第23話 ほっかむりの王女
休み明けの朝、学園の掲示板に、でかでかと張り紙が出ていた。
『学生数の減少に伴い、本日より四学級を三学級に再編する』
張り紙の前には学生が群がってたけど、俺が近づくと、さあっと人垣が割れた。そんなに露骨に避けなくてもいいだろ。
まあ、減った理由の半分以上は俺だけどな。
レーヴェンの取り巻きの三家の話だが、一家は当主がのたうち回って『病死』した上に、ヴォート家に金貨500枚を30年にわたって支払うことに。一括なら10000枚にしてやろうかと思ったんだけど、お金が無いんだから仕方ない。
支払いが滞ったら、領地はウチの物だけど、遠いし思い入れも無いし、特にいらないので頑張って支払ってほしい。
もう一家は出入りの商家に10000枚借りて、耳を揃えて払いに来たよ。責任取って当主も自裁したしな。とにかく関わりたくないらしい。お隣の領地なんだけど、仲良くなれそうにないな。
もう一家は、当主が自裁して家は甥が継ぐのでと、行ってきたが「じゃあ割引で金貨9999枚で。嫌なら潰すけど?」という事を丁寧にお話したら、親族中からかき集めてきた。
マリー達にしたことは腹立つけど、今回はあの場に俺がいたから賠償金がえらい事になったなあ。
使用人皆に結構な手当を弾んだけど、特に護衛達なんて、特別手当出たから、王都に家買えるって言う位だ。
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新しい教室に入ると、知らない顔がずいぶん増えてた。もとの俺のクラスからは十人以上いなくなったんだから、そりゃそうなる。新しく来た連中は、俺を見るなり目をそらして、ひそひそと何か言い合ってる。
静かでいいや。
午前の授業が終わると、俺はさっさと教室を抜け出して、学園の端にある実験畑に向かった。最近は、ここにいる時間のほうが長い。
「ヴォート君、待ってましたよ」
畑の脇の小屋から、デル教授が眼鏡を押し上げながら出てきた。後ろから、書類の束を抱えたホール助教もついてくる。
「今日は、魔力の操作を三つの段階に分ける案を考えてみたんです」
ホール助教が、畑の脇の机に紙を広げる。土を動かす、風を通す、水を混ぜる。それぞれを別の人がやれば、一人一人の負担は小さくなる、という案だった。
「三人で組んで耕すわけか。農村なら、家族でやれそうだな」
「そうなんです! 父と母と子供で、ちょうど三人ですし」
ホール助教が、ぱっと顔を明るくする。デル教授は腕を組んで、うーんと唸った。
「ただ、三人の息が合わないと、土がうまくほぐれないんですよ。昨日、私と助手でやってみたら、畝が蛇みたいにくねくねになりまして」
「それは、教授が風を吹き込むのが早すぎたからです」
「いや、ホール君の水が遅かったんだよ」
二人が言い合いを始めたので、俺は笑いながら止めに入った。こういう議論は、見てて楽しい。前世の会社の会議室じゃ、まず見られなかった光景だ。
そのとき、畑の入り口のほうから、誰かがこっちに歩いてくるのが見えた。
小柄な女だった。
頭には、農家のおばさんみたいに布をかぶってて、顎の下できゅっと結んでる。手には、分厚い革の手袋。上等そうな水色のドレスを着てるのに、その裾の下から、なぜか茶色いズボンがのぞいてた。足元は、泥よけの長靴だ。
なんだ、あれ。
三人とも、言い合いの途中で固まった。
女は、俺たちの前まで来ると、ドレスの裾をつまんで、きれいなお辞儀をした。そのお辞儀だけは、どう見ても宮廷仕込みだった。
「突然お邪魔して、ごめんなさい。こちらで、畑をたちまち耕せる魔法を研究していると聞いて、伺いました」
顔を上げた女を見て、俺は息を呑んだ。
金色の髪を布の下にまとめて、まっすぐな青い目をしてる。見覚えがあった。原作のアニメで、何回も見た顔だ。
エリザベート。この国の第二王女だ。
デル教授とホール助教も、ようやく気づいたらしい。二人そろって、真っ青になって膝をつこうとする。
「お、王女殿下!? なぜ、このような所に……!」
「あ、どうか、そのままで。今日は、勉強させていただきに来ただけですから」
