第21話 傷物同士と、血まみれの髪
決闘のあと、学園での俺の扱いは、もう腫れ物どころじゃなくなった。
廊下を歩けば、前から来た学生が左右にさっと割れる。教室に入れば、誰も目を合わせない。教授たちまで、俺を当てるときは声が上ずってる。最凶の腫れ物ってやつだな。
まあ、静かでいいけどな。
ただ一人だけ、相変わらずな奴がいる。
「人殺し」
廊下ですれ違いざまに、聞こえよがしに言ってくる。アンジェだ。
食堂では、取り巻きの令嬢や令息を集めて「勇者様がいらっしゃる学園に、あんな狂犬を置いておくなんて」と言って回ってるらしい。決闘に割り込んで、泥の中に蹴り飛ばされたのが、よっぽど腹に据えかねてるんだろう。
ヴォート家からは、アンジェの家の子爵家に、決闘に乱入したことへの抗議の手紙を正式に送ってある。アーカムが書いて、俺が署名したやつで、もちろん学園からも出させた。
でも、返事は一向に来ない。
「勇者の後見をしているというだけで、ずいぶん気が大きくなっているようですな」
アーカムが、胃のあたりを押さえながらぼやく。
「放っとけ。そのうち頭を下げるか、俺が殺すさ」
その日の放課後、中庭を歩いてたケインを呼び止める。
ケインは、びくっと肩を揺らしたが、こちらに歩いて来た。
「ケイン。お前、アンジェと仲がいいんだろ」
「……幼なじみだ。子爵家に拾われたときから、ずっと一緒にいる」
「じゃあ、お前が殺せ。このままだと子爵家は全員俺が殺すぞ」
ケインの目が、大きく見開かれる。
「……脅しか」
「お前はバカか。決闘を邪魔したんだぞ。今は王城にヴォート家として申し立ててる。お前の所は伯爵家や宰相がいると思ってるようだが、法を破るなら俺は子爵家と王家は皆殺しにするぞ」
ケインは何か言い返そうとして、口を開いたまま、結局何も言えずに黙り込んだ。
「いいか。お前がケリをつけろよ」
それだけ言って、俺はその場を離れた。
♦
数日後の休みの日、俺はマリーを連れて、子供たちの服を買いに街へ出た。
前に散歩の途中で襲われたことがあるから、あのとき子供たちを守った騎士二人も、護衛につけてある。
マリーは、額の傷を隠すように前髪を下ろしてる。でも、その髪は肩にも届かないくらい短い。夫が死んだときに、喪に服して切ったのを、今もそのままにしてるんだそうだ。
「その髪、俺は好きだけどな」
そう言ったら、マリーは少し照れたように前髪をいじっていた。
仕立屋で、子供たちの寸法を書いた紙を店主に渡す。七人分だから、けっこうな量だ。店主が帳面に書き写すのを待つ間に、ふと向かいの店の窓に、小さな木彫りの鳥が並んでるのが見えた。
「ちょっと待っててくれ。ハルに土産を探してくる」
「はい。お待ちしております」
マリーと騎士たちを仕立屋の前に残して、俺は通りを渡った。
木彫りの店は、思ったより品ぞろえがよかった。鳥のほかに、羊や犬もいる。ハルなら、羽を広げた小鳥のほうが喜びそうだな。どれにしようか迷ってたら、通りのほうから、甲高い笑い声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。
包みを受け取って、店の扉を開ける。
仕立屋の前に、アンジェが立ってた。取り巻きを三人連れて、そいつらの後ろには、それぞれの家の護衛までくっついてる。
「あの女、誰?」
アンジェが聞くと、取り巻きの一人が、にやにやしながら答えた。
「ヴォートのところのメイドですよ。ほら、あの短い髪。未亡人のくせに、狂犬にくっついてる街娼じゃないかって、もっぱらの噂です」
取り巻きたちが、どっと笑う。
うちの騎士たちが、マリーの前に出た。でも、剣には手をかけられない。相手は貴族の子弟だ。こっちから手を出せば、罪に問われるのは騎士のほうになる。
「お引き取りください」
騎士は、口でそう言うしかない。
マリーは黙って頭を下げたまま、動かなかった。
アンジェが、そのマリーの前まで歩いていく。そして、マリーの前髪を、指でつまんで持ち上げた。
