第37回 周泰、濡須塁の指揮を任される
「曹操軍再び濡須口に迫る」という急報が入ってきた。
曹操は、事あるごとにこの濡須口近辺に攻め込み、呉の主力である水軍の戦力を削り、もちろん領土の拡大も狙っているのである。しかし、今のところは孫呉が善戦し、事なきを得ている。
そして、最前線の防衛線としての濡須塁の都督を、武昌太守の周泰が兼任することになった。建業からは、徐盛をはじめとした若手の将校が兵を率いて入り、周泰の指揮下に入る様に孫権に命じられていた。
しかし、ここで問題が起こる。
若手将校でも、その豊かな才能と家柄の高さを誇る徐盛が、何故、自分が周泰の指揮下に入らねばならないのか、という不満を露わにしたのである。
軍では、上官の命令は絶対である。仮に、周泰が徐盛に命じて、徐盛が従わないのであれば、軍律に従い処断しても、誰からも文句は言われない。それが、軍であり、軍律である。
しかし、周泰は徐盛が今後の孫呉を背負っていく人材であると思っているので、決していいことではないが、徐盛の反抗的な態度をひとまずはそのまま受け入れた。
この話が、しばらくすると孫権の耳に入った。
孫権は朱然に言う。
「義封、すぐに出立の準備を致せ。」
「どこに参るのですか?」
「濡須塁に行く。」
「あの様な最前線に何をしに行くのですか?」
「いいから来い!」
こうして、孫権は親衛隊を率いて濡須塁に向かった。
建前上は、濡須塁の兵士の士気を上げるための閲兵になっているが、実は違う。周泰のために、動いたのである。
孫権は、将兵の労をねぎらうとして、最前線にも関わらず、宴会を開くことにした。孫権は大の酒好きである。
宴もたけなわになると、突然、孫権が立ち上がり大声で言った。
「私の耳に怪しからん話が入ってきている。一部の者が周泰の指揮下に入ることを、不満に思っている者がいるという。それは誰だ、今すぐ立て!」
誰も立とうとしないなか、徐盛は悪びれることもなく立ち上がり、言う。
「孫権様。それは私の事だと思います。」
「文嚮(徐盛の字)よ!何故、その様な不満を持つのだ!」
「私は、都督殿がどういう人か、よく、存じ上げません。知っていることと言えば、寒門の出身であることくらいだからです。」
「実にくだらない理由だな。」
孫権はこういうと、周泰の元まで歩いて行き、周泰に言う。
「幼平、申し訳ないが、上半身を見せてくれ。」
「上半身を見せる・・・。」
「そうだ、さあ、早く。」
周泰は、上半身裸になった。
すると、孫権は少し涙目になりながら話し出す。
「文嚮!この傷が見えるか?この傷は、幼平が私を何度もこの体を張って守ってくれたことにより、出来た傷だ。よく見るがいい!これも、これも、これもそうだ。皖城の戦い、合肥の戦い・・・。幼平は、常に我が盾となり、私の命を守ってくれた。その男の命令を聞けないとは、どういうことだ。」
「申し訳ございません・・・。孫権様と都督殿の関係がそれほどまでとは思っていませんでした。」
この傷の話を聞くのは、現在の親衛隊長の朱然も初めてである。朱然が言う。
「私は都督殿の武勇伝を話では聞いていましたが、ここまでの傷が刻まれているなど夢にも思いませんでした。命をかけて孫権様を守る、と言うことがどういうことかよく、わかりました。」
徐盛が周泰に平伏しながら言う。
「都督殿。今までのご無礼、お許しください。お許しいただけないのであれば、この場で首を斬られても、何の恨みもございません。」
「文嚮殿、頭をお上げくだされ。私はあなたが優秀であり、将来の孫呉を背負っていく人材であると、孫権様のお側にいるときから思っておりました。よって、この場より、よろしく頼みたい。今までの事は水に流しましょうぞ。」
「ありがたき幸せ。孫権様、都督殿にこの文嚮、忠誠を尽くし、命を懸けることを誓います。」
孫権が言う。
「それでよい。皆の者もわかったか!幼平のすごさを知りたければ、いつでも私に尋ねるがよいぞ!」
こうして、濡須塁の問題は解決し、士気は最高潮に達した。
そして、曹操は濡須口を落とすことが出来ず、疫病の蔓延などもあり、撤退を余儀なくされたのである。




