第9回 周泰、孫策の凄味を知る
「残るは厳白虎か。」
孫策は呟いた。
厳白虎は呉郡の石城山に山城を築き、盗賊、山賊まがいの行為をしている輩である。
孫策の側近たちは、王朗討伐の前に厳白虎の方が近いのであるから、先に厳白虎討伐を唱えた者が多数いたが、孫策は、「厳白虎は所詮、山賊の類」ということで、本命の王朗討伐を先に行ったのである。
これは確かに事実であるが、孫策には懸念があった。
それは石城山が天然の要害であること、また、山岳戦に強い「山越」という異民族が兵の主力にいることから、下手をすればここで大きな兵力の損耗をして、対王朗戦に支障が出る可能性も考えていたのだ。
孫策にとっては王朗戦を終えて、満を持しての厳白虎戦になるのである。
孫策は石城山を目指して進軍をした。
厳白虎の城塞は、山頂に築かれている。もし、孫策軍に包囲されると補給線を絶たれると考えた厳白虎は、山麓に土塁を築いて野戦の構えを見せていた。
孫策の軍営で軍議が開かれた。この軍議に新しい顔がある。
周泰と蒋欽である。
王朗戦での手柄が認められて、軍議に参加できる身分となったのである。軍議に参加するということは、「一軍を任せる」という意味であり、二人は末席にかなり緊張した面持ちで座っていた。
孫策がそんな二人を見て言う。
「幼平、公奕よ。そんなに緊張する必要はない。また、意見があれば堂々と言うように。新参者であるからなどの遠慮は不要だ。お前たちは、もう、一軍を率いる将であることを自覚せよ。」
二人は席を立ち拝礼した。
孫策が続ける。
「厳白虎は城に籠ることを選ばずに、山麓に下りてきた。これは、我が軍にとってはありがたいことだ。速戦速攻で勝負をしようと思うがどうか。」
皆、異論は無いようである。すると、軍営に報告が入る。
「報告!厳白虎より、厳輿なる者が使者として参りました。」
「厳輿、厳白虎の弟か。通せ。」
しばらくして、立派な体躯と髭の男が現れた。厳白虎の弟の厳輿である。この辺りでは剛の者として名を売っている。
孫策が言う。
「厳輿殿。どの様なご用件であろうか。」
厳輿は拝礼して言う。
「軍議中に申し訳ございませぬ。兄、厳白虎の考えを伝えに参りました。」
「聞こう。」
「厳白虎は、孫策様に歯向かう気持ちは毛頭ない。故に、戦う理由もなく、和睦をしていただきたい、と申しております。」
「なるほど。この孫策も嘗められたものだ。厳白虎とその一党は山賊まがいの行為をして民を苦しめているではないか。それが和睦などと・・・。」
厳輿が答えようとすると、孫策は帯刀を抜き、一瞬で厳輿の首をはねた。孫策が言う。
「この首と遺体を、随行員に持たせてやれ。そして、これが我が方の答えだ、とも伝えろ。」
孫策は言う。
「皆の者。本来であれば、使者を斬るのはご法度。避けるべき行為である。しかしながら、今回は別だ。私と厳白虎は対等ではない。賊の話など、まともに聞く必要はない。」
この峻厳さに軍営は引き締まった。
周泰と蒋欽も驚いた。まさか、いきなり斬るとは思わなかったからである。厳輿の随行員は、慌てふためいて厳輿の首と胴体を回収して、自軍に戻って行った。
孫策が言う。
「さあ、これで敵は大混乱だ。急ぎ、出陣せよ!」
この号令で孫策軍は、厳白虎の本陣を急襲した。
厳白虎は、最も頼りにしていた厳輿を失い、厳輿に従ってきた兵たちも恐れをなして、まともに戦おうともせず、潰走を始めた。厳白虎は軍の立て直しをすることが出来ず、余杭県の「許昭」を頼って逃亡したという。
孫策軍は、厳白虎の拠点であった山頂の城を破壊し、大勝利をおさめたのである。
一部の者が逃亡した厳白虎を追って許昭を討つべし、と提言したが、孫策は首を縦に振らなかった。孫策は言う。
「許昭は義に厚い漢。逃げ込んできた窮鳥を無下に扱うことは出来ずにかくまうだろうが、厳白虎も、もう悪だくみをする気力もないはずだ。この戦いはここで終わりだ。」
周泰はこの言葉を聞いて、孫策の凄味を知った。
理に適わぬ者であれば容赦なく斬り、義に厚い者には手を出さない。これだけ、即断即決が出来る者はそう多くはおるまい、と思った。そして、孫策への一層の忠誠を誓ったのであった。