額の傷が、あらわになる。
「あら、あなた、ずいぶん大きな傷があるじゃない」
アンジェは、楽しそうに目を細めた。
「あの狂犬も、この前の決闘で頬に傷をこしらえてたわね。傷物同士、お似合いだこと」
その瞬間、頭の中がすっと冷えていくのが分かった。
俺は、手にしてた土産の包みを、近くにいた騎士に放り投げた。騎士は慌てて受け止める。
それから、何も言わずに、通りを渡っていった。
取り巻きの一人が、俺に気づいて振り向いた。何か言おうとして、口が開きかける。
言い訳を聞いてやる気は、なかった。
剣を抜いて、一人目を袈裟に斬り捨てる。
二人目が悲鳴を上げて、後ずさった。
俺は、身体強化をかけながら踏み込んで、首を刎ねる。
三人目は、背中を向けて逃げ出そうとしてた。
二歩で追いついて、その背中を斬り捨てる。
三人とも、一言もしゃべらせなかった。
石畳の上に首が転がり、血と臓物が広がっていく。
通りが、しんと静まり返った。行き交ってた人たちが、みんな足を止めて、こっちを見てる。
アンジェは、目の前で起きたことが分からないみたいに、その場に固まっていた。マリーの前髪をつまんでた手が、宙に浮いたままになってる。
俺は、アンジェの前に立った。
それから、血まみれの剣で、アンジェの長い巻き毛を、根元からざっくりと切り落とした。
手に残った髪の束を、取り巻きたちの死体の上に放り投げる。栗色の髪が、血だまりの中に沈んでいった。
「お前が笑った傷はな、子供たちを守ってできた傷だ」
アンジェは、短くなった自分の髪に、震える手をやった。
それから、ようやく悲鳴を上げた。
その声で、固まってた取り巻きの家の護衛たちが、我に返ったらしい。剣を抜いて、こっちに斬りかかってくる。
当主に刃を向けた時点で、もう遠慮はいらない。
「やれ」
俺がそう言うと、うちの騎士二人が前に出た。数は向こうのほうが多いけど、騎士たちの動きには少しも迷いがない。子供たちを守ったときと同じように、一人、また一人と、あっという間に護衛を斬り倒していく。
俺はアンジェの頭を掴んで額から眉にかけてを切り裂いてから地面に放り出す。
そこへ、通りの向こうから、誰かが走ってくる足音がした。
ケインだ。菓子屋の包みを抱えたまま、息を切らせてる。アンジェに頼まれて、近くの店に買い物に行ってたらしいな。
ケインは、血の海と、髪と額を切られて座り込んでるアンジェを見て、言葉を失った。
俺は、剣の切っ先をアンジェの喉に向けた。
「どけ。その女は殺す」
「ま、待ってくれ!」
ケインが、菓子の包みを放り出して、アンジェの前に立ちふさがる。
「僕から、ちゃんと言い聞かせる! だから……」
俺は、ため息をついた。
「……お前、これがどういうことか分かってないのか?」
「え……」
「子爵家には、ヴォートから抗議が行く。それを収めるには、自死か修道院送りしかない。でもな、どうせ途中で殺されるぞ」
「な……まさか」
「勇者の後見で家を大きくしようって家が、嫡男でもないバカ女を生かしてまで、弱みを残すと思うのか?」
「嘘だ!」
ケインが叫ぶ。
俺は、剣を下ろした。血を振り払って、鞘に収める。
「まあ、どっちでもいい。今日中に俺が乗り込むから、はっきりするだろう」
それだけ言って、俺は踵を返した。
仕立屋の前に戻ると、マリーが黙って俺を見上げていた。
「待たせたな」
マリーは何も言わずに、俺の上着の袖を、そっとつかんだ。指先が、少しだけ震えてる。
騎士の一人が、さっき放り投げた土産の包みを差し出してきた。
「シン様、こちらを」
包みを開けてみると、羽を広げた小鳥が、無事なまま入ってた。血も、ついてない。
「よかった」
思わず、少しだけ笑ってしまう。
見上げると、空はいつの間にか、厚い雲にすっかり覆われていた。
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