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メデューサの子孫  作者: 春と桜


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7/8

自分を信じて

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。


 冷静さを取り戻したつもりでも、胸の奥に残った不安までは消えてくれなかった。私はトーマスの手を握ったまま、しばらく何も言わずにいた。頭の中では、出血を抑え、状態を確かめ、できる限り早く次の処置へ移るべきだと分かっている。それでも、目の見えない私に、この人を本当に救えるのかという疑念だけが、どうしても消えてくれなかった。


 前世では、傷を見て判断することができた。出血の様子も、皮膚の色も、腫れ方も、患者の表情も、自分の目で確かめていた。今の私は、それらを直接見ることができない。知識が残っていても、それを扱う自分の身体には、以前とは違う制約がある。


 私はトーマスの手首へ指を添えた。


 弱い脈が、指先へ伝わってくる。


 その小さな拍動を確かめていると、背後から大きな白銀の身体がゆっくりと近づいてきた。チャロは私のすぐ傍で身を伏せ、頭を私の肩へ寄せる。その存在を感じた瞬間、張り詰めていた気持ちがほんの少しだけ緩んだ。


「姫君」


「……はい」


「私は、姫君を信じておりますぞ」


「でも……私は傷を見ることができません。どこまで傷ついているのかも、私には分からないんです」


「見えぬことばかりを気にする必要はございません。姫君は、今までにも熱を感じ取ってきたではありませんか。もっと深く潜るのです。どこが熱を持ち、どこで変化しているのか。触れた感覚も、トーマス殿の声も、呼吸も、指の動きも、すべてを使えばよいのです。姫君ならできますぞ。どうか、もっとご自分を信じなされ」


 私は目を閉じたまま、もう一度トーマスの身体へ意識を向けた。周囲にいる人々の熱がぼんやりと浮かび、その中から彼の身体を探す。胸から肩、肩から腕へ意識を移していくと、傷の周辺に強い熱が集まっているのが分かった。


 そこから先へ、さらに意識を伸ばす。


 腕の熱、手首の熱、指先の熱。その強さには僅かな違いがあり、今までよりもはっきりと感じ取れる。熱感知を使い始めてまだ間もないというのに、身体の中を流れる熱の変化が少しずつ情報として頭へ入ってくる。


 私は息を止めた。


 分かる。


 目で見ることはできなくても、身体の状態を知る手掛かりは、ちゃんとここにある。


「トーマスさん。もう一度、指を動かしてみてください。動かしにくいところや、感覚がおかしいところがあれば教えてくださいね。痛みも我慢せず、そのままおっしゃってください」


「……はい。指は動きます。でも、少し痺れています。さっきより力も入りにくいです」


「分かりました。では、私の手を握ってください。できる範囲で構いません」


「……こうですか?」


「はい。そのままで大丈夫です」


 私は握られた手の力を確かめた。強くはない。それでも、反応はある。指を動かしたときの感覚も残っている。深い傷によって神経や血管が損傷している可能性は捨てられないが、今すぐ確認できる範囲では、まだ手を動かす力も感覚も失われてはいない。


 だからこそ、時間を無駄にはできなかった。


 私はマルリへ顔を向けた。彼女は先ほどからずっと布を押さえ続けている。細い腕に力を込め、血に濡れた布を懸命に押さえる姿からは、もう迷いよりも必死さが伝わっていた。


「マルリ。今押さえている布は、そのままにしてください。血が滲んでも剥がさないで、その上から新しい布を重ねてください。私が言うまで、手を離さないでくださいね」


「はい、姫様。承知いたしました」


 マルリの返事に迷いはなかった。


 私は周囲へ顔を向ける。誰がどこにいるのか、目で確かめることはできない。だからこそ、声を頼りに人の位置を把握する。さきほど私に返事をしてくれた庭師の声を思い出し、その方向へ呼びかけた。


「先ほどお名前を伺った方、いらっしゃいますか?」


「はい! ここにおります!」


「ありがとうございます。清潔な布をできるだけ多く持ってきてください。それから、腕を動かさないよう支えられる板もお願いします。もう一人、温かい水を用意していただけますか。熱すぎないものでお願いします」


「分かりました!」


「承知しました!」


 すぐに二人分の足音が離れていった。


 私は再びトーマスへ意識を戻した。血の匂いは濃いままだ。押さえている布から伝わる湿り気を私自身が確認することはできないが、マルリの声と周囲の緊張から、出血がまだ続いていることは分かる。


 私はトーマスの手を握ったまま、脈をもう一度確かめた。

「トーマスさん。少し怖いかもしれませんが、これから腕の状態をもう少し詳しく確認します。私が触れた場所に強い痛みがあったら、すぐ教えてください。何かおかしいと感じたときも、遠慮なく言ってくださいね」


「……はい。お願いします」


 私は頷いた。


 傷そのものへ不用意に触れないよう注意しながら、前腕へ指を添える。腫れ、皮膚の温度、触れたときの反応を一つずつ確かめていく。熱感知も同時に使い、傷の周囲から手指へ続く熱の変化を追った。

 私は知らず知らずのうちに、ほんの少しだけ口元を緩めていた。


「……大丈夫」


 自分へ言い聞かせるように呟く。


「私にできることを、やります」


 チャロが静かに息を吐いた気配がした。


「それでよいのですぞ、姫君」


 私はトーマスの腕を支える位置を確かめ、周囲へ意識を向けた。もう迷っている時間はない。目の代わりになるものを一つずつ集め、足りないところは人の手を借りる。


 前世の私が持っていたものと、今の私が持っているもの。


 その全部を使う。


「では、治療を始めましょう」

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― 新着の感想 ―
最新話まで読ませてもらいました! 圧迫止血などの医療関連の話でとても面白かったです。 続きが出たらまた読みに来ますね。 ブックマーク&評価★を入れておきますね。
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