↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/30

第26話 割譲と修道院に消える女と現れそうな王女

翌朝、頬に傷のある男を縄で縛って、王都の屋敷に連れて帰る。


 足の水分を抜いてあるから、男は自分じゃ歩けない。騎士に担がせて門をくぐると、出迎えのアーカムが、反射的に胃のあたりを押さえてる。


「ご当主様……今度は、何でございますか」


「隣のグラーツ男爵夫人が、俺に刺客を送ってきた。こいつが証人だ」


 アーカムは、しぼんだ両足をぶら下げた男をしばらく見つめて、深いため息をつく。


 それでも、すぐに頭を切り替えるのが、この執事の偉いところなんだよな。


「……他家の当主を害そうとした家には、王国法により、領地の割譲を求めることができます。手を下そうとした者が当主でなくとも、その家の者であれば、家が責を負うことになっております」


「へえ。どのくらい取れる?」


「通例では、半分かと」


 半分か。思わず、口の端が上がってしまう。


「アーサーに手紙を出してくれ。グラーツ領の地図と、どこに何があるか、全部調べさせろ」


「……かしこまりました」


 アーカムは一礼して、足早に書斎へ向かっていく。たぶん、手紙を書く前に胃薬を飲むんだろうな。


 ♦


 その日のうちに、証人を連れて王城に申し立てる。


 応対に出てきたのは、宰相だ。俺の顔を見たとたん、露骨に眉間にしわが寄る。王城で王を詰めたあの日以来だけど、相変わらず嫌われてるな。


 それでも、縛られた証人と、川沿いで見つかった五人の死体の報告を突きつけられたら、言い逃れのしようがないらしい。


「……王国法に照らして、申し立ては正当と認めざるを得ぬ」


 宰相は、歯ぎしりが聞こえそうな顔で、書面に印を押す。


 部屋を出て廊下を歩いてると、向こうから見覚えのある男がやってくる。北部の大貴族、ニールド侯爵だ。


 侯爵は足を止めて、俺の頬の傷にちらりと目をやる。それから、楽しそうに口の端を上げた。


「ヴォート卿。今度は、領地まで取るのかね」


「向こうから差し出してくれるそうなので」


「ははは。退屈しない男だ」


 それだけ言って、侯爵は笑いながら歩き去っていく。相変わらず、何を考えてるのか読めない人だな。


 ♦


 数日後、領地のアーサーから、グラーツ領の地図と調べ書きが届く。


 それを持って、王城の役人と立会人を連れて、グラーツ男爵家の屋敷に乗り込む。


 通された応接間に出てきたのは、まだ十五、六の少年だ。側室の子で、当主になったばかりのルーカスというらしい。病で寝たきりだった前当主は前回の件で責任取って自裁している。


 顔が青いな。何の用で来たのかは、もう聞いてるんだろう。


 続いて、使用人に付き添われて、喪服の女が入ってくる。男爵夫人のイルゼだ。俺の顔を見るなり、憎しみのこもった目でにらみつけてくる。


 役人が、王城の裁定を読み上げる。


「グラーツ男爵夫人イルゼは、ヴォート家当主シンクレア・ヴォートを害そうとした。よって、グラーツ男爵家は、領地の半分をヴォート家に割譲すること。以上である」


 イルゼの顔から、見る見る血の気が引いていく。


「う、嘘よ……そんな……」


 震える声で、イルゼが首を振る。


「私は、ただヨアヒムの仇を討とうとしただけで……家の領地なんて……」


 ルーカスが、ゆっくりとイルゼのほうを向く。


 その目には、怒りしか浮かんでない。


「義母上。あなたは兄上の仇討ちのつもりで、この家の領地を半分、他家に差し出したんですね」


「ち、違うの、ルーカス、私は……」


「兄上が死んだのは、往来の真ん中で、他家の侍女を侮辱したうえに、護衛がヴォート家の当主に剣を向けたから。そのために我が家はテラード商会から金貨10000枚の融資を受けてヴォート家に賠償を支払った。父上は自らの命で責任を取られた」


 少年とは思えないほど、冷たい声だ。


「なのに、あなたはこの家を傾けるおつもりですか」


 イルゼは、口を開けたまま、何も言い返せずにいる。


 ルーカスは俺のほうに向き直って、深く頭を下げた。


「ヴォート卿。義母の処分は、当家で責任を持っていたします。修道院に入れます」


 修道院、か。


 アンジェのときに、ケインに言ったことを思い出す。修道院へ送られる途中で、何が起きるか分からないってな。


 でも、口にはしないでおく。この家がイルゼをどうするかは、この家の問題だ。俺の知ったことじゃない。


「割譲する土地は、こちらで選ばせてもらう」


 アーサーから届いた地図を、卓の上に広げる。


 指でなぞるのは、ヴォート領と地続きの東半分だ。川沿いに平らな畑が広がってて、その端には、誰も手をつけてない谷がある。アーサーの調べ書きによれば、そこからは硫黄の匂いのする煙が上がってるらしい。グラーツ家の誰も、価値があるとは思ってなかったんだろうな。


「この東半分をもらう」


 ルーカスは地図を見て、唇を噛む。でも、文句は言わずに頷いて俺の眼を見てこう言った。


「承知いたしました。……先日の事が有ったにも拘らず、半分だけという寛大な取り決めにしていただき、誠にありがとうございます。今後は隣領と言う事でよろしくお願いいたします」


……ふーん、良いじゃないか。コイツ化けるかもな。


 使用人たちが、イルゼの両腕をつかむ。


「離して! 嫌よ、修道院なんて!」


 イルゼは身をよじって叫ぶけど、誰も手を緩めない。


「ヨアヒム……ヨアヒム……!」


 泣き叫ぶ声が、廊下の奥へ遠ざかっていく。


 ルーカスは、一度もそっちを見ようとしなかった。


 ♦


 屋敷を出ると、空は雲一つない快晴だ。


 馬車に乗る前に、丘の上から東のほうを眺めてみる。川沿いに、手入れの行き届いてない畑がどこまでも続いてる。


 ここなら、デル教授とホール助教の魔法を、本物の畑で試せるな。三人で組んで耕すやり方を、村ごと使ってみるのにちょうどいい。


 教授に言ったら、きっと喜ぶだろう。ホール助教は、また紙の束を抱えて走り回るに違いない。


 ……で、その話を聞きつけたら、あの王女も「私も行きます」って言い出すんだろうなあ。ほっかむりして、長靴はいて。


 その姿が簡単に目に浮かんで、思わず苦笑いが出てしまう。


「出してくれ」


 御者にそう言って、俺は馬車に乗り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。