第28話 結局、岩か…岩なんだなあ
ひと月後の朝、空はどんよりと曇っていた。
王立学園の訓練場は、人でびっしり埋まっている。観客席には、王城派や伯爵派の貴族たちが、着飾って並んでいた。みんな、俺が勇者に殺されるのを、今か今かと待ってる顔だ。
その中に、見知った顔も交じってる。
デル教授とホール助教が、心配そうな顔で身を寄せ合ってる。腕を組んだダリルが、つまらなそうな顔でこっちを見てる。それから、少し離れた貴賓席に、エリザベートの姿もあった。今日はさすがに、ほっかむりじゃない。ちゃんとしたドレスで、供を連れてる。
あの連中のいる方向だけは、何があっても吹き飛ばすわけにいかないな。頭の隅に、そう留めておく。
訓練場の中央に出ると、立会人の宰相が、巻物を広げて読み上げた。
「これより、ベルンハルト伯爵家とヴォート家の決闘を執り行う。どちらかが死ぬまで。ヴォート家が勝てば、ベルンハルト伯爵の隠居と、伯爵領の収益三割を九十九年。伯爵家が勝てば、ヴォート家の紙とでんぷんの製法及び権利を譲渡する。双方、異存はないな」
「ない」
向かいに立つケインは、何も答えない。
伯爵家の紋章入りの外套を脱いで、地面に落とす。提げてるのは、剣が一本だけだ。暗い目が、じっと俺を見てる。
宰相が、手を振り下ろした。
まずは、小手調べだ。
俺は、射程十メートルの空中から、小さいフレシェットを撃ち出した。
この一月で作らせた、鉄の矢だ。指くらいの太さで、先が尖っていて、後ろに小さな羽がついてる。前もって何十回も勢いを貯めて、収納の弾のファイルにしまってある。手から飛ばすんじゃないから、反動もない。見えないくらいの速さで、連続して撃てる。
一本、二本、三本。ケインの胸と喉を狙って、立て続けに撃ち込む。
ところが、矢はケインの体の表面で、火花を散らして弾かれた。
深く刺さる、その寸前だ。何かが、矢を内側から押し返している。皮膚に浅く刺さりかけては、ぽろりと落ちる。
なるほどな。加護の残滓ってやつか。体に触れた瞬間に、押し返してくる。
「さすが勇者だ。刺さる前に弾きやがる」
俺は、思わず感心してしまった。
「じゃあ、これでどうかな」
今度は、火薬を詰めてない大きめの弾を、一発だけ、本気で撃ち出した。これまで貯めた中で、一番速いやつだ。
撃った瞬間、空気が破裂したような轟音が、訓練場に響き渡った。
観客席の連中が、一斉に耳を押さえる。
ケインは、その弾を、剣で弾いた。
化け物だな。あの速さを、目で追って、剣で逸らしたのか。
弾かれた弾は、訓練場の端の石造りの壁に突き刺さって、壁ごと粉々に砕いた。瓦礫が、派手に飛び散る。
その瓦礫の飛び方を見て、俺は、ひやりとした。
……あれ。これ、観客席のほうに飛んだら、まずいぞ。
伯爵派や王城の連中が、瓦礫に潰されて死ぬのは、正直どうでもいい。むしろ手間が省ける。でも、あの方向には、デルもホールもダリルもいる。あの王女もだ。
火薬を詰めた炸裂弾も、水を全部爆鳴気にして圧縮した、城を砕くための弾も、収納には用意してある。でも、ここで使ったら、味方ごと吹き飛ぶ。下手すりゃ、訓練場ごとだ。
せっかく一月かけて作った切り札の半分を、俺は頭の中で、そっと封印した。
さて、残ったのは何だ。
……ただの、岩だ。
もともと、崖から落ちてくるのを練習で収納しといた、ただのでかい岩が、十個ほど。速くもなんともない。
本当は、これも専用に作って勢いを貯めれば速くなるはずだったけど、面倒で放ったらかしてたやつだ。
まあ、使えるものは使うか。
俺は、ケインとの間に、大岩を一つ出した。目隠しだ。その陰から横に回り込んで、別の岩をケインの横腹に、質量で押し当てる。
岩は速くないけど、でかい。真正面から受けたケインが、たたらを踏んで二歩下がった。
「なんだよ、結局岩かよ」
思わず、笑ってしまう。あれだけ計算して、鉄を鍛えて、火薬まで詰めたのに、一番役に立ってるのが、ただのでかい石だ。
「でも、大岩すげえな」
弾かれても、味方のいる方向に飛ばない角度。それだけ計算して、岩で押しては離れ、押しては離れを繰り返す。
でも、ケインは止まらない。
暗い目のまま、向かってくる岩を剣で斬り割る。殴り砕く。砕けた岩の破片を突っ切って、少しずつ、確実に距離を詰めてくる。
俺は、身体強化で食らいつく。足の裏に空気の層を作って、地面を滑る。背中に土の柱を出して、横っ飛びに弾ける。エアホッケーの円盤みたいに、変則的に動き回って、勇者の剣を紙一重でかわす。
それでも、速さも力も、ケインのほうが上だ。
何合か打ち合ううちに、ケインの剣が、俺の剣を根元から叩き折った。はじけ飛んだ刀身が頬を裂く。
手の中に残ったのは、半分になった剣だけだ。
そして、とうとう大岩が尽きた。
十個目を撃ち終えて、収納の弾のファイルを探っても、もう使えるものは何もない。火薬入りと爆鳴気は、封印したままだ。
俺は、折れた剣を握ったまま、後ずさった。息が上がってる。汗が頬を伝って落ちる。
ケインが、ゆっくりと歩いてくる。
剣を下げたまま、少しも急がない。勝ちを確信した、余裕の足取りだ。暗い目が、まっすぐ俺を見ている。
「終わりだ、ヴォート」
観客席が、どよめいた。
伯爵派の連中が、勝ち誇った顔で身を乗り出す。貴賓席で、エリザベートが手すりを握りしめて、立ち上がるのが見えた。
俺は、手の中の、折れた剣の切っ先を見下ろした。
打つ手が、もう何もない。
「……さて。どうするかな」
ゆっくりと、顔を上げる。
最悪、負けて死ぬくらいなら、勇者ごとこの訓練場を爆鳴気で吹き飛ばして心中してやればいい。
観客も全部巻き込んで消し飛べばいいんだよな。
どうせ、一回死んで拾った命だ。惜しくもない。
でも、それは最後でいい。
その前に、一つ試したいことがあった。
ずっと前に頭をよぎったのに、思い浮かべるたび、いやそれ反則だろ、と勝手にブレーキがかかって、一度もまともにイメージできなかった魔法だ。
吹き飛ばすのは、いつでもできる。だったら、死ぬ前にダメ元でやってみるか。
俺は、そのブレーキを無理やり外しにかかった。




