第15話 一立方メートルの畑を嗤う者と希望を見出す者
研究発表の日、学園の実験畑には、教授や学生がずらりと並んでいた。
当主になったとはいえ、俺も学生だ。単位を取るには、何かしら研究の成果を出さなきゃいけない。そこで選んだのが、畑だった。
「あれがヴォートか」
「教官が倒れたとき、そばにいたっていう」
「無能が何を見せるつもりだ?」
ひそひそ声が、あちこちから聞こえる。教授たちは前の列に陣取って、腕を組んで俺を眺めていた。品定めというより、最初から笑うつもりの顔だな。
この国の農業の魔法といえば、土魔法で土を出して畑を作るか、手を当てて地面を盛り上げるくらいしかない。でも、魔法で出した土には滋養がないから、そのままじゃ作物はほとんど育たない。結局は人の手で耕して、肥料と水を足して、ようやく畑になる。
王国は畑と漁で食べてる国なのに、そこに魔法がほとんど役に立ってない。前世の感覚からすると、もったいないにもほどがある。
俺は、硬く踏み固められた地面の前にしゃがみ込んで、掌を当てた。
土魔法で、土を動かす。同時に、風魔法でごく細い空気を何本も吹き込んで、土の中をかき混ぜていく。そこに、糸みたいに細い水も混ぜ込む。
掌の下で、土がもぞもぞと動き出した。硬かった地面がほぐれて、黒っぽくふくらんでいく。そのまま土が盛り上がって、きれいな畝が一本、すっと立ち上がった。
見物してた学生たちが、どよめく。
「……耕してあるぞ」
「ふかふかだ」
前の列にいた農家出身らしい学生が、思わずしゃがんで土を握っている。
「肥料を先に撒いておけば、それも一緒に漉き込めます。あとは、種をまくだけです」
俺は立ち上がって、手の土を払った。
本当のことを言うと、これはもうある土を動かしてるだけだから、量の制限はない。やろうと思えば、この実験畑くらい丸ごと耕せる。でも、見せるのは一立方メートルまでだ。俺の土魔法の適性は一立方メートルって、学園の記録にもちゃんと残ってるからな。
前の列から、鼻で笑う声がした。
「一立方メートルでは、話にならんな」
「所詮は、無能の小手先だ」
「畝一本を耕すのに、魔法使いがわざわざ手を当てるのか? 農夫を一人雇ったほうが早い」
教授たちが、口々に言い合って笑っている。
予想どおりだ。俺は、貴族の顔で笑い返した。
「手法は、もう確立されました。何か問題でも?」
「何だと?」
「私の適性は一立方メートルですが、世の中にはもっと大きい適性の方がいくらでもいます。国中の農家がこれを使えば、どれだけの畑を耕せるか。そんなことも分からずに、教授をなさっているんですか? あなた方は、国の金で遊んでいるんですか?」
教授たちの笑い声が、ぴたりと止んだ。
「……まあ、いいでしょう。この話は、うちの領地ではもう知られています。そのうち吟遊詩人も歌うでしょうね。『有用なものを見抜けない、学園の教授たち』って」
「き、君は、我々を脅す気か!」
一番前にいた太った教授が、顔を真っ赤にして立ち上がる。
「脅す? 有用なことを見抜けない間抜けを脅すほど、私は暇じゃありません」
俺は、教授たちの顔を一人ずつ見ていった。
「これが有用じゃないと思う方は、名乗り出て理由を教えてください」
実験畑が、しんと静まり返る。
誰も、何も言わない。さっきまで笑ってた連中が、そろって目をそらしている。
そのとき、後ろのほうで、遠慮がちに手が二本上がった。
気の弱そうな、痩せた中年の教授だ。その横で、若い女の助手も、おずおずと手を上げている。
「あ、あの……」
中年の教授が、汗をかきながら口を開く。
「この魔法の操作は、かなり難しいと思うんです。土と風と水を、同時に、それもこんなに細かく動かすなんて……。あなたにしか使えないのなら、その、有用性に疑問が……」
とたんに、周りが沸き立った。
「そうだ!」
「無能が作った魔法など、誰が使える」
「所詮は学生の遊びだ」
息を吹き返したみたいに、教授たちが口々に言い出す。でも、どれも中身のない野次ばかりだ。
俺は野次を全部聞き流して、手を上げた二人のほうに向き直った。
「デル教授と、ホール助教でしたね」
「は、はい」
「では、どうするべきだと?」
デル教授が言葉に詰まると、横のホール助教が、緊張した顔で口を開いた。
「あ、あの……これ自体は、農家の人はすごく喜ぶと思うんです。だから、魔力の操作を簡単にするとか、手順を分けて、一つずつできるようにするとか……」
「ええ。私も、そう思っていました」
二人が、目を丸くする。
「魔力の操作を手助けする魔道具を作るか、時間はかかっても操作を分けて、誰でもできるようにするほうを優先するか。そこを決めかねていたんです。よろしければ、共同で研究しませんか?」
デル教授とホール助教は、顔を見合わせて、ぽかんと口を開けていた。
「わ、私たちと、ですか?」
「ほかに、まともな意見を出してくれた方がいませんので」
ホール助教の顔が、少しずつ赤くなっていく。デル教授は眼鏡を外して、何度も目をこすっていた。
俺は、ほかの教授たちのほうを振り返る。
「これが、建設的な議論というものです。ただ人を貶めようとするだけの方は、恥を知っていただきたい」
それだけ言って、俺は実験畑をあとにした。
背中のほうで、誰かが小さく拍手をしてた気がする。たぶん、さっき土を握ってた農家出身の学生だろう。
この魔法は、のちにデル教授のつてで、王城で農業を任されているグレン伯爵家の知るところとなる。実験で目に見える成果が出て、デル教授はグレン家の後援で新しく作られた農業研究所の所長に、ホール助教は学園で初めての女性教授になるのだが、それはもう少し先の話だ。
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