第27話 暗い目の勇者と、受けてやる条件
東の畑の話をしたら、デル教授とホール助教は、子供みたいにはしゃいだ。
「本物の畑で、村の人たちと試せるんですか!?」
ホール助教が、紙の束を抱えたまま飛び跳ねる。デル教授は眼鏡を曇らせて、「ついに、ついにですな……」と、なぜか涙ぐんでる。
そこへ、畑の入り口から、聞き覚えのある声がした。
「そのお話、わたくしも伺ってよろしいですか?」
振り向くと、またあのほっかむりに長靴の王女が立ってた。今日は、手に小さな手帳まで持ってる。
やっぱり来たか。
「殿下。どこでお聞きに?」
「ホール先生から、お手紙をいただいたんです」
ホール助教が、気まずそうに目をそらす。王女に手紙を書く度胸があったとは、見かけによらないな。
四人で、東の畑で何を試すか、しばらく話し合った。王女は、相変わらず目を輝かせて、どんどん意見を出してくる。村のどこに、どれだけの人手がいるか、俺より詳しいくらいだ。
話が一段落したところで、帰り支度をしながら、王女がふと声を落とした。
「ヴォート卿。一つ、お耳に入れておきたいことが」
「なんでしょう」
「ベルンハルト伯爵家が、勇者ケイン殿を後見すると、王城に届け出ました」
手を止めて、王女の顔を見る。
伯爵家が、ケインを拾ったか。
逃げた勇者の行方なんて、誰も知らないと思ってた。暗部でも使って、ずっと探してたんだろうな。
「……ご忠告、感謝します」
王女は、少しだけ心配そうな顔をして、帰っていった。
♦
その数日後、ケインが学園に戻ってきた。
教室に入ってきたケインを見て、学生たちがざわめく。無理もない。羽織ってる外套には、ベルンハルト伯爵家の紋章が入ってた。それに、顔つきが、まるで違う。
前の、おどおどして、いつも誰かの顔色をうかがってた勇者じゃない。目の奥に、どろりと暗いものが沈んでる。
ケインは、まっすぐ俺の席の前まで来て、立ち止まった。
「ヴォート。お前が、アンジェを殺した」
教本から顔を上げる。
「俺は、何もしてないぞ。あいつと最後に会ったのは、あの往来だ。生きて、そこに座ってた」
「お前が髪を切って、恥をかかせて、子爵家から追い出した。あいつは、全部お前のせいで壊れたんだ」
話が通じないな。
誰かに、そう吹き込まれたんだろう。アンジェの髪を切ったのは俺だけど、あいつが子爵家を追われたのも、薬に溺れたのも、俺の知ったことじゃない。でも、今のケインに、それを言っても無駄だ。
「お前に、決闘を申し込む。どちらかが、死ぬまでだ」
教室中が、息を呑んだ。
俺は、教本を閉じた。
「断る」
ケインの眉が、ぴくりと動く。
「……逃げるのか」
「逃げるんじゃない。筋が通ってないって言ってるんだ」
俺は立ち上がって、ケインを正面から見た。
「お前は、ただの勇者だ。爵位も、家もない。そのお前が、ヴォート家の当主の俺に、決闘を申し込む権利はない。前にも、同じことを言ってきた馬鹿がいたよ。もう、この世にいないけどな」
ケインの手が、腰の剣にかかる。
教室の空気が、ぴんと張りつめた。
「やめとけ」
俺は、静かに言った。
「ここで先に手を出したら、どうなるか分かってるか? お前を後見してる伯爵家も、ただじゃ済まない。当主に無断で斬りかかった勇者なんて、伯爵家は庇いきれない。お前は、また拾ってくれた家を潰すのか」
ケインの手が、剣の柄の上で止まった。
図星らしい。こいつは、自分の力は化け物でも、頭は回らない。
「本気でやりたいなら、やり方がある」
俺は、ケインに顔を近づけた。
「ベルンハルト伯爵家として、ヴォート家に正式に決闘を申し込め。王城に申し出て、許可をもらえ。家と家の話にするなら、受けてやる」
ケインは、しばらく俺をにらんでいた。それから、何も言わずに教室を出ていった。暗い目のまま。
♦
伯爵家からの正式な申し込みが王城に出されたのは、その十日後だった。
俺は、アーカムを連れて王城に呼び出された。立会人として、宰相が席についてる。相変わらず、俺を見る目が冷たいな。
「ベルンハルト伯爵家より、ヴォート家への決闘の申し込みがあった。ヴォート家は、これを受けるか」
俺は、少し考えるふりをしてから答えた。
「当主が、命を賭けるんです。それなりの賭け金がなければ、受ける気になりませんね」
宰相の眉が、片方だけ上がる。
「……条件を、述べよ」
「ヴォート家が勝った場合。ベルンハルト伯爵は家督を退いて隠居。それと、伯爵領の収益の三割を、今後九十九年にわたってヴォート家に渡すこと」
部屋の隅で、伯爵家の使者が顔色を変えた。
「九十九年だと……!」
「嫌なら、申し込みを取り下げればいい。こっちから頼んだ話じゃない」
使者は、ぐっと言葉を飲み込む。
「で、伯爵家が勝った場合は」
俺は、淡々と続けた。
「ヴォート家が持つ、紙とでんぷんの製法と、その権利を、すべて伯爵家に譲る」
部屋の空気が、変わった。
宰相も、使者も、目の色が変わってる。あの紙とでんぷんが、どれだけの金を生んでるかは、王城も伯爵家も、とっくに調べがついてるんだろう。
これなら、伯爵家は乗る。勇者さえいれば、勝てると思ってるからな。王城も、乗る。俺が勇者に殺されれば、目の上のたんこぶが片付くし、万が一俺が勝っても、伯爵家が弱るだけだ。王城にとっては、どっちに転んでも損のない話だ。
宰相の口の端が、ほんのわずかに持ち上がった。
「……よかろう。双方、異存なければ、王城立会いのもと、正式な決闘とする」
異存は、どちらからも出なかった。
「日取りは、ひと月後。場所は、王立学園の訓練場とする」
訓練場か。
因縁のある場所で、また一つ、片がつくわけだ。
♦
王城からの帰りの馬車で、アーカムが、めずらしく口を開いた。
「ご当主様。勝算は、おありなので」
「さあな」
窓の外を眺めながら、俺は正直に答えた。
勇者の加護は、体に入った魔法を消す。物語で、何度も読んだ設定だ。心臓に土を出しても、水を抜いても、あいつには効かない。武具まで加護で強化されてるから、収納することもできない。
今まで俺がやってきたことは、ほとんど全部、あいつには通じない。
「ひと月、か」
それだけあれば、いくつか試せることはある。
「アーサーに手紙を書いてくれ。領地の鉄を、ありったけ送れとな。それと、鍛冶師も何人か、王都に呼ぶ」
「鉄、でございますか」
「ああ。ちょっと、作らせたいものがあるんだよ」
アーカムは怪訝な顔をしたけど、それ以上は聞かずに頷いた。聞かないほうがいい、と学習したんだろうな。
馬車の外では、どんよりした雲が、低く垂れこめていた。
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