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第13話:真空パック仕様、……それは想定外でしょ?

夜、屋敷のみんなが寝静まってから、俺はこっそり庭に出る。


離れの灯りも、もう消えてる。子供たちも寝たらしい。庭の隅の植え込みの陰に、しゃがみ込む。


前から、ちょっと気になってることがあるんだよ。収納の中の死体のファイルだ。廃坑の傭兵が十三体と、本陣の歩哨が二体。入れたのは、もう一年以上も前になる。


この収納は、時間が止まらない。ってことは、中の死体も普通に腐っていくはずなんだよな。


試しに、傭兵のファイルをほんの少しだけ開けるイメージをしてみる。


とたんに、鼻が曲がりそうな臭いが漏れてきた。


「うぇっ……!」


慌ててファイルを閉じる。植え込みの陰で、しばらく咳き込む。甘酸っぱい、腐った臭いが喉の奥にこびりついて離れない。


待てよ。


このファイルを丸ごと開いたら、どうなる? 腐乱死体が十三体、いっぺんに出てくることになる。しかも、屋敷の庭のど真ん中にだ。


想像して、背中がぞわっとする。朝、子供たちが庭で遊ぼうと出てきたら、そこに腐った死体の山がある。アーカムなら、胃薬どころか心臓が止まるぞ。


外に出して片付けるのは無理だな。だったら、ファイルの中で何とかするしかない。


まずは水だ。腐るのは水があるからだって、前世でも聞いたことがある。


傭兵のファイルの中の死体から、水魔法で水を抜くイメージをする。ほんの数滴だけ、手のひらに出してみる。


落ちてきたのは、茶色く濁った汁だった。臭いが、さっきよりひどい。


「水って言ったから、体液ごと出てきてるのか、これ」


植え込みの土に手をこすりつけながら、考え直す。


本陣を吹き飛ばしたとき、水を水素と酸素に分けたよな。ふわっとしたイメージじゃダメなんだ。分子で考えればいい。


「……H2Oだけ、だ」


もう一度やってみる。今度は、手のひらに、何の匂いもしない、ただの水が溜まっていく。


「よし」


ただ、ここからが長かった。水魔法の上限は十リットルだから、一度にそれ以上は抜けない。十三体分の水を、ちまちまと植え込みの根元に捨てていく。人間の体の半分以上は水だって言うし、何十回やったか分からない。終わったころには、膝がしびれて立てなくなってた。


「……やっと終わった」


ため息をついて、残りの歩哨のファイルに目を向ける。こっちも同じことをやるのかと思うと、うんざりする。


ふと、思いつく。


収納で「水分だけ分けて外に出す」ってイメージしたら、どうなるんだろうな。


歩哨のファイルで、試してみる。


ばしゃっ、と足元に水が落ちた。匂いもしない、きれいな水だ。二体分が、一瞬で。


「……なんだよ。ムダだったなあ」


さっきの何十回は何だったんだ。膝のしびれを返してほしい。


そう思って、頭をかいたところで、手が止まる。


「……あれっ?」


待てよ。


さっき傭兵の死体から抜いた水は、俺が魔法で出した水じゃない。死体の中に、最初からあった水だ。


俺は今まで、水魔法で動かせるのは自分が出した水だけだと思ってた。作中の魔法使いもみんなそうだ。手から水を出して、それを飛ばす。他人の体の中の水を動かす奴なんて、原作に一人も出てこなかった。


でも、さっきは抜けた。


「……これ、激ヤバじゃないの?」


生きてる人間の体から、水を抜いたらどうなる?


水だけじゃない。土魔法は、土を出す魔法だ。土って何でできてる? 鉱物だよな。だったら、体の中の鉱物も動かせるんじゃないか。


カリウムを抜いたら、心臓が止まる。鉄を抜いたら、血が薄くなって、じわじわ弱っていく。マグネシウムが足りなくなると、頭がおかしくなるって前世で何かで読んだ気がする。


しゃがみ込んだまま、自分の手のひらをじっと見る。


心臓に土を出すだけでも十分えげつないと思ってたけど、これは桁が違うぞ。痕跡も残らない。医者が調べたって、何も出てこない。


「作者さん、これ絶対考えてなかったよな」


思わず苦笑いが出る。「魔法はイメージの具現化です」って、あんなに何回も書くからこうなるんだよ。


まあ、今夜はここまでにしておこう。試すのは、もっと落ち着いてからだ。


気を取り直して、死体の続きだ。水を抜いた死体を一体だけ外に出してみる。


地面に転がったのは、カラカラに乾いて、ひと回り小さくなった死体だった。前世の博物館で見た、ミイラによく似てる。それでも、まだかなり臭うな。水を抜いても、もう腐った分はそのまま残るってことらしい。


「じゃあ、冷やすか」


冷蔵庫を思い浮かべて、死体を収納に戻す。頭の中で触ってみると、ちゃんとひんやりしてる。冷凍庫を思い浮かべたら、そっちもできる。


ついでに、厨房からくすねてきた水差しのお湯を入れてみる。しばらくは温かいけど、魔法瓶くらいの時間でだんだんぬるくなっていく。


容量を増やすのと、時間を止めるのは、どうやってもできない。原作の作者が、シンクレアの収納は一立方メートルで時間は止まらない、ってはっきり書いてるからだ。


でも、冷やすなとは一言も書いてないんだよな。書いてないことは、やったもん勝ちだ。


ただ、冷蔵でもいずれは腐るし、冷凍しても長く置けば冷凍焼けする。前世で、冷凍庫の奥から出てきた肉が、カチカチに白くなってたのを思い出す。


「……真空パックなら、いけるんじゃないか?」


傭兵のファイルに「真空パックで冷凍」と念じて、閉じ直す。もう一度少しだけ開けるイメージをすると、臭いはぴたりと止まってる。歩哨のファイルも、同じようにしておく。


最後に、もう一つのファイルを開ける。アレキサンドルの首だ。王都に来る前に、領地の洞窟から引き上げて、収納に入れておいたやつだ。


塩漬けにしてあったけど、さすがに一年は持たないか。こっちも臭いが漏れてくる。これも水を抜いて、真空パックで冷凍だ。


クラウスに「首が腐るぞ」って言ったけど、本当に腐りかけてたんだな。冗談のつもりだったのに。


食べ物も、このやり方でしまえば冷蔵も冷凍もできる。旅に出るときには便利だろう。死体と同じ収納に入れるのは、ちょっと気分が悪いけどな。


翌朝、廊下を歩いてたら、アーカムが使用人と話してるのが聞こえてくる。


「どこかで、ネズミでも死んでいるのか? 昨夜から、庭のほうが妙に臭うのだが」


「床下を見させましょうか」


「頼む。子供たちが病気にでもなっては困る」


俺は素知らぬ顔で、その横を通り過ぎる。


「おはようございます、ご当主様」


「ああ、おはよう」


アーカムは、何も気づいてない。あの植え込み、しばらくは臭うだろうな。ごめんな、アーカム。

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