第25話 屈しない友人とエアホッケーの円盤
朝、学園の門をくぐったら、仁王立ちで待ち構えてる男がいた。
赤毛で、がっしりした体つき。吊ってた腕は、すっかり治ったらしい。
「約束どおり、俺個人で来たぞ、ヴォート!」
ダリルだ。朝っぱらから、声がでかい。
訓練場に移って、木剣で向かい合う。周りには、いつの間にか見物の学生が集まってた。最凶の腫れ物に、真正面から挑む馬鹿がいるって、あっという間に噂になったらしい。
ダリルが、雄叫びを上げて打ちかかってくる。
一合目を受けて、二合目を流す。力任せだけど、太刀筋はまっすぐで、悪くない。三合目で、木剣の根元を叩いてやると、ダリルの手から木剣がすっぽ抜けた。
ダリルは勢いあまって、そのまま尻もちをつく。
「くそっ!」
地面を拳で殴って、ダリルが顔を上げた。
「次こそ勝つ! また挑んでやるからな!」
「おう、いつでも来い」
思わず、声を出して笑ってしまった。
見物してた学生たちが、ぽかんとしてこっちを見てる。最凶の腫れ物が笑ってるのが、よっぽど珍しいらしい。
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ヴォート領の東隣、グラーツ男爵家の屋敷。
薄暗い私室で、喪服を着た女が、卓の上に金袋を置いた。男爵夫人のイルゼだ。
向かいに座っているのは、頬に古い刀傷のある男だった。
「ヴォートの小僧を、殺しておくれ」
イルゼの声は、細かく震えている。
「うちのヨアヒムを、往来の真ん中で、虫けらみたいに斬り捨てた男よ」
嫡男のヨアヒムが死んで、もう半月になる。病で寝たきりの夫は、知らせを聞くと、あっさり側室の産んだルーカスを跡継ぎに決めた。葬儀の席で、側室が伏せた顔の下で笑っていたのを、イルゼは見逃さなかった。
もう、イルゼには何も残っていないのだ。
「あの小僧が死ねば、少しは気が晴れるわ」
男は金袋を手に取って、重さを確かめる。それから、黙って頷いた。
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それから数日、誰かに見張られてる気配がずっと続いてた。
学園の行き帰りに、物陰からこっちをうかがう目がある。人ごみに紛れて、同じ顔がちらちら見える。素人じゃないけど、一流ってほどでもないな。
さて、誰の差し金かな。
伯爵家なら、もっと上手くやるはずだ。王城なら、前みたいに騎士を使う。となると、俺が恨みを買ってる家のどれかだろう。心当たりが多すぎて、絞れないのが困る。
屋敷に来られるのは、まずい。離れには子供たちがいるしな。
だから、わざと騎士も連れずに、人通りの少ない川沿いの道を一人で帰るようにした。来るなら、こっちに来てもらったほうがずっと楽だ。
三日目の夜、ようやく釣れた。
川沿いの道に差しかかったところで、前の暗がりから三人、後ろから三人、男たちが出てくる。全部で六人だ。
前の真ん中にいた男が、剣を抜いた。頬に、古い刀傷がある。
「ヴォート男爵だな。恨みはないが、死んでもらう」
俺は、思わず口の端が上がるのを止められなかった。
「ちょうどよかった。試したいことが、いくつかあったんだよ」
男たちが、怪訝な顔をする。
最初に斬りかかってきたのは、右の男だった。
俺は、その男の心臓から、水だけを抜くイメージをする。死体のファイルでやったのと同じだ。H2Oだけを、ごっそりと。
男は剣を振り上げたまま、ぴたりと固まった。それから声も出さずに、前のめりに崩れ落ちる。
「……おお、本当にできた」
生きてる人間でも、ちゃんと抜けるんだな。
二人目が、仲間が倒れたのを見て、一瞬だけ足を止める。その隙に、今度は両腕の水分だけを抜いてやる。
男の腕が、見る間にしぼんでいく。皮膚が骨に張りついて、枯れ枝みたいになった。剣が手から滑り落ちて、男は自分の腕を見て絶叫する。
「腕だけでも、いけるんだな」
残りの連中の顔色が変わった。
後ろの二人が、慌てて距離を取って弓を構える。十メートルの外から射れば、何とかなると思ったらしい。
俺は、身体強化をかけた。出力は四倍。どうせ、見てる奴は全員ここで片付ける。
それから、背中のすぐ後ろに、土の柱をどんと出す。
柱に背中を押されて、俺の体が前に弾き飛ばされた。同時に、足の裏に風で薄い空気の層を作る。地面に足をつけたまま、空気の上をつーっと滑っていく。
弓を引き絞る暇も与えずに、俺は二人の目の前にいた。
「な……!」
二人の喉元から、水を抜く。二人とも、弓を握ったまま倒れた。
なるほどな。エアホッケーの円盤だな、これ。土の柱がマレットで、俺が円盤だ。弾かれるほうの身にもなってみろって話だけど。
五人目が、背中を向けて逃げ出した。
今度は、横から土の柱を出して、真横に弾く。空気の上を滑って、川べりに回り込む。逃げる男の背中に向けて、収納を開いた。
出したのは、岩だ。前に領地に戻ったとき、崖の上から落として、地面に着く前に勢いごと収納しておいたやつだ。本当に勢いを保ったまま出せるか、ずっと試したかったんだよな。
岩は、落ちてきたときの勢いのまま、まっすぐ男の背中にぶち当たった。男の体が、紙くずみたいに吹き飛んで、川の中に落ちる。水しぶきが上がって、それきり静かになった。
「勢いも、ちゃんと残るのか」
これは使えるな。
最後に残ったのは、頬に傷のある男だった。剣を構えたまま、がたがた震えてる。
俺は、そいつの両足の水分だけを抜いてやった。
男は、立っていられなくなって、その場に崩れ落ちる。しぼんだ両足を見て、ひいっと喉を鳴らした。
俺は男の前にしゃがみ込んだ。
「さて。誰に頼まれた?」
「し、知らねえ……」
「そうか」
男の右腕に、手をかざす。
「次は腕だ。そのあとは、どこにしようかな」
男の顔が、ぐしゃぐしゃに歪んだ。
「グ、グラーツ男爵夫人だ! 息子の仇だって……!」
グラーツ。
少し考えて、思い出した。アンジェの取り巻きで、俺が街の真ん中で斬った三人のうちの一人が、たしかそんな家の嫡男だった。
しかも、グラーツ領は、ヴォート領の東隣だ。
俺は、口の端を上げた。
「隣の領か。……ちょうどいいな」
男の襟首をつかんで、引きずり起こす。
「お前は生かしといてやる。証人は、一人いれば十分だからな」
見上げると、雲一つない夜空に、月がくっきりと浮かんでた。
いい夜だ。そう思った瞬間、胃の奥から、何かがせり上がってきた。
視界が、ぐらりと揺れる。さっきまで弾かれたり滑ったりしてたのが、今になって全部まとめて来たらしい。
俺は男の襟首をつかんだまま、片手で口を押さえた。
「……これ、酔うなあ」




