第26話 割譲と修道院に消える女と現れそうな王女
翌朝、頬に傷のある男を縄で縛って、王都の屋敷に連れて帰る。
足の水分を抜いてあるから、男は自分じゃ歩けない。騎士に担がせて門をくぐると、出迎えのアーカムが、反射的に胃のあたりを押さえてる。
「ご当主様……今度は、何でございますか」
「隣のグラーツ男爵夫人が、俺に刺客を送ってきた。こいつが証人だ」
アーカムは、しぼんだ両足をぶら下げた男をしばらく見つめて、深いため息をつく。
それでも、すぐに頭を切り替えるのが、この執事の偉いところなんだよな。
「……他家の当主を害そうとした家には、王国法により、領地の割譲を求めることができます。手を下そうとした者が当主でなくとも、その家の者であれば、家が責を負うことになっております」
「へえ。どのくらい取れる?」
「通例では、半分かと」
半分か。思わず、口の端が上がってしまう。
「アーサーに手紙を出してくれ。グラーツ領の地図と、どこに何があるか、全部調べさせろ」
「……かしこまりました」
アーカムは一礼して、足早に書斎へ向かっていく。たぶん、手紙を書く前に胃薬を飲むんだろうな。
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その日のうちに、証人を連れて王城に申し立てる。
応対に出てきたのは、宰相だ。俺の顔を見たとたん、露骨に眉間にしわが寄る。王城で王を詰めたあの日以来だけど、相変わらず嫌われてるな。
それでも、縛られた証人と、川沿いで見つかった五人の死体の報告を突きつけられたら、言い逃れのしようがないらしい。
「……王国法に照らして、申し立ては正当と認めざるを得ぬ」
宰相は、歯ぎしりが聞こえそうな顔で、書面に印を押す。
部屋を出て廊下を歩いてると、向こうから見覚えのある男がやってくる。北部の大貴族、ニールド侯爵だ。
侯爵は足を止めて、俺の頬の傷にちらりと目をやる。それから、楽しそうに口の端を上げた。
「ヴォート卿。今度は、領地まで取るのかね」
「向こうから差し出してくれるそうなので」
「ははは。退屈しない男だ」
それだけ言って、侯爵は笑いながら歩き去っていく。相変わらず、何を考えてるのか読めない人だな。
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数日後、領地のアーサーから、グラーツ領の地図と調べ書きが届く。
それを持って、王城の役人と立会人を連れて、グラーツ男爵家の屋敷に乗り込む。
通された応接間に出てきたのは、まだ十五、六の少年だ。側室の子で、当主になったばかりのルーカスというらしい。病で寝たきりだった前当主は前回の件で責任取って自裁している。
顔が青いな。何の用で来たのかは、もう聞いてるんだろう。
続いて、使用人に付き添われて、喪服の女が入ってくる。男爵夫人のイルゼだ。俺の顔を見るなり、憎しみのこもった目でにらみつけてくる。
役人が、王城の裁定を読み上げる。
「グラーツ男爵夫人イルゼは、ヴォート家当主シンクレア・ヴォートを害そうとした。よって、グラーツ男爵家は、領地の半分をヴォート家に割譲すること。以上である」
イルゼの顔から、見る見る血の気が引いていく。
「う、嘘よ……そんな……」
震える声で、イルゼが首を振る。
「私は、ただヨアヒムの仇を討とうとしただけで……家の領地なんて……」
ルーカスが、ゆっくりとイルゼのほうを向く。
その目には、怒りしか浮かんでない。
「義母上。あなたは兄上の仇討ちのつもりで、この家の領地を半分、他家に差し出したんですね」
「ち、違うの、ルーカス、私は……」
「兄上が死んだのは、往来の真ん中で、他家の侍女を侮辱したうえに、護衛がヴォート家の当主に剣を向けたから。そのために我が家はテラード商会から金貨10000枚の融資を受けてヴォート家に賠償を支払った。父上は自らの命で責任を取られた」
少年とは思えないほど、冷たい声だ。
「なのに、あなたはこの家を傾けるおつもりですか」
イルゼは、口を開けたまま、何も言い返せずにいる。
ルーカスは俺のほうに向き直って、深く頭を下げた。
「ヴォート卿。義母の処分は、当家で責任を持っていたします。修道院に入れます」
修道院、か。
アンジェのときに、ケインに言ったことを思い出す。修道院へ送られる途中で、何が起きるか分からないってな。
でも、口にはしないでおく。この家がイルゼをどうするかは、この家の問題だ。俺の知ったことじゃない。
「割譲する土地は、こちらで選ばせてもらう」
アーサーから届いた地図を、卓の上に広げる。
指でなぞるのは、ヴォート領と地続きの東半分だ。川沿いに平らな畑が広がってて、その端には、誰も手をつけてない谷がある。アーサーの調べ書きによれば、そこからは硫黄の匂いのする煙が上がってるらしい。グラーツ家の誰も、価値があるとは思ってなかったんだろうな。
「この東半分をもらう」
ルーカスは地図を見て、唇を噛む。でも、文句は言わずに頷いて俺の眼を見てこう言った。
「承知いたしました。……先日の事が有ったにも拘らず、半分だけという寛大な取り決めにしていただき、誠にありがとうございます。今後は隣領と言う事でよろしくお願いいたします」
……ふーん、良いじゃないか。コイツ化けるかもな。
使用人たちが、イルゼの両腕をつかむ。
「離して! 嫌よ、修道院なんて!」
イルゼは身をよじって叫ぶけど、誰も手を緩めない。
「ヨアヒム……ヨアヒム……!」
泣き叫ぶ声が、廊下の奥へ遠ざかっていく。
ルーカスは、一度もそっちを見ようとしなかった。
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屋敷を出ると、空は雲一つない快晴だ。
馬車に乗る前に、丘の上から東のほうを眺めてみる。川沿いに、手入れの行き届いてない畑がどこまでも続いてる。
ここなら、デル教授とホール助教の魔法を、本物の畑で試せるな。三人で組んで耕すやり方を、村ごと使ってみるのにちょうどいい。
教授に言ったら、きっと喜ぶだろう。ホール助教は、また紙の束を抱えて走り回るに違いない。
……で、その話を聞きつけたら、あの王女も「私も行きます」って言い出すんだろうなあ。ほっかむりして、長靴はいて。
その姿が簡単に目に浮かんで、思わず苦笑いが出てしまう。
「出してくれ」
御者にそう言って、俺は馬車に乗り込んだ。




