第11話 仲間、ねえ……特にいらないんだが
翌朝、教室に入ろうとしたら、廊下で事務官に呼び止められた。
「ヴォート殿。学園長がお呼びです」
「だろうな」
思わず声に出たら、事務官が変な顔をした。まあ、昨日あれだけやれば、呼ばれないほうがおかしい。
通された学園長室には、三人の男が並んで座っていた。真ん中が白髪の学園長で、その横に神経質そうな教頭。それから、もう一人。
がっしりした体つきの、剣術の教官だ。
元のシンクレアの記憶に、この顔ははっきり残ってる。
一年前、訓練場でクラウスの見せしめがあった日、あの場を仕切ってたのがこの男だ。止めもしないで、腕を組んで眺めてた。
「座りたまえ」
学園長に言われて、向かいの椅子に腰を下ろす。学園長は、わざとらしく咳払いをした。
「昨日の件だ。学内での私闘は、学園の規則で固く禁じられている。三名が重傷。そのうち一名は、二度と口がきけんかもしれんと医者が言っている。本来なら、即刻退学に値する」
「私闘ではありません。無礼討ちです」
「同じことだ!」
教頭が、机をばんと叩いた。
「同じではありません」
俺は、貴族らしい顔を崩さずに続ける。
「私闘というのは、対等な者同士の争いです。私はヴォート家の当主で、ヘルマンは爵位のない子弟です。爵位を持つ当主を侮辱した者を、当主が討つ。これは王国法で認められています」
「し、しかし、ここは学園で……」
「学園の規則は、王国法の下にあるはずですが。違いますか?」
学園長が、言葉に詰まった。教頭は口をぱくぱくさせてるけど、声が出てこない。
「それとも、学園の規則は王国法より上だとおっしゃるのでしたら、その旨を書面にしていただけますか。王家に確認を取りますので」
学園長の顔色が、目に見えて変わった。
以前、王城で王に正論をぶつけた当主が、この話を王家に持ち込む。それがどういうことになるか、さすがに分かってるらしい。
しばらく黙ってから、学園長は疲れた声で言った。
「……規則のことは、もういい。だが、いくら何でもやりすぎだ。同じ学園の仲間ではないか」
仲間、ねえ。
俺は、学園長じゃなくて、剣術の教官のほうに顔を向けた。
「仲間、ですか」
教官が、わずかに身じろぎする。
「一年前、訓練場でクラウス・ベルンハルトが私に見せしめだと魔法を撃ち込んだとき、あの場にいたのは貴様だったな」
教官の肩が、びくっと動いた。
「学園長、私はあの日からこうして復学するまで一年かかりました。あのとき学園は、何をしてくださいましたか。誰か一人でも、止めてくださいましたか」
学園長室が、しんと静まり返る。
教官は、膝の上で拳を握ったまま、床を見ている。学園長も教頭も、誰も俺と目を合わせようとしない。
「そ、それは……生徒同士の訓練の一環で……」
教頭がしどろもどろに言いかけて、学園長ににらまれて黙った。
そりゃそうだよな。答えなんて、最初から一つしかないんだから。
「私が壊されたときには何もしなかった学園が、私が当主になって戻ってきたとたんに、仲間だの規則だのとおっしゃる。ずいぶん都合のいい話ですね」
俺は立ち上がって、軽く頭を下げた。
「ご用件がそれだけでしたら、授業に戻ります。除籍になさるなら、どうぞ。理由を書面にして、王家にも写しを送ってくだされば結構です」
「ヴォート殿……」
「『王国法で認められた無礼討ちを理由に、当主を除籍した学園』として、当家からも申し立てさせていただきますので」
扉を閉める直前、学園長が力なく椅子に沈むのが見えた。
廊下に出て、大きく伸びをする。
言いたいことは全部言ったけど、実を言うと、除籍にならないほうがありがたい。アーサーとアーカムが、二人そろって胃を押さえる姿が目に浮かぶからな。
♦
昼過ぎには、学園中に噂が回っていた。
「ヴォートって、当主らしいぞ」
「学園長を黙らせたって、本当か?」
「ヘルマンたち、もう学園には戻れないらしい」
教室に戻ると、昨日まで俺を見て笑ってた連中が、目を合わせないように道をあけていく。一日で、ずいぶん変わるもんだ。前世の会社でも、役職がついたとたんに態度を変える奴はいたけど、ここまで露骨じゃなかったぞ。
窓際の席には、クラウス・ベルンハルトが、取り巻きと一緒に座っていた。
昨日のヘルマンは、こいつの取り巻きだった。
考えてみれば、おかしな話だ。ヴォート家と揉めてる当のベルンハルト家が、俺がヴォートの当主になったことを知らないわけがない。知ってて、ヘルマンには教えなかった。
つまり、わざとけしかけたってことだよなあ。
親からも釘さされてるだろうに、俺を舐めてるのかね?
俺はまっすぐクラウスの机の前まで歩いていった。取り巻きたちが、ぎょっとした顔で椅子を引く。
「おい、クラウス坊ちゃん」
クラウスが、顔を上げた。
「お前、親父から俺にケンカ売って来いって言われたのか? 昨日も、取り巻きが潰されるのを黙って見てたよな」
教室が、一瞬で静まり返った。
クラウスの顔が、みるみる赤くなっていく。それから、すっと白くなった。何か言い返そうとして口を開いたけど、声は出てこない。
結局、クラウスは何も言わずに立ち上がった。椅子が床をこする音が、やけに大きく響く。取り巻きたちが慌ててその後を追って、教室の出口に向かう。
俺は出て行こうとしてるクラウスに向かって
「親父に、早く兄貴の首を取りに来ないと、首が腐るぞって言っておけ」
と言ったが、返事も無くそのまま出て行った。
一年前、こいつに見せしめにされたシンクレアは、何も言い返せなかったんだろうな。今は、言い返せないのはあっちのほうだ。
ふと視線を感じて、教室の後ろを見た。
ケインが、何も言わずにこっちを見ていた。昨日と同じで、口を開きかけては閉じて、結局何も言わない。
前世にもいたな、こういう奴。結局何もしないんだよ。
俺は、すぐに興味をなくして席についた。