王女は慌てて手を振る。その手袋には、もう少し土がついてた。来る途中で、どこかの畑でも触ってきたらしい。
お付きの姿は、どこにも見えない。まさか、一人で来たのか。
俺たちが三人そろって、王女の頭のてっぺんから長靴の先までを眺めてたら、王女は急に不安そうな顔になった。
「……あ、あの。やっぱり、おかしいですか?」
王女は、自分のドレスを見下ろして、裾をつまんだ。
「畑に入るなら、スカートでは動きにくいと思って、下にズボンをはいてきたんです。それとも、この色の組み合わせが変でしょうか? 侍女たちは、何も言ってくれなくて……」
色の組み合わせ、の問題じゃないんだよなあ。
王女が、ほっかむりして長靴はいてる。三人とも、そこに驚いてるのに、本人は服の色を気にしてる。
こらえきれずに、俺は吹き出してしまった。
「ヴォート君!」
デル教授が、小声で悲鳴を上げる。ホール助教は、顔を覆ってる。
「失礼しました、殿下。服はおかしくありません。畑に入るなら、むしろ正しい格好です」
俺は笑いを噛み殺しながら、貴族の顔で頭を下げた。
「シンクレア・ヴォートと申します。こちらはデル教授と、ホール助教です。畑の魔法は、三人で研究しています」
「あなたが、ヴォート卿なのですね」
王女は、少しだけ目を見開いた。俺の噂は、王城にも届いてるんだろう。いい噂じゃないはずだ。
でも、王女はそれ以上何も聞かずに、にっこりと笑った。
「では、見せていただけますか?」
俺は畑の端にしゃがんで、硬い地面に手を当てた。土と風と水を同時に動かして、一立方メートル分だけ耕してみせる。地面がもぞもぞと動いて、黒くふくらんだ畝が一本立ち上がった。
王女は、すぐにしゃがみ込んだ。手袋を外して、素手で土をすくう。握って、指の間からこぼして、においまで嗅いでる。
「ふかふかですね……。これなら、種もすぐに根を張れます」
それから、ぱっと顔を上げた。
「これを、一人ではなく、何人かで分けてできるようにすることは?」
ホール助教が、目を丸くした。
「ちょうど今、その話をしていたところです!」
それから、四人で机を囲んだ。
王女は、デル教授とホール助教の話を、一言も聞き漏らすまいって顔で聞いてた。分からないところは、遠慮なく聞き返す。それだけじゃない。自分の意見も、どんどん出してくる。
「王領の農村では、秋の刈り入れのあと、男手が出稼ぎに出てしまうんです。残るのは、女と子供とお年寄りばかりで。だから、力のいらない役目を作れたら……」
「水を混ぜる役なら、子供でもできるかもしれませんね」
「そうです! それに、適性の小さい人でも、三人集まれば……」
王女は、話に夢中になるあまり、土のついた手で頬を押さえた。白い頬に、くっきりと泥の跡がつく。
本人は、まったく気づいてない。デル教授が言おうかどうか迷ってるのが見えたけど、王女は構わずしゃべり続けてる。
面白い王女だな。
王城の連中みたいに、着飾って人を見下ろすんじゃなくて、自分で泥に手を突っ込んで、農民のことを本気で考えてる。
原作の二部の、エリザベートそのままだ。
一部の最後で、この人はアンジェの進言で、ガレリアに嫁がされる。和平のための囮みたいな結婚で、王国から捨てられるんだ。それでも、二部ではガレリアで民のために国を立て直して、勇者と戦うことになる。
俺がこの話で一番好きだったのは、実はこの人だった。
そこまで考えて、ふと気づいた。
アンジェは、もういないんだよな。
この人を売る進言をするはずだった女は、もう王都のどこにもいない。だったら、この人はもう、ガレリアに売られなくて済むのかもしれない。
俺は、いつの間にか、この人の運命まで変えてたのか。
「……ヴォート卿?」
気づくと、王女がこっちを見てた。頬に泥をつけたまま、首をかしげてる。
「どうかなさいましたか?」
「いえ。殿下、頬に土がついていますよ」
「えっ!?」
王女は慌てて頬をこすって、余計に泥を広げた。ホール助教が、とうとう笑い出す。デル教授も、肩を震わせてる。
王女は真っ赤になって、それから自分でも笑い出した。
見上げると、空は雲一つない快晴だった。




