルに入れておかないほうが良いのだろうな。気をつけよう。
割れた杯も、こぼれた酒も、ついでに収納する。
「……あとは、どこに出すかだな」
廃坑には、もう誰もいない。
入ったときと、何も変わらない湿った土の匂いだけが、そこに残っていた。
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