第18話 償いの値段と月夜の窓
御者が口を割るまで、大して時間はかからなかった。
物置で蹄鉄屋の見習いと顔を合わせさせたら、それだけで膝から崩れ落ちたからな。ならず者に金を渡したのも、散歩の道順を教えたのも、全部若様の言いつけだったそうだ。アーカムに証言を書き取らせて、署名もさせてある。
日が沈みきる前に、俺はローデン子爵邸の門をくぐった。
応接間で待っていたのは、子爵と息子だ。子爵は四十過ぎの、人のよさそうな顔をした男。息子のほうは学園で何度も見かけてる。クラウスの後ろで、いつもへらへら笑ってた奴だな。今日は笑ってない。
俺は挨拶もそこそこに、署名入りの証言をテーブルに置いた。
「本日の昼、当家の使用人の子供たちが、散歩の途中でならず者に襲われました。ならず者を集めて金を渡したのは、こちらの御者です。本人がそう証言していますし、身柄も当家で預かっています」
子爵の顔から、すうっと血の気が引いていく。
「王都の中で暴漢を雇って、他家を襲わせた。しかも狙ったのは当主の俺じゃない。使用人の、その子供です。王城に知れたら、取り潰しは免れないでしょうね」
息子の手が震えて、カップの受け皿がかちゃかちゃ鳴ってる。
「ほかに関わったのは?」
「バ、バルツ子爵家の次男と、ハーゲン男爵家の……。お、俺が言い出したんじゃありません!」
「お前の家の御者が金を配ってるのにか?」
息子は口を開けたまま、何も言えなくなった。
「クラウスは?」
「クラウス様は……何も。何もおっしゃいませんでした」
何も言わなかった、か。らしいと言えば、らしいな。
俺は子爵に向き直った。
「条件を言います。ご子息は廃嫡のうえ、家名を剥奪。関わった三家で、賠償金を払っていただく。子供一人につき金貨百枚、子守りに三百枚ずつ。子供たちを守った騎士二人に五百枚ずつ。額を割られたメイドに二千枚。ヴォート家に五千枚。合わせて九千三百枚です」
子爵は声も出せずにいる。
「その代わり、この件は王城に報告しません。新しい跡取りを立てることにも、口は出しませんよ」
跡取り、と聞いて、子爵は一瞬だけ目を閉じた。この家には、まだ乳母の手を離れたばかりの次男がいると聞いてる。
それから、震える手で書面に署名した。
インクが乾くのを待って、俺は息子のほうを向いた。
「さて。あとは、お前の始末だ」
息子の顔が、真っ白になる。
俺は子爵を振り返った。
「どうします? ご自分で手に掛けるなら、譲りますが」
子爵は長いこと息子を見つめていた。それから黙って立ち上がり、扉の前で背中を向けたまま言った。
「……せめて、苦しまないように」
扉が閉まる。
「待って! 父上! 父上ー!」
息子が扉にすがりつく。もう家名もない、ただの男だ。
「子爵の、お前への最後の情だ。約束どおり、苦しまないように送ってやるよ……な訳ねえだろ?」
「いやだ! いや……ギャァァグッ!!」
俺は奴の体内のミネラルを集めて、結石を尿道のみならず手足の血管にも作ってみた。喉元を押さえて悲鳴を押さえる。
中々に痛そうじゃないか。海老みたいに跳ねてる。
これは、自白させたり、拷問や殺さない時に使えそうだな。
ガキどもとマリーのケジメだ。たっぷりと味わえ。
激痛で気絶するが、膀胱を軽く殴ると意識を取り戻す。
鼻水や涙で顔はグシャグシャで白目を剥いてる。
「うん、ケジメはもういいだろ。お前、死ねよ」
俺は心臓からカリウムを抜く。
血も出ない。内臓も出ない。ただ崩れ落ちただけだ。
「ふーん。やっぱり、これですぐ死ぬのか」
処分も実験もできて、こっちは有意義だった。子爵は息子の処分を自分でしなくとも済んだし、屋敷も汚れなかった。
こりゃウィンウィンってやつだな。
廊下に出ると、子爵が壁に手をついて立っていた。
「残りの二家の始末は、お任せしますよ。賠償金の窓口も、こちらでお願いします」
子爵は黙って、深く頭を下げた。
屋敷を出ると、西の空が赤く染まっていた。雲一つない、いい夕焼けだな。
♦
屋敷に戻って、まずマリーの部屋へ向かったけど、扉の前で子守りに止められた。今日は、誰とも会いたくないそうだ。
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深夜。
マリーは寝台に腰かけたまま、窓の外の月を眺めていた。
額の包帯の下で、縫った傷がじくじくと痛む。医者は、跡がはっきり残ると言った。鏡はまだ見ていない。見なくても、どんな顔になったかは想像がつく。
コン、と窓に何かが当たる音がした。
マリーは立ち上がって、窓を開けた。月明かりの庭に、シンクレアが立っている。
シンクレアの足元で土がわずかに鳴った。次の瞬間、その体がふわりと浮き上がり、二階の窓枠に音もなく降り立った。
♦
「やあ。やっと会えたね、マリー」
「……シン様」
マリーの目は、少し腫れてる。
「なんか、つまんないこと考えてるんじゃないかなと思ってさ」
マリーは目を伏せて、静かに言った。
「私の傷は、はっきり残るそうです。シン様のお相手は、今後辞退させていただきます」
「なんで?」
「私のような傷物が、シン様のおそばに……」
最後まで言わせなかった。窓枠から降りて、唇をふさぐ。
マリーの体がこわばって、それから少しずつ力が抜けていく。顔を離して、俺は額の包帯にそっと触れた。
「俺が倒れて寝込んでたときにさ。贅沢したいからって、弟に抱かれて愛妾を狙ってた女がいたんだ」
マリーが顔を上げる。いつか市場の路地で、俺が金貨を握らせた女のことだと気づいたみたいだ。
「なのにお前は、子供たちの未来を護ってできた傷を恥じて、身を引くのか」
「シン様……」
「お前は、俺がずっと欲しかった女なのかもしれないな」
俺はマリーの手を引いて、寝台に座らせた。その前にしゃがんで、目の高さを合わせる。
「俺はいずれ、正妻を娶ることになるだろう。形だけじゃなく、キチンと相手と向き合うつもりだし、愛そうとも思う」
マリーは少しだけ寂しそうに笑って、それでもまっすぐ俺の目を見て頷いた。分かっています、という顔だ。最初から、そういう約束で来てくれた人だからな。
「だが、俺みたいな人間がそう思えるようになったのは、お前のおかげだ。マリー、ずっと俺のそばにいろ。わかったか」
マリーの目が、大きく見開かれる。その目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「……私で、いいんですか」
「お前がいいんだよ」
マリーは何か言おうとして、言葉にならずに、俺の肩に額を押しつけた。包帯越しに、熱が伝わってくる。
開いたままの窓から差し込む月明かりの中で、二人の影がゆっくりと重なった。
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